国立感染症研究所

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non-HIV患者における肺クリプトコックス症

(IASR Vol. 36 p. 189-191: 2015年10月号)

緒 言
肺クリプトコックス症は主に細胞性免疫不全患者に発症する深在性真菌症であるが、クリプトコックス症の20%は基礎疾患を持たない健常人に発症する1)。大多数はHIV/AIDSをはじめ、悪性腫瘍、腎疾患、膠原病、血液疾患、ステロイド・免疫抑制薬投与や臓器移植後などの基礎疾患を持つ患者に発症する。HIV/AIDSは最大の感染リスク因子であり、HIV/AIDS患者に合併した脳髄膜炎を含むクリプトコックス症の予後はきわめて不良である。従って、HIV/AIDS患者の多い諸外国では、HIV/AIDS患者を背景にしたクリプトコックス症の疫学、診断、治療に関する研究報告が多い。一方、本邦のように、HIV患者が少ない背景において、いわゆるnon-HIV患者におけるクリプトコック症の疫学、臨床的特徴、治療の実態などは世界的に少ない。我々は、non-HIV患者における肺クリプトコックス症について、長崎大学病院とその関連病院の症例について解析を行い報告した2)が、本稿ではそのデータについて概説する。

解析方法
長崎大学病院および関連病院におけるnon-HIV患者に発症したクリプトコックス症自験例について、年齢、性別、基礎疾患、診断方法(抗原価、培養結果)、播種性の有無(脳髄膜炎など)、CT所見、治療内容、治療期間、転帰、予後、治療による抗原価の推移について、診療記録から解析した。クリプトコックス症の診断は培養検査陽性、あるいは病理組織学的にてクリプトコックスが証明された確定診断症例のみを対象とした。

結 果
1997~2012年までに診断されたnon-HIV患者における肺クリプトコックス症は151例であった。解析対象の内訳は、男性80例、女性71例、平均年齢は54.0歳であった。基礎疾患を有する例が84例(男性:女性=38:46)、有しない例が67例(男性:女性=42:25)であった。基礎疾患としては糖尿病が27例(32.1%)と最も多く、血液疾患(HTLV-Iキャリアを含む)が19例(22.6%)、膠原病(全身性エリテマトーデスや関節リウマチなど)が19例(22.6%)、腎疾患14例(16.7%)、悪性腫瘍11例(13.1%)、慢性肺疾患11例(13.1%)であった。また、ステロイド使用者は全体の37%に認められた。

臨床症状について基礎疾患を有しない患者67症例のうち、43例(64.2%)は無症状で、胸部異常陰影を契機に診断された。有症状者では、咳嗽(n=15; 22.3%)、喀痰(n=4; 6.0%)、胸痛(n=7; 10.4%)、発熱(n=2; 3.0%)などが認められた。基礎疾患を有する84症例では、39症例(46.4%)が無症状で、胸部異常陰影を契機に診断された。有症状者では、咳嗽(n=15; 17.9%)、喀痰(n=15; 17.9%)、胸痛(n=3; 3.6%)、発熱(n=20; 23.8%)、その他の症状(n=19; 22.6%)を認めた。基礎疾患を有する患者と有しない患者の検査所見による相違は、基礎疾患を有する患者は有しない患者に比較して、高齢、低栄養状態(低タンパク、低アルブミン血症)でリンパ球数が低く、CRP値が高い傾向にあった()。151例中、122例に髄液検査が行われており、脳髄膜炎を合併した例は14例で、基礎疾患を有する症例が10例、有しない症例が4例であった。発熱(57.1%)、頭痛(35.7%)、食欲不振や嘔吐(35.7%)が脳髄膜炎の主な症状として認められた。基礎疾患を有しない症例はすべて治療にて改善したが、基礎疾患を有する10例のうち6例は死亡した。予後不良因子としては、高齢、低栄養状態(低タンパク、低アルブミン血症)、高い好中球数、CRP値があげられた。

