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職場における風しん対策

(IASR Vol. 36 p. 128-129: 2015年7月号)

企業における風しん対策の位置づけ
企業における感染症対策は、緊急時において事業を継続させるためのリスク管理として位置づけられ、2009(平成21)年の新型インフルエンザ流行時には、事業継続計画(BCP:business continuity plan)の策定が注目された。2013(平成25)年の風しん流行では職場での感染が最も多く、集団感染例も報告されたことから、企業における対策が求められる。また、事業者(企業)には安全配慮義務およびそれに関連した快適職場環境配慮義務が課せられている。すなわち、従業員が職場や業務に関連して健康障害を発症したり、疾病が悪化したりすることのないように配慮する義務であり、安全で快適、かつ安心して働ける職場環境を整える義務を負う。

風しんはインフルエンザに比して感染力が強く、予防接種を受ける機会のなかった20~50代の男性が多い職場では、複数人が同時に休養を余儀なくされる危険性がある。不顕性感染は15~30%程度とされている一方で、成人では高熱や発しんが長く続いたり、関節痛などが生じる重症化例の報告や、稀に脳炎や、血小板減少性紫斑病を合併するため、決して軽視できない感染症である1)

風しん対策のもっとも重要な課題は、先天性風疹症候群:CRS(congenital rubella syndrome)の予防であり、妊婦が感染すると、たとえ不顕性感染であってもCRS児の生まれる危険性がある。また、母体の免疫が不十分な場合も危険とされ、予防接種を受けていても大丈夫とはいえない。よって、妊娠女性に感染させないことが大切であり、妊婦、あるいは妊娠出産年齢の女性従業員がいる職場や、業務上妊婦と接する可能性の高い職場では、職場全体で風しん対策に取り組む必要がある。特に医療・教育・保育事業は、従業員が顧客に対する感染源となる危険性があり、職場全体で免疫を高めることが求められる。平成25年の風しん流行時には、全国の医療法人で、医療従事者のみならず、出入りする関係業者へも風しんの抗体価検査および予防接種が推奨された。

また、国際的に風しんは、完全排除が目標とされる疾患であり1)、南北アメリカ大陸では2015(平成27)年に完全排除を達成している。このような地域へ風しんウイルスを持ちこむことは企業モラルを問われるため、従業員の海外派遣にあたっては留意が求められる。

感染症調査からみた職場対策の重要性
2012(平成24)年度の感染症流行予測調査によると、風しんに対する免疫を持たない20~49歳の成人は475万人で、そのうち男性が397万人と8割以上を占めている1)。これは予防接種制度の影響であるが、働き盛りの男性が感染しやすく、職場における流行の危険性を示している。風しんのウイルス排出期間、つまり他人へ感染させ得る期間は、発しんなどの症状出現の前後1週間とされることから、感染に気付かない男性が、職場や家庭、地域で妊娠出産年齢の女性へ感染させるケースが最も危惧される。実際に、感染症発生動向調査によれば、平成25年中に報告された風しん患者14,357人中、感染の原因や経路の記載があった3,026人のうち、職場は1,453人(48.0%)と最も多かった。また20~60歳の成人患者で感染の原因や経路の記載があった者1,761名中、職場感染が1,207人で68.5%を占め、職場がもっとも重要な感染の場となっている。

職場における対策の難しさ
風しんは免疫が不十分な集団で周期的に流行を繰り返すが、直近では2004(平成16)年と2013(平成25)年で、間があいている。毎年流行するインフルエンザに比較して、生産やサービスに重大な影響を及ぼす事態が起こることは稀であり、企業の危機感が薄れやすい。

また、最大の懸念が、CRSの発生であり、従業員直接への危険ではないため、企業を前向きにするには工夫が必要である。同じことが個人にも言え、感染リスクの高い20~50代男性で当事者意識を持つ者は限られる。

産業保健スタッフの役割と、具体的な風しん対策
企業や従業員に風しん対策の重要性を認識させるには、産業医や保健師、衛生管理者等が主体的に動くことが期待される。日頃から風しん対策の重要性を教育し、衛生委員会等で流行状況を報告したり、取り組むべき具体策を提案する。また発生した際には、職場や個人に対して、プライバシーに配慮した上で適切にアドバイスをする。

実際に、入社時や健康診断時に風しんの抗体価検査と予防接種を実施している企業もある。また、流行を機に、従業員に抗体価検査や予防接種の機会を提供した企業もある。こういった対策を実施するにあたっては、費用の負担方法、巡回健診の届出、個人情報保護などに留意する必要がある。また、予防接種歴の調査は難しく、母子手帳の記載を確認できるのは20~40代の成人のうち36%という報告がある2)。さらに、過去の風しん感染に関する記憶は不正確と考えられ、感染の危険性が高い従業員の同定には抗体検査が必要である。もし職場で風しん患者が発生したら、医療機関や保健所と連携して集団感染防止に努める。風しんは、症状出現前に他人へ感染させてしまう危険性があり、また、典型的な症状の出ない場合も多く、症状が出たら自宅待機という対策では不十分といえる。職場では賃金や休暇の扱いが厳密であり、従業員を休ませるには、企業や本人に納得できる理由付けが必要となる。平成25年に集団感染が起きた事業所では、風しん抗体価陰性の妊娠女性に対して、特別無給休暇を支給する対応をとった事例がある。

企業の安全配慮義務に対して、従業員には自身の健康を自己管理する自己保健義務がある。妊娠出産年齢の女性は自ら予防接種を受けておくことが最も重要であり、周囲の男性を含めた多くの人が予防接種を受けておくことが望ましい。

健康経営という理念
従業員を重要な経営資源と位置付け、その健康の保持増進に投資し、経営を安定発展させようという理念が『健康経営』である。日本でも近年スローガンに掲げる企業が増えてきている。経営者が従業員をその家族までも含めて大切にする姿勢を示せば、愛社精神が培われ、パフォーマンス向上が期待できる。その一環として企業が風しん対策に取り組む価値は十分に高い。

 

参考文献
  1. IASR Vol. 34 No.4,2013
  2. Hori A, et al., PLOS ONE 10: 0129900, 2015

大同特殊鋼(株)統括産業医 斉藤政彦
東京ガス(株)産業医 堀 愛

 

 

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