(IASR Vol. 36 p. 220-221: 2015年11月号)
高病原性鳥インフルエンザA(H5N1)ウイルスのヒト感染例は、2003年以降、世界の16カ国で感染者844人、死亡者449人となっている(2015年9月4日現在、http://www.who.int/influenza/human_animal_interface/H5N1_cumulative_table_archives/en/)。特にエジプトでは2014年の終わり頃から感染例が急増(2015年以降、感染者136人、死亡者39人)したため、ヒトからヒトへ容易に感染する変異ウイルスの出現も懸念されたが、ウイルス遺伝子配列を解析した結果、ヒトからヒトへ感染が生じやすくなることを示唆する変異は見当たらず、感染者の大多数は自家飼養家禽との接触歴があり、患鳥と接触する人が増えたことが、ヒト感染例急増の原因と考えられている(http://www.oie.int/for-the-media/press-releases/detail/article/egypt-upsurge-in-h5n1-human-and-poultry-cases-but-no-change-in-transmission-pattern-of-infection/)。それ以外に2015年以降は、中国では感染者5人、死亡者1人、インドネシアでは感染者2人、死亡者2人が報告されている。
A(H5N1)ウイルスは、1996年にはじめて中国広東省のガチョウ農場で確認されて以来、東アジア・東南アジア・ヨーロッパ・アフリカなどの国々で流行を繰り返して抗原変異が進む一方、近年は他の亜型の鳥インフルエンザウイルスとの遺伝子再集合が起こり、A(H5N2)、A(H5N3)、A(H5N6)、A(H5N8)等の様々な亜型のH5亜型高病原性鳥インフルエンザウイルスが世界各地で確認されるなど、流行状況は多様化、複雑化している。
韓国では2014年1月にアヒル農場を中心にA(H5N8)ウイルスによる高病原性鳥インフルエンザが発生し、2015年9月現在もこのウイルスによる高病原性鳥インフルエンザの発生がまだ続いている状況である。
日本では2014年4月に熊本県の養鶏場でA(H5N8)ウイルスによる高病原性鳥インフルエンザが発生し、その後、2014年12月~2015年1月にかけて宮崎県、山口県、岡山県、佐賀県の養鶏所でも同じA(H5N8)ウイルスによる高病原性鳥インフルエンザが発生している。また、2014年11月~2015年2月にかけて、島根県、千葉県、鳥取県、鹿児島県、岐阜県では野鳥や環境から同じA(H5N8)ウイルスが検出されている。2014年11月以降、日本で流行したこれらのウイルスは、ウイルス遺伝子配列の解析結果より、韓国の家禽に残存しているウイルスとは同じクレードに属するが異なる系統であることが判明しており、A(H5N8)ウイルスは様々な系統に多様化していることがうかがえる (http://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/tori/pdf/150909_h26win_hpai_rep.pdf)。
台湾では、以前はA(H5N2)ウイルスによる低病原性鳥インフルエンザが流行していたが、今回のA(H5N8)ウイルスが侵入して遺伝子再集合が起こり、さらには低病原性鳥インフルエンザA(H5N3)ウイルスとの遺伝子再集合も起こって、2015年以降は、A(H5N2)、A(H5N3)、A(H5N8)ウイルスによる高病原性鳥インフルエンザの発生が確認されている。また、中国(香港を含む)では、A(H5N1)、A(H5N2)、A(H5N3)、A(H5N6)、A(H5N8)ウイルス、欧州ではA(H5N1)、A(H5N8)ウイルス、北米ではA(H5N1)、A(H5N2)、A(H5N8)ウイルスによる高病原性鳥インフルエンザが家禽や野鳥で検出されるなど、H5亜型の高病原性鳥インフルエンザウイルスの流行は多様化・複雑化している。なお、A(H5N1)ウイルス以外のH5亜型ウイルスでヒト感染例があるのはA(H5N6)ウイルスのみで、最近では2015年6月に中国雲南省でA(H5N6)ウイルスの感染者が報告されている。その他のH5亜型ウイルスのヒト感染例はこれまで報告されていない。
野鳥や家禽に感染しても病原性を示さないA(H7N9)ウイルスのヒト感染例が2013年3月に世界で初めて中国で報告され、2013年3月~2015年7月まで、中国、香港、台湾における感染者(海外で検出された輸入感染例を含む)は677人、死亡者は275人となった。中国本土における第3波(2014年11月~2015年6月)では、感染者は222人(広東省72人、浙江省45人、福建省41人、江蘇省22人、安徽省13人、上海市7人、新疆ウイグル自治区7人、江西省3人、湖南省2人、北京市1人、山東省1人、貴州省1人、湖北省1人、香港3人、カナダ輸入感染例3人)と報告され、内陸部における感染者は非常に少なく、感染者のほとんどは大陸沿岸部に集中している (http://www.who.int/influenza/human_animal_interface/influenza_h7n9/Risk_Assessment/en/, http://www.chp.gov.hk/en/guideline1_year/29/134/332.html)。
第3波においてもウイルスの抗原的な変化はみられず、これまでに家族内感染を除いてヒト?ヒト感染した例は報告されていない。中国農業部における9月の調査で、23省の2,480カ所の農場の家禽から集めた 23,116検体と57,171血清を調査した結果、ウイルスは見つからなかったが、河南省の異なる11カ所の農場において、29羽の鶏が血清学的調査でH7抗体陽性となっている(http://www.moa.gov.cn/sjzz/syj/dwyqdt/jczt/201510/t20151010_4860021.htm)。このことから、中国では依然として家禽の間でA(H7N9)ウイルスの流行が続いていると考えられ、2015年9月には浙江省で2例のヒト感染例も報告されている(http://www.nhfpc.gov.cn/jkj/s3578/201510/6a9c4c7df6964ad18c10fc0d6b26c30e.shtml)。これまでのシーズンと同様、今シーズンもA(H7N9)ウイルスのヒト感染例が中国で多く発生すると予想され、日本においても野鳥を介して家禽にA(H7N9)ウイルスが侵入することも考えられる。また今後、効率良くヒト?ヒト感染するように変異すれば、日本のみならず世界各国で流行する可能性がある。今後は日本国内で感染が拡がる可能性も考慮しつつ、中国での流行状況を注視していく必要がある。
国立感染症研究所
インフルエンザウイルス研究センター第2室
・WHOインフルエンザ協力センター
影山 努 小田切孝人