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近年の梅毒の国外動向

(IASR Vol. 36 p. 24-26: 2015年2月号)


梅毒はペニシリンによる治療が確立され、第二次世界大戦後以降、罹患数は大幅に減少した。しかしながら、先進国を中心に男性と性交をする男性(men who have sex with men: MSM)を中心とする報告が近年増加している。

世界保健機関(WHO)は2008年性感染症報告で、2008年における15~49歳における全世界の新規梅毒患者数は1,061万人と推定している1)。同報告では、性感染症として梅毒の他にクラミジア、淋菌感染症、膣トリコモナスが取り上げられており、それぞれ2005年と2008年の推定患者数が比較されている。梅毒では2005年と2008年では変化がみられず(どちらも1,061万人)、クラミジア、淋菌感染症、膣トリコモナスはいずれも増加していた。WHOの6つの地域別発生率、有病率を比較すると、高い地域からアフリカ、アメリカ、東南アジア、東地中海、ヨーロッパ、西太平洋の順であった。 

一方、世界の感染症アウトブレイク情報が収集・配信されるProMED-mail2)でキーワードを”syphilis”として検索した結果は、2008年以降2014年まで各年2件、1件、1件、2件、14件、15件、32件であり、増加傾向にある。なお、報告のあった国・地域は米国が36例、カナダ13例、オーストラリア7例、英国3例、ドイツ2例、ニュージーランド2例、ブラジル、キューバ、ハンガリー、日本、スウェーデンがそれぞれ1例であった。

米国における早期顕症梅毒の報告率は1990年に低下し、2000年に1941年以降最低を示したが、2001年から2009年にかけて増加した3)。2010年いったん低下し、2011年は同率であったが、2012年、2013年にかけて再び増加した。2013年の梅毒報告数・発生率は1995年以降最大である。年齢群別では20~24歳と25~29歳が最も多い。男女比は2000年から2003年にかけて1.5から5.3に増加し、さらに2008年から2013年には5.0から11.3に増加した。MSMでの増加が報告されており、早期顕症梅毒にMSMが占める割合の推定は2000年の7%から2004年には64%へと増加した。2013年の報告では早期顕症梅毒の75%がMSMから報告されている。2005~2008年のニューヨーク市での調査では、MSMはヘテロセクシャルと比較し、梅毒について100倍以上の感染リスクがあることが報告されている4)

カナダでは2011年の梅毒報告数は2002年に対して482例から1,757例へ増加し、人口10万人対発生率は1.5から5.1へ増加している5)。特に男性での増加が著しく、2008年では全梅毒報告の86%を男性が占め、これはMSMでのアウトブレイクが反映されている6)

欧州疾病管理予防センター(ECDC)の報告によると、リヒテンシュタインを除く30カ国から2012年に報告された梅毒は20,802例(人口10万対5.1。男性7.7、女性1.7)であった7)。国別ではルーマニア、マルタ、スペイン(それぞれ人口10万対8.5, 8.4, 7.8)が高く、人口10万対発生率が2.5以下であったのはクロアチア、アイスランド、アイルランド、ノルウェー、スウェーデンであった。大部分が25歳以上であり、25~34歳が30%、35~44歳が28%を占めた。2003年と2012年の比較では、25歳以下の年齢群が大幅に減少(26%から15%)した。2008年から2012年にかけての傾向としては、西ヨーロッパ諸国での急増がみられた。報告の約半数(48%)がMSMであり、西ヨーロッパ、北ヨーロッパ諸国のみならず、スロベニア、チェコでも高い発生率がみられており、EU圏内のMSMでの流行が示唆された。また、オランダ8)、イギリス9,10)、ベルギー11)などでもMSMにおける梅毒感染報告の増加が報告されている。

アフリカ南部および西部の11カ国についての調査ではHIV感染リスクに対する懸念から、1990年から2005年にかけて梅毒発生率が低下していることが報告されている12)。北米やヨーロッパ諸国が増加傾向にあることとは対照的である。

オーストラリアでは2013年に1,765例の梅毒が報告された。これは過去最高の報告数であった。男性の発生率は2004年の5.0から2014年は14.0に増加し、報告される男性の症例の多くをMSMが占めた。年齢は20~39歳が多くを占めた13)。ニュージーランドでの2013年の傾向としては、2009年から報告が減少している(135例から81例)。報告は男性がほとんど(93%)だが、40歳以上の男性が36例と大多数を占めた点がオーストラリアの傾向と異なる14)

中国ではMSMにおける梅毒とHIV感染の増加が報告されている15)。一方で、性産業に従事する女性の梅毒罹患率が低下したとの報告16)がある。

今後、世界的に報告されつつあるこれらのハイリスク群に対して、予防や啓発をどのように行うかの検討と実行が大切である。


参考文献
  1. WHO, Global incidence and prevalence of selected curable sexually transmitted infections-2008
    http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/75181/1/9789241503839_eng.pdf
  2. ProMED-mail, http://www.promedmail.org
  3. CDC, STD-Surveillance 2013-Syphilis(December 16, 2014)
    http://www.cdc.gov/std/stats13/surv2013-print.pdf
  4. Pathela P, et al., JAIDS 58(4), 408-416, 2011
  5. Public Health Agency of Canada. Executive Summary- Report on Sexually Transmitted Infections in Canada; 2011
    http://www.phac-aspc.gc.ca/sti-its-surv-epi/rep-rap-2011/index-eng.php
  6. Public Health Agency of Canada, Report on Sexually Transmitted Infections in Canada
    http://www.phac-aspc.gc.ca/std-mts/report/sti-its2008/PDF/10-047-STI_report_eng-r1.pdf
  7. ECDC, Sexually transmitted infections in Europe 2012
    http://www.ecdc.europa.eu/en/publications/Publications/sexually-transmitted-infections-europe-surveillance-report-2012.pdf
  8. Koedijk, et al., Emerging Themes in Epidemiology 2014, 11: 12
    http://www.ete-online.com/content/11/1/12
  9. PHE, Health Protection Report 8(24), 2014
    https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/345181/Volume_8_number_24_hpr2414_AA_stis.pdf
  10. Simms I, et al., Euro Surveill. 2014;19(24): pii=20833
    http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=20833
  11. Kenyon C, et al., Euro Surveill. 2014;19(45): pii=20958
    http://www.eurosurveillance.org/View Article.aspx?ArticleId=20958
  12. Kenyon CR, et al., Int J Infect Dis 2014 Dec; 29:54-61, doi: 10.1016/j.ijid.2014.05.014. Epub 2014 Oct 24
  13. The Kirby Institute, HIV, viral hepatitis and sexually transmissible infections in Australia Annual Surveillance Report 2014
    http://kirby.unsw.edu.au/sites/default/files/hiv/resources/ASR2014.pdf
  14. The Institute of Environmental Science and Research Ltd, Sexually Transmitted Infections in New Zealand: Annual Surveillance Report 2013
    https://surv.esr.cri.nz/PDF_surveillance/STISurvRpt/2013/2013AnnualSTIReportFINAL.pdf
  15. Chow EPF, et al., 2011, PLoS ONE 6(8): e22768, doi:10.1371/journal.pone.0022768
  16. Yang Z, et al., 2013, PLoS ONE 8(12): e82451, doi:10.1371/journal.pone.0082451
    http://www.plosone.org/article/fetchObject.action?uri=info:doi/10.1371/journal.pone.0082451&representation=PDF


国立感染症研究所感染症疫学センター 高橋琢理 山岸拓也 有馬雄三 砂川富正

 

 

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