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梅毒診断における核酸検査

(IASR Vol. 36 p. 21-22: 2015年2月号)

 

1.応用とその意義
感染症診断において適切な検体中での病原体の存在を示すことは重要である。これは、分離培養を行う、または、病原体特異的抗原あるいは核酸の存在を示すことによる。しかし、梅毒の病原体であるTreponema pallidumが試験管内培養不能であることから、他の細菌感染症診断とは異なる点が多い。梅毒診断は特有の病変による臨床診断と、病変部のらせん菌の存在を示す病原体検出、または血清抗体検査とを組み合わせることが基本となっている。しかしながら、現在では鏡検によるらせん菌検査はほとんど行なわれることはない。また、T. pallidum特異的抗原検出法は定まった方法が開発されずに現在に至っている。病原体検出(抗原、核酸検出を含む)に比較し、抗体検査は、治癒症例の残存抗体の可能性を必ずしも否定できないデメリットがある。それにもかかわらず、梅毒は抗体検査による診断が主流を占めているのが現状である。それは、病原体であるT. pallidumが試験管内培養不能であること、さらに病期によっては、菌がある程度量存在する検体を得ることが難しいことによる。

しかし、特に抗体価上昇前のウィンドウ・ピリオドでの病原体検出は早期診断の点から重要であり、この時期では早期顕症梅毒を疑う皮膚病変のパーカーインク染色での菌体検出を行う、とされている。ところが、この染色法が煩雑で熟練を要することから、上述のように実施例が減少しているのが実態である。

そのため、より簡便な方法として核酸検出法としてのPCR法も活用されはじめている1,2)

このうち、文献1)の方法については主要特異抗原とされる産物のうち、TpN47をコードする遺伝子をT. pallidum特異配列とする考えに基づき、文献2)の方法については細菌のDNA polymerase遺伝子内の菌種特異領域を使う考えに基づく。

特異性については、文献1)はsubspecies pallidumまで、文献2)はspecies pallidumまでの特異性が検討されている。

文献1)の方法ではHSV検出PCRとのmultiplex系が機能することが確認されており、同時鑑別診断での有用性が期待される。

感度に関して、文献2)の方法ではforward、reverse primerをそれぞれ別の色素でラベルし、シークエサーでフラグメント解析を行い、両色素が重なるピークを検出する方法を併用し、理論上の最高検出限界、1ゲノムコピー/反応を実現できたとしている(この検出限界は精製したT. pallidum DNAを鋳型とした条件である)。

我々は文献1)、2)のPCR系とその産物のゲル泳動を用いた臨床検体での T. pallidum DNA検出を検討している。この検討では臨床検体にそのまま対応できるPCRキット、TaKaRa Mighty Amp DNA Polymerase Ver. 2を使用し、また、簡便、迅速な検査法開発を企図して、検体のTE懸濁液を直接PCRの鋳型としている。

この方法で、これまで(2012年5月~2014年12月)94例の梅毒疑い皮膚病変を検査し、54例のPCR陽性例を経験した。これらのうち40症例はスワブ採取と同時期に採取した血清抗体価の測定でも梅毒の診断がなされた。また、12例は検査時の抗体検査では陰性であったが、PCRは陽性であった。12例中再診のあった5例のうち2例で、治療開始後の条件でも、その後抗体価の上昇が確認され、PCRが抗体価の陽性化する以前の早期診断に有効であることを示唆した(PCR陽性の残り2例は抗体データ不採取)。

一方、PCR陰性40例のうち、22例の抗体陽性/PCR陰性例を経験した。このうち3例はスワブ検体採取1週前または2週前からの抗菌薬服用歴があり、治療先行例でのPCR検査では陰性化している可能性を示した(なお、前述のPCR陽性例のなかで先行治療歴が確認されたのは1例で、3日前からであった)。また、この他に検体採取時に加え、その前後の抗体検査結果データも採られ、その推移から採取時には治癒であったと判定された3例もこの22例に含まれている。残り16例の抗体陽性/PCR陰性例では、それらの疑い病変部にはT. pallidum遺伝子が存在しないか、あるいは微量であった可能性が考えられた(なお、残り18例のPCR陰性例は、PCR陰性/抗体陰性12例とPCR陰性/抗体データ不採取6例とであった)。

以上のことより、以下のことが考えられる。

(1)検体中のT. pallidum遺伝子のPCRでの検出による病原体診断は感度的に抗体検査に劣る場合があることが再確認され、抗体検査は今後とも診断の必須項目である。

(2)抗体陽転前のT. pallidum遺伝子のPCR検出での陽性結果をもっての早期診断は、それによる早期治療、感染拡大の迅速防止に貢献できる。よって抗体検査の補助手段としてのPCR診断には重要な意義が有る。ただし、陰性結果の診断における信頼度は低いことを銘記することが必要である。

2.分子疫学解析における意義
前段で述べたように、T. pallidumは試験管内培養不能菌であることから、感染経路推定、流行型の把握、リスク集団推定などに繋がる分子疫学が大きく立ち後れてきた。しかし上述のPCR法による検査に引き続き、T. pallidumの多型遺伝子増幅が可能となり、型別が可能となっている。海外における研究成果が公表されており、地域におけるT. pallidum伝播様式、地域間比較が可能となっている。我々はこれまでT. pallidum DNA陽性例から31例でのタイピングに成功しており、文献3)の検討でも再頻型であった14d/fというタイプが日本でも主流であることを見出している4)

 
参考文献
  1. Orle KA, et al., J Clin Microbiol 34: 49-54, 1996
  2. Liu H, et al., J Clin Microbiol 39: 1941-1946, 2001
  3. Marra C, et al., J Infect Dis 202: 1380-1388, 2010
  4. 中山周一, 他, 日本性感染症学会第27回学術大会 2014年12月 神戸, 2014


国立感染症研究所細菌第一部 中山周一 大西 真

 

 

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