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平常時およびデング熱流行時における蚊の対策

(IASR Vol. 36 p. 42-44: 2015年3月号)

2014年8月、約70年ぶりにデング熱の国内感染例が発生した。国内の広範な地域に生息するヒトスジシマカが関与した再興感染症である。東京都内の複数の公園では、CDCトラップや人囮法による成虫密度の調査とウイルス検出が行われ、ウイルス保有蚊が高率に生息する公園があったことが明らかになった。いくつかの公園では閉鎖措置が取られ、その他の公園や、公園以外の推定感染地でも殺虫剤を使用した蚊の駆除が急遽行われた。幸いにも10月下旬にはその流行は終息したが、ほとんどの公園を含む地域や自治体で、平常時からの媒介蚊密度のモニタリングはほとんど行われていなかったことから、蚊の密度や感染リスクのいずれの評価も十分ではなかったことは反省しなければならない。本稿では、今夏も想定されるデング熱の国内流行に備えるために、媒介蚊対策の基本的な考え方を示し、対策を検討する上での参考になることを期待する。

疾病媒介蚊の対策は、 (1)発生源対策、(2)成虫対策、(3)個人的防御の3つに分けられる。個人的防御は平常時とデング熱流行時とでほぼ同じ対策が取られるが、発生源対策は基本的に平常時に重要とされ、これに対して成虫対策は主としてデング熱流行時に実施される。

平常時のデング熱媒介蚊の対策
蚊媒介性感染症の流行を予防するために最も重要なことは、平時から発生源対策を実施して媒介蚊の生息密度を低く抑えることである。これによって流行が起こるリスクを小さくし、仮に流行が起きた場合も流行の規模を小さくすることができる。公園や公共施設など管理者が決まっている場合、定期的に幼虫発生源の調査を実施して幼虫の発生状況を把握し、発生源の清掃や除去を行って発生する幼虫の数を抑える。個人の住宅や集合住宅の場合は、町内会単位で毎月清掃作業を行い、幼虫の発生源となる人工容器や廃棄物などを町内から除去する。発生源対策の効果を評価するために、毎月(可能なら月2回程度)成虫の生息密度を調査する。複数カ所で人囮採集を行って、1人当たり8分間で平均10雌以上採集される場合は、発生源対策が不十分であるので、隠れた発生源を見つけ出して適切な処置を行う。

ヒトスジシマカの幼虫発生源図1):幼虫は様々な大きさの器に発生するが、小さい器としては、口径が3~4cmで容量100ml程度の大きさのもので、人工容器としては、コップ、茶碗、プラスチック容器、植木鉢の水受け皿、お墓の花立てなどがある。自然の容器としては、竹の切株や樹木の窪み、岩にできた窪みなどがある。ヒトスジシマカが幼虫発生源として利用する大きな器としては、ドラム缶(口径60cm、容量200l)や廃棄されたバスタブ、大きな水瓶などがある。中程度の大きさの発生源の例としては、庭に置き忘れたバケツやジョウロ、水瓶、発泡スチロール箱、古タイヤ、水の溜まった排水溝や雨水マスなどがあり、ヒトスジシマカの幼虫がよく発生している。器ではないが、雨水が溜まるような構造のもの、たとえば廃棄された機械のフレーム、壊れた事務机や引き出し、雨除けのために使われているビニールカバーにできた窪みや襞の部分などにも水が溜まると幼虫の発生源となる。団地や公園、公共施設などの廃棄物置場に出された粗大ごみも、長期間放置されると水が溜まって幼虫の発生源となっていることがある。

取り除くことができない幼虫発生源としては、雨水マスや排水溝、防水シート、水瓶、貯水用のポリバケツ、駐車場の緩衝材や重石として利用している古タイヤなどがある。これらの発生源は、どこにあるかを調べてその位置を記録し、容器の水を交換できる場合は、定期的に水を更新して発生したボウフラを取り除く。重石などに使われている古タイヤは、底になる面に直径3cmほどの穴を等間隔に4カ所開けて、水が溜まらないようにする。また、雨水マスや排水溝のように簡単に排水できない構造物の場合は、幼虫の成長阻害剤などを定期的に投入して発生した幼虫を殺す以外に、簡便で効果的な対策法はない。浸透型の雨水マスの設置や雨水マスの開口部を網で覆うなどの方法もあるが、定期的に点検して幼虫が発生していないかどうかを確認することが必要である。

平常時の成虫対策は、成虫の潜伏場所をなくして人と蚊が遭遇する機会を少なくすることを主目的とする。幼虫対策の効果を判定するために実施する成虫の生息密度調査の結果を参考にして、生息密度が高い場合には、成虫の潜伏場所となる藪や生け垣、庭木などの剪定や草刈りを行う。

デング熱流行時の媒介蚊対策
ヒトスジシマカの成虫密度は5~8月に急増してピークに達し、その後9~10月にかけて激減する(図2)。デング熱の流行が蚊の増加期に起きた場合は、幼虫対策と成虫対策の両方を実施する必要がある。これに対して、蚊の密度の減少期に流行が起きた場合は、成虫対策を重点的に実施する。

媒介蚊対策の実施範囲はデング熱患者の推定感染場所の環境に合わせて設定する。個人住宅や商店、公共施設などで構成される街区の場合、推定感染場所を中心とする半径100~150mの範囲が含まれる複数の街区を対象とする。推定感染場所が代々木公園のように半径100~150mの円よりも大きな公園や緑地の場合、公園・緑地全体を媒介蚊対策の実施範囲とする。幼虫対策と成虫対策の両方を実施する場合は、まず成虫調査を実施して緊急の対策を講じる。住宅街などの成虫調査では、対策実施範囲の中にある大き目の植物の茂み(藪)を目安として、その周囲の少なくとも2カ所で8分間の人囮採集を行う。公園や寺がある場合は、原則としてすべての公園と寺を対象として、敷地内の4カ所以上で人囮採集を行う。学校や図書館など公共施設は敷地内の複数個所(4カ所以上)で人囮採集を行う。調査結果を集計して、生息密度が高い場所から優先的に成虫対策を実施する。成虫対策を実施した翌日に効果判定のため成虫の生息密度調査を行い、このとき幼虫調査と幼虫対策も合わせて行う。幼虫対策としては、平常時の対策に準じて発生源をできるだけ少なくし、雨水マスなどは殺虫剤処理を行う。

デング熱流行時の成虫対策は、デングウイルスを保持している成虫を駆除して、感染を遮断することを目的とする。駆除作業の前に実施した生息密度調査の結果に基づき、成虫が潜伏している場所を確認する(図3)。駆除後にも同じ場所で生息密度を調べて、駆除効果の判定を行う。現時点で即効性の高い成虫駆除方法としては、殺虫剤の散布以外にないが、散布する際には周辺住民への周知を徹底する。ヒトスジシマカは藪を潜伏場所としていることが多い。木陰の中・低木の茂みや生垣などの場合、ハンドスプレイヤーのノズルの先を茂みの中に突っ込み、吹き出し口を上に向けて殺虫剤を茂みの下から散布して、潜んでいる蚊に吹き付けるようにする(図4)。広い緑地や大きな公園で広範囲に下草や中・低木が密に茂っているような場合、炭酸ガス製剤の駆除効果が高いと思われる。成虫の潜伏場所の状況にあわせて適切な薬剤と散布方法を選択し、環境への悪影響を極力小さくするような配慮が必要である。

 

国立感染症研究所
  昆虫医科学部 津田良夫 澤邉京子

 

 

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