肺クリプトコックス症のCT画像所見について、81症例(基礎疾患あり:基礎疾患なし=39:42)について検討したところ、孤立性結節影23例、多発性結節影54例、浸潤影10例を認めた。これらの陰影の性状については、基礎疾患を有する場合と有しない場合で差は認められなかった。基礎疾患を有する例では有しない例に比較して、病変が右中葉により多く分布し、気管支透亮像と30mm以上の直径を有する病変が多く認められる傾向にあった。血清クリプトコックス抗原の抗原価と陰影の性状の相関を比較したところ、のように、浸潤影を呈する場合は、孤立性、あるいは多発性結節影を呈した例に比較して統計学的な有意差をもって高い値を示すことが示された。

治療について、ほぼ全例でアゾール系抗真菌薬を使用したが、3例のみポリエン系抗真菌薬が使用されており、脳髄膜炎を呈した症例を含む3例を除いて、基礎疾患を有する症例で6カ月、基礎疾患を有しない症例では3カ月で治療を終了していた。

治療について、基礎疾患を有しない場合は、83.6%でアゾール系抗真菌薬が使用され、内訳は、fluconazole(n=21; 31.3%)、itraconazole(n=4; 5.9%)、voriconazoleあるいはmiconazole(n=10; 15.0%)、これらのアゾール経口真菌薬+5-fluorocytosineの併用(n=15; 22.4%)、amphotericin B(n=3; 4.5%)が使用されていた。一方、基礎疾患を有する場合は、fluconazole(n=30; 35.7%)、アゾール系抗真菌薬+5-fluorocytosineの併用(n=17; 20.2%)、itraconazole(n=6; 7.1%)、voriconazoleあるいはmiconazole(n=10; 11.9%)、amphotericin B±5-fluorocytosine(n=4; 4.8%)が使用されていた。治療期間について、基礎疾患を有しない患者でアゾール系抗真菌薬を使用した場合は、平均90日間(範囲 60-110日)使用され、基礎疾患を有する場合は、3例を除いて、平均6カ月間使用されていた。治療効果と血清クリプトコックス抗原価の変化について、上記の治療期間でほぼすべての症例で血清クリプトコックス抗原価は低下したが、陰性化しない症例も認められた。

考 察
本邦におけるnon-HIV患者における肺クリプトコックス症について、疫学、臨床的特徴、治療の実態などについて解析した。non-HIV患者におけるこのような臨床解析は報告が少なく貴重な報告と思われる。HIV/AIDS以外では、糖尿病、血液疾患、関節リウマチなどの膠原病がその感染危険因子となり、ステロイドの投与歴も重要なリスクとなることが判明した。また、脳髄膜炎を合併しやすい因子や予後予測因子についても新しい知見を得た。さらに、CT所見では、異常所見の大きさ(陰影の大きさ)に応じて、血清クリプトコックス抗原価が高くなることや、浸潤影を呈する方が抗原価が高い傾向にあることも証明された。これは、病変部におけるクリプトコックスの菌量(抗原量)と相関があるものと推察される。治療について、基礎疾患、脳髄膜炎の有無に応じて、どちらも認められない場合は、アゾール系薬の3カ月投与、基礎疾患を有し、脳髄膜炎を有しない場合は、アゾール系薬の6カ月の投与が行われ良好な治療成績を認めた。米国IDSAのガイドラインでは、non-HIV患者における治療期間は6~12カ月を推奨されている3)が、本研究から、少なくとも基礎疾患を有しない場合は、3カ月の治療期間でも十分であることを示しており、この治療については、本邦のガイドライン「深在性真菌症の診断・治療ガイドライン2014」においても推奨されている4)。今後も、症例の集積を待って、日本からのエビデンス発信を行っていくことが望ましいと思われる。

 
参考文献
  1. Pappas PG, et al., Clin Infect Dis 2001 Sep 1; 33(5): 690-699
  2. Kohno S, et al., J Infect Chemother 2015 Jan; 21(1): 23-30
  3. Perfect JR, et al., Clin Infect Dis 2010 Feb 1; 50(3): 291-322
  4. 深在性真菌症の診断・治療ガイドライン2014, 東京, 協和企画, 2014


長崎大学大学院医歯薬学総合研究科
   感染免疫学講座 臨床感染症学分野 泉川公一

 

 

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