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WHO西太平洋地域におけるポリオ根絶事業の課題と対応

(IASR Vol. 37 p. 20-22: 2016年2月号)

2009年7月号のIASRの『WHO西太平洋地域(WPR)におけるポリオの現況と対策』において、WPRにおける2000年から2009年までのポリオの地域根絶状態維持のための課題(WPVの輸入とVDPVの伝播)と8つの重点活動、その実施状況について報告した(IASR 30: 173-174, 2009)。本稿では、WPRにおける2009年以降の、WPRのポリオ地域根絶を取り巻く世界ポリオ根絶事業の進展と、WPRのポリオ地域根絶が新たに直面している課題、さらにWPRにおける『ポリオ根絶の最終段階戦略とその実施計画(Polio Eradication and Endgame Strategic Plan 2013-2018)』の実施状況を紹介する。

1.WPRにおけるポリオ根絶事業の背景
1)1988~2011年まで
世界ポリオ根絶構想(GPEI)は1988年に開始された。1988年には野生株ポリオウイルス(WPV)の常在国数および麻痺性ポリオの患者数は125と35万であったが、2002年には7と1,918にまで減少した。6つある世界保健機関(WHO)の地域のうち、アメリカ地域では1994年に、日本の所属するWPRでは2000年に、ヨーロッパ地域では2002年に、ポリオの地域根絶が達成されていることが認証された。しかし2003年以降、ナイジェリアに始まった1型WPVの流行は既にポリオの排除に成功していたアフリカ諸国21カ国から中近東やアジアにまで拡がり、また、インドからはネパールやアンゴラ、レバノンに1型WPVの流行が拡大し、GPEIの達成は大きく遅延することになった。

2)ポリオ根絶の最終段階戦略とその実施計画(Polio Eradication and Endgame Strategic Plan 2013-2018)
アフリカ諸国では、2009~2011年にかけて、輸入後持続していたポリオの伝播の大部分が遮断され、インドは、2012年以降、WPVの常在流行国でなくなり(これにより、2014年、インドを含む南東アジア地域では、ポリオの地域根絶が達成されていることが認証された)、GPEIは再度大きく前進することになった。しかし、2012年の時点で、アフガニスタン、パキスタン、ナイジェリアの3カ国でWPVが常在流行していたこと、また、伝播型ワクチン由来ポリオウイルス(cVDPV) による麻痺性疾患の問題がより顕著になってきたことから、2012年、世界保健総会はWHO事務局にポリオ根絶のための最終段階の戦略を作成するよう要請し、2013年、『ポリオ根絶の最終段階戦略とその実施計画(Polio Eradica-tion and Endgame Strategic Plan 2013-2018)』が作成され、2013年の世界保健総会に提出された。

『ポリオ根絶の最終段階戦略』はその達成目的を、1)WPVの伝播については2014年末までにそのすべてを遮断し、cVDPV の流行については検出後120日以内に流行を制圧すること、2)不活化ポリオワクチン(IPV)を導入しながら段階的に経口生ポリオワクチン(OPV)の使用を停止すること(まずは2型ウイルスを含むOPVの使用停止から開始する)、3)2018年までに残り二つのWHOの地域でもポリオ根絶を認証し、すべてのポリオウイルスを安全に封じ込めること、4)ポリオ根絶事業の成功を他の公衆衛生事業に活用すること、としている。

2.WPRにおけるポリオ根絶事業の現状と『ポリオ根絶の最終段階戦略』の実施状況
1)WPRにおけるポリオ根絶事業の目的
WPRにおけるポリオ根絶事業の目的は、1)世界ポリオ根絶達成が認証されるまで地域根絶状態を維持すること、2)WPV、VDPVならびにSabin株ポリオウイルスを迅速に検出し、それに対処すること、3)VDPVのリスクを排除するため、定期接種においてOPVを使用している国には2015年末までに少なくとも1回のIPV接種を定期接種に導入し、さらに2016年4月までにOPVにおける2型ウイルスの使用を停止すること、4)ポリオウイルスの実験室封じ込めの段階をさらに進めること、である。

2)WPVの輸入と対応
1997年3月にカンボジアで見つかった麻痺性ポリオ患者がWPRにおける土着性WPVによる最終症例であると確認されて以来、WPRへのWPVの輸入は4回、確認されている。

1999年中国青海省で1型WPVが、2006年シンガポールで1型WPVが、2007年オーストラリアで1型WPVが、それぞれ検出されたことについては、2009年7月号のIASRの『WHO西太平洋地域におけるポリオの現況と対策』において報告した。これら3件のWPVの輸入については、二次感染者は認められなかった。

