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豚レンサ球菌(Streptococcus suis)による髄膜炎を発症し、両側高度難聴に至った35歳女性例

(IASR Vol. 36 p. 159-160: 2015年8月号)

はじめに
わが国では豚レンサ球菌による細菌性髄膜炎の多くは豚の食肉加工業者を中心に報告されているが、一般家庭の女性の豚ホルモン調理に関連して発症した症例を経験したので報告する。

患者背景
症例は中耳炎、腹部ヘルペス、子宮内膜症の既往のある35歳女性。飲酒は焼酎5~6杯/日、喫煙歴はなし。渡航歴はなし。豚肉の加工業などの従事歴はない。

臨床経過
X-1年12月30日に生の豚ホルモンを加熱調理し喫食。31日に左手第5指を包丁で切った。その後再度、生の豚ホルモンを加熱調理し喫食した。X年1月3日より発熱、頭痛、嘔気、嘔吐が出現し、4日には耳鳴りが出現し、さらに症状が増悪したため近医を受診。1月6日に当院を紹介受診、即日入院となった。

入院時臨床所見
血圧は117/78mmHg、心拍数は129回/分・ 整、体温は38.8℃であった。両側外耳、中耳には異常所見なし。右腰背部に疼痛を認め、下腿浮腫があり、左第5指に切創を認めた。神経学的所見としては髄膜刺激徴候陽性、軽度意識障害、両側高度難聴を認めた。

入院時検査所見
採血検査では全身細菌感染症を反映する炎症反応の上昇、プロカルシトニン上昇、凝固異常、血小板減少を認めた。また、腎機能障害(クレアチニン1.28 mg/dl)、肝機能障害(ALT/AST=243/308)を認めた。髄液検査では細胞数1,737/μl(分葉核球:1,673/μl)、蛋白171.4 mg/dl、糖20 mg/dlであった。培養検査では血液、髄液ともにStreptococcus suis (豚レンサ球菌)が検出された。グラム染色画像をに示す。

入院時生理画像所見
頭部単純CTでは明らかな異常所見なく、頭部単純MRI FLAIRで脳溝に一致した高信号域を散見した。腰椎単純MRIでは右腸腰筋、右仙腸関節にT2WIにて高信号域を認めた。オージオグラムでは右でscale out、左で90 dBであり、聴性脳幹反応はⅠ波から同定できなかった。

入院後経過
上記から髄膜炎、敗血症、播種性血管内血液凝固症候群(DIC)の診断にてデキサメサゾン0.15 mg/kg q6h、ペニシリンG 400万U q4h、セフトリアキソン2.0 g q12h、バンコマイシン750 mg q6hにて治療を開始した。髄膜炎、敗血症は治療によく反応し、約4週間で改善を得られたが、全身状態改善後も難聴は改善を認めなかった。また、腰背部痛も持続したため、レボフロキサシン内服での加療を継続した。

考 察
豚レンサ球菌はGram陽性通性嫌気性レンサ状球菌である。豚、イノシシを自然宿主としている。 莢膜の多糖体の抗原性により35種類の血清型がある。本菌は分離同定が困難であるとされているが、本症例では質量分析装置MALDI バイオタイパーにて菌種が豚レンサ球菌であると推定され、さらにラピッドID 32 ストレップアピにて菌種同定を行うことができた。また、本症例では国立感染症研究所にて菌の詳細評価を頂いた結果、血清型は2型であり、人から分離される型としては典型的であった。

これまでは豚の食肉加工業従事者で多く報告されており、皮膚の損傷などによる接触感染が感染経路として考えられている。本例では、豚肉に関する職業従事者ではなく、免疫不全などの基礎疾患のない一般女性が罹患した例として特徴的と考えられる。感染経路としては左手第5指に切創を認めていたことから傷口からの感染の可能性が考えられた。また、本症例で認めた難聴は豚レンサ球菌感染症において約40%の症例で認めるとされている。治療反応性に乏しく、高度の難聴という不幸な転帰をとることが多い。

最後に本事例の菌種同定ならびに診断にあたっては国立感染研究所・常 彬先生、池辺忠義先生に御尽力いただきました。この場を借りて御礼申し上げます。

聖マリアンナ医科大学病院
  神経内科 赤松真志 伊佐早健治 秋山久尚 長谷川泰弘
  感染制御部 竹村 弘
  臨床検査部 大柳忠智

 

 

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