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WHOポリオ根絶の最終段階戦略とその実施計画 2013-2018の進捗

(IASR Vol. 37 p. 19-20: 2016年2月号)

背 景
世界保健機関(WHO)は、世界ポリオ根絶計画の達成を、きわめて重要かつ喫緊の課題と位置づけ、『WHO Polio Eradication and Endgame Strategic Plan 2013-2018 (WHOポリオ根絶の最終段階戦略とその実施計画 2013-2018; ポリオ根絶最終段階戦略)』 を策定し、根絶計画の早期達成を目指している1)。ポリオ根絶最終段階戦略の主要な目的は、1)ポリオウイルス(野生株およびワクチン由来ポリオウイルス; VDPV)検出体制強化による迅速なコントロール、2)経口生ポリオワクチン(OPV)接種停止に向けた予防接種システムの強化、3)ポリオウイルスのバイオリスク管理の徹底と検証、4)世界ポリオ根絶計画により整備された公衆衛生基盤の継承、の4項目にまとめることができる()。このうち、VDPV流行の現状とリスク、ポリオウイルスのバイオリスク管理については、特集関連情報として別項にまとめた(本号68ページ参照)。

野生株ポリオウイルス流行国の現状
2015年の野生株ポリオウイルスによるポリオ確定症例数は、世界全体で72症例が報告されており(2016年1月19日現在)、2014年同時期のポリオ症例数359症例と比較すると大幅に減少した2)。3型野生株によるポリオ症例は、2012年11月10日発症のナイジェリアの症例以降、3年以上報告されておらず、3型野生株の伝播は世界的に終息した可能性が高い3)。そのため、2013~2015年に報告された野生株症例は、すべて1型ポリオウイルスによる 。

2015年12月末におけるパキスタンのポリオ症例数53例は、前年同時期の306症例と比較すると大きく減少した2)。政府軍による反政府武装勢力掃討作戦により、2014年後半以降連邦直轄部族地域(FATA)の治安が改善された結果、ポリオ対策が可能となりFATAにおけるポリオ症例数は大幅に減少した。その一方、2015年においても、カイバルパクトゥンクワ州、シンド州、バロチスタン州等パキスタン国内の広範な地域において1型野生株ポリオウイルス伝播が継続しており、ポリオ症例の発生、および、環境水検体からの1型野生株ポリオウイルスの断続的な検出が報告されている。アフガニスタンでも、2015年には19症例のポリオ患者が報告されており 2)、パキスタン・アフガニスタン国境地帯における野生株ポリオウイルス伝播の継続が懸念されている。2014年3月、カイバルパクトゥンクワ州で、小児へのポリオワクチン接種を拒んだ保護者450名以上が逮捕され、ポリオ対策を強化する当局と一部地域社会との深刻な軋轢が、あらためて浮き彫りとなった4)。残されたポリオ流行地は、依然多くの社会問題を抱えており、近い将来の野生株ポリオウイルス根絶達成は楽観視できない状況である。

一方、長年1型野生株ポリオウイルス流行地であったナイジェリア北部のポリオコントロールは、2013~2015年にかけて大きな進展をみせた。中央政府の関与や地方におけるEmergency Operations Center等による実行力を伴った意志決定システムの確立により、ナイジェリア北部ハイリスク地域におけるワクチン接種率やサーベイランス等の指標は、2014年後半以降顕著に改善した5)。その結果、2014年のナイジェリアのポリオ症例数は6例にまで減少し、2014年7月24日発症のポリオ症例を最後に野生株による症例は認められていない2)(本号13ページ参照)。2014年後半以降、環境サーベイランス由来検体からも1型野生株ポリオウイルスは検出されておらず、ナイジェリアを含むアフリカにおける野生株ポリオウイルス伝播は終息した可能性が高い。