しかし、その後、2011年の7~10月にかけて、パキスタンから中国新疆ウイグル自治区に侵入した1型WPVの例では、44のポリオ症例が報告され、そのうち21症例からWPVが検出された。この輸入WPVの伝播に対しては、5回の大規模なOPVの一斉接種が行われ、小児と成人に対して合計4,300万ドースのワクチンが投与され、最初の症例の確定診断から1カ月半で、流行は封じ込められた。

3)VDPVの伝播と対応
2000年のポリオ地域根絶認証以降、WPRでのcVDPVによるポリオの流行は5回、確認されている。

2001年フィリピンで3人の急性弛緩性麻痺(AFP)患者と1人の接触者から、2004年中国貴州省で2人のAFP患者と4人の接触者から、2005~2006年にかけてカンボジアで2人のAFP患者からVDPVが分離され、それぞれのcVDPVに対して全国ないし全省の5~7歳未満の全小児を対象とした大規模なOPV一斉接種が2回または3回実施され、VDPV伝播が遮断されたことは、2009年7月号のIASRの『WHO西太平洋地域におけるポリオの現況と対策』において報告した。

その後、2011年10月~2012年2月には、中国四川省アバ自治州で3人のAFP患者から2型のVDPVが検出されたため、アバ自治州では15歳未満の小児すべてを対象としたワクチン一斉接種が3回、四川省のその他の地区とアバ自治州に隣接する他の省の県においては5歳未満の小児すべてを対象としたワクチン一斉接種が2回、2012年2~5月にかけて実施され、VDPV伝播は遮断された。

2015年10月6日~2016年1月22日までに、ラオスの中部のボリカムサイ県とサイソムブーン県に居住する特定の少数民族の村落で、それぞれ3人と4人のAFP患者から(年齢分布は生後7か月~40歳までで中央値は8歳)、さらに合計20人の接触者から(年齢分布は生後4か月~35歳までで中央値は8歳)、1型のVDPVが検出され、同国の首相により国家公衆衛生緊急事態が宣言された。2015年10~11月にかけてボリカムサイ県とサイソムブーン県とこれらに隣接するシェンクワーン県において15歳未満の小児すべてを対象とした3価(t)OPVの一斉接種が2回、12月にはすべての県においてtOPVの全国一斉接種が1回実施され、4回目、5回目、6回目のtOPVの全国一斉接種が、2016年のそれぞれ1月末、2月、3月に実施されることになっている。

4)IPVの導入
1999年に2型のWPVが根絶されて以来、cVDPVの90%はtOPVの中の2型のポリオウイルスによるものであったため、現在、定期接種においてtOPVのみを使用している国では、tOPVを1型と3型のウイルスのみを含む2価(b)OPVに置き換え、2型ポリオウイルスによるVDPVの発生を予防する必要がある。そのために、まずすべての型に対する抗原性を有するIPVを少なくとも1回、定期接種に導入し、それに続いて、tOPVの使用からbOPVの使用に移行することが進められている。2015年末現在の、WPRにおける国別のIPVとOPVの使用状況をに示した。 WPRにおいてtOPVのみを使用してきた国はすべて、2016年5月末までにtOPVの使用を停止し、これをbOPVに移行することになっている。

5)ポリオウイルスの安全な取り扱いと封じ込め
『WPVのウイルス型別根絶とOPV使用の逐次的停止に伴う関連施設におけるポリオウイルスのリスクを最小化するための世界行動計画(第3版)(GAPIII)』は、『ポリオ根絶の最終段階戦略とその実施計画』に沿いながらポリオウイルス感染性材料および感染性を有する可能性のある材料の安全な取り扱いと封じ込めを実施するため、『野生株ポリオウイルスの実験室封じ込めに関する世界行動計画(第2版)』の後継として作成された。GAPIIIは、1)2型ポリオウイルスの封じ込めのための準備(第一段階)、2)2型ポリオウイルスの封じ込め(第二段階)、3)すべてのポリオウイルスの封じ込め(第三段階)からなる。

2型のWPVないしVDPVを、今後、保管し続ける国立実験室は、WPRには、日本、オーストラリア、中国、香港に所在するが、これらの実験室は2型のWPVないしVDPVの封じ込め(第二段階前半)を完了している。第二段階後半に相当する2型のOPVないしSabin株ウイルスの封じ込めは2016年7月から開始される予定である。


WHO西太平洋地域事務局
   高島義裕 William Schluter Santosh Gurung Tigran Avagyan
   Varja Grabovac Yan Zhang Sergey Diorditsa

 

 

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