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抗HIV薬治療下のHIV潜伏感染症:致死的病態について―HIVとNADCs

(IASR Vol. 36 p. 170-171: 2015年9月号)

はじめに
一昨年度、昨年度のHIV/AIDS特集において、『抗HIV薬治療下のHIV潜伏感染症:非致死的病態について―HIVと骨粗鬆症』と『抗HIV薬治療下のHIV潜伏感染症:非致死的病態について2―HIVとHAND』の報告を行った(興味のある方は感染研のホームページ<http://www.niid.go.jp/niid/ja/>からバックナンバーをご覧いただきたい)。今年度は、HIVの長期持続感染と悪性腫瘍の発生について紹介したい(ただし、非致死的病態とは言えないので、今回は「非」を取って「致死的病態について」とさせていただいた)。

HIV感染症と悪性腫瘍
HIV感染に伴う発癌は、日和見感染症とならんでAIDSの致死的病態として早い段階から大きな問題であった。抗HIV療法(anti-retroviral therapy: ART)が始まる前は、まさに免疫不全に伴う発癌であり、AIDS指標悪性腫瘍(AIDS-defining cancers: ADCs)と呼ばれていた。カポジ肉腫やAIDS関連悪性リンパ腫(主にnon-Hodgkin Lymphoma: NHL)などが代表的なものとして知られている。その後、ARTの長足の進歩により、治療を行えばほとんどの感染者は免疫不全の状態から脱することができ、これらADCsや日和見感染症は目に見えて減少していった。これで、HIV感染に伴う癌に関しては心配なくなったのかというと、それほど話は簡単ではなかった。確かにADCsは減少したが、今度はHIV感染とは直接関係ないと考えられていた悪性腫瘍、いわゆる非AIDS指標悪性腫瘍 (non-AIDS- defining cancers: NADCs)が増加してきたのである。代表的なものをあげると、肛門癌、頭頸部癌、Hodgkin Lymphoma(HL)、大腸癌、肝臓癌、そして肺癌などがこれに当たる。

ART 導入以降激減した日和見感染症やADCsにとってかわり、HIV感染者の死因のトップに立ったNADCsについて1)、これまでの知見を紹介したい。

HIV感染症のNADCsの特徴
NADCsでみられる悪性腫瘍は、i)HIV以外のウイルスが発症に関与しているものと、ii)HIV以外に発症に関与するウイルスが同定されていないもの、の大きく2つに分けられる。i)の代表的なものは、ヒトパピローマウイルス(HPV)が関与していると考えられる肛門癌や頭頸部癌(口腔や咽頭癌など)、EBVの合併感染が高率に認められるHL、そして肝炎ウイルス(HBVやHCV)が関与する肝臓癌などである。一方、ii)の方では、大腸癌と、NADCsの中では現在最も致死的な病態である肺癌2) が代表的なものとして上げられる。今回は特に、この肺癌について報告したい。

HIV感染症と肺癌
日本における死因の第1位は「がん」であり、その中でも肺癌が最も多く、しかも近年増加が顕著な癌である(平成25年度厚生労働省「人口動態統計」より)。他の悪性腫瘍もそうなのだが、高齢化の影響が最も色濃く出ているのが肺癌と言えるであろう。そして、まさに現在のHIV感染症診療が直面している最も大きな問題が、この高齢化なのである。これまでも何度か述べてきたが、長期間慢性炎症状態が持続することで体内では様々な問題が引き起こされていく。これにより、感染者自身の高齢化だけでなく、実年齢より10年は前倒しで加齢現象が進むと考えられているため、予想より早くがんを発症することになる。このことを証明するようなデータも報告されている。Shielsらの報告によると3)図1に示すように、明らかに非感染者に比べると10歳以上若年で肺癌を発症していることが見て取れる。また、非感染者に比べ進行が早く、予後不良となる症例が多いとされる4)。一方で、CD4数が高く保たれている症例は、低い症例に比べ明らかに肺癌の危険率は低下する5)。非感染者同様、感染者においても喫煙は肺癌発症において最も大きなリスク因子と考えられている。しかも、HIV感染者で喫煙している場合の肺癌発症リスクは、HIV陽性で非喫煙者との比較でみても、相対危険度は5倍以上高かった6)

おわりに
日本における新規HIV感染者/AIDS患者の報告数は、2007年以降毎年1,500人前後で推移しているが、2001年の報告と2014年を比較すると、高齢者のAIDS患者数の増加が顕著となっている(図2)。10年近く非感染者より早く悪性腫瘍の発生がみられるHIV感染者にとって、早期発見、早期治療はNADCs発症を予防する上においても、非常に重要であると言える。AIDS治療薬の開発目標は、もちろんウイルスの完全排除であるが、今後はNADCsの発生を抑えるという役割も視野に入れる必要があるであろう。また、頭頸部癌や肺癌発症における喫煙の影響は非感染者よりも大きく、まずは喫煙者には禁煙を勧めることが大事である。

謝辞:本報告を執筆するに際し、味澤 篤先生(公益財団法人東京都保健医療公社豊島病院副院長)の上梓された総説を参考にさせていただきました7,8)。心より御礼申し上げます。

 

参考文献
  1. Lifson AR, et al., HIV Clin Trials 9: 177-185, 2008
  2. Powles T, et al., J Clin Oncol 27: 884-890, 2009
  3. Shiels MS, et al., Ann Intern Med 153: 452-460, 2010
  4. Frisch M, et al., JAMA 285: 1736-1745, 2001
  5. Silverberg MJ, et al., Cnacer Epidemiol Biomarkers Prev 20: 2551-2559, 2011
  6. Kirk GD, et al., Clin Infect Dis 45: 103-110, 2007
  7. Ajisawa A, J AIDS Research 13: 13-19, 2011
  8. 味澤 篤, HIV感染症とAIDSの治療 6: 14-18, 2015


国立感染症研究所
   エイズ研究センター 吉村和久

 

 

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