ポリオフリー地域におけるポリオ流行のリスク
いったんポリオフリーを達成した地域においても、ワクチン接種率の低下により集団免疫が維持されない場合にはポリオ再流行が発生するリスクがある。2013~2014年にかけて、ポリオ常在国以外の広範な地域で、1型野生株ポリオウイルス伝播によるポリオ流行が発生した。2013年には、ソマリアにおいて、ナイジェリアに由来する1型野生株による大規模なポリオ流行が発生した。パキスタンに由来する1型野生株ポリオウイルスは、シリア、イラク等中東地域に伝播し、シリアでは2013~2014年にかけてポリオ流行が発生した。WHOは、2014年5月、野生株ポリオウイルスの世界的な伝播が、International Health Regulations(IHR)に基づく「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態」に該当するとして、出国者・長期滞在者へのポリオワクチン接種や予防接種証明の発行等の対応を求めた6)。2015年11月時点では、パキスタンおよびアフガニスタンの2カ国が、IHRによる野生株ポリオウイルス輸出国に指定されている。

イスラエルでは、2013年2月~2014年3月にかけて、環境サーベイランス由来検体から、計150株の1型野生株ポリオウイルスが検出された2)。イスラエルでは、不活化ポリオワクチン(IPV)定期接種により、95%以上の高い接種率を維持しており、野生株伝播にもかかわらず、ポリオ症例は1例も報告されていない7)。野生株伝播停止のため、2013年8月から2価経口生ポリオワクチン(bOPV)による追加接種キャンペーンが実施され、2014年4月以降、1型野生株は検出されていない8)。イスラエルにおける野生株ポリオウイルス伝播事例は、IPV接種により高いポリオ集団免疫を維持している地域では、ポリオウイルスの不顕性かつ長期的伝播のリスクを有することを示している9)

世界的trivalent OPV接種停止とbivalent OPVの導入
世界のほとんどの地域で野生株によるポリオ流行がコントロールされている現状において、VDPVによるポリオ流行は、無視できない公衆衛生上のリスクと考えられている10)。また、世界全体のOPV使用国で発生している年間250~500例のワクチン関連麻痺(VAPP)症例の約40%が2型成分による11)。そのため、ポリオ根絶最終段階戦略では、2016年前半に、多くの国々で使われているtrivalent OPV(tOPV)接種を世界的に停止し、OPV使用国では、bivalent OPV(bOPV; Sabin 1型 + Sabin 3型)導入を進めている(本号14ページ参照)。tOPVの使用停止によりVAPPの発生頻度は低下し、2型VDPV伝播によるポリオ流行のリスクは、将来的には、ほぼゼロになることが期待できる。tOPV接種停止直後は、2型ポリオウイルスに対する集団免疫の低下により2型VDPV流行のリスクが一時的に増加することから、少なくとも1回のIPV接種を定期接種に導入することにより、2型に対する集団免疫を最小限維持する必要がある。2015年10月、WHO Strategic Advisory Group of Experts on Immunizationは、2016年4月17日~5月1日の間に世界的なtOPV接種停止/bOPV導入を実施する方針を確認し、世界的なIPV供給体制の整備を求めている12)

 
参考文献
  1. The Global Polio Eradication Initiative, 2013
    http://www.polioeradication.org/Resourcelibrary/Strategyandwork.aspx
  2. The Global Polio Eradication Initiative, 2016
    http://www.polioeradication.org
  3. Kew OM, et al., MMWR 63: 1031-1033, 2014
  4. Hussain SA, et al., Lancet 385: 1509, 2015
  5. Callaway E, Nature 523: 263-264, 2015
  6. The Global Polio Eradication Initiative, 2015
    http://www.polioeradication.org/Keycountries/PolioEmergency.aspx
  7. Manor Y, et al., Euro Surveill 19: 20708, 2014
  8. Shulman LM, et al., J Infect Dis 210 Suppl 1: S304-314, 2014
  9. Kopel E, et al., N Engl J Med 371: 981-983, 2014
  10. Sutter RW, et al., J Infect Dis 210 Suppl 1: S434-438, 2014
  11. http://www.who.int/immunization/diseases/poliomyelitis/inactivated_polio_vaccine/learn/en/index2.html
  12. http://apps.who.int/gb/ebwha/pdf_files/EB138/B138_25-en.pdf


国立感染症研究所ウイルス第二部 清水博之

 

 

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