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WHO西太平洋地域における麻疹排除

(IASR Vol. 37 p. 62-64: 2016年4月号)

WHO西太平洋地域(WPR)は16の非太平洋島嶼国・地区(non-Pacific Islands Countries and Areas)と21の太平洋島嶼国・地区(Pacific Islands Countries and Areas)からなり, 前者には, 北から, モンゴル, 韓国, 日本, 中国, 香港, マカオ, ベトナム, ラオス, カンボジア, マレーシア, シンガポール, ブルネイ・ダルサラーム, フィリピン, パプア・ニューギニア, オーストラリア, ニュージーランドが含まれる。

1. WPRにおける麻疹排除事業実施の背景

WPRにおける麻疹の年間報告総数は, 1974年の世界保健総会(WHA)により決議され開始された拡大予防接種事業(EPI)の進展により, 1980~1982年の110.2~132.0万から, 2000~2002年の12.9~17.7万に減少した1)。しかしWHOの推計では, 2002年における麻疹患者数と死亡数はそれぞれ約670万人と約3万人に達しており2), また, 不十分な接種率の定期接種のみでは数年ごとの麻疹の大流行を防ぎ得ず, その際には年長児や若年成人が多く罹患することが問題となってきた3)。このため, 2003年9月, WHO西太平洋地域委員会(Regional Committee for the Western Pacific: WPRC)は, 麻疹排除とB型肝炎強化対策によってさらにEPIを強化することを決議, 麻疹排除については 「西太平洋地域麻疹排除行動計画(Western Pacific Regional Plan of Action for Measles Elimination)」 を承認4), 繰り返す麻疹の流行を抑制, 麻疹の罹患と死亡をさらに減少させることにした。

2. 麻疹排除の目標と戦略

(1)目標:2005年9月, WPRCは, WPRにおいて2012年までに麻疹排除を達成することを決議した5)。麻疹排除とは, 充分に機能する疾病監視体制(surveillance system)を有する地域や国といった一定の地理的領域において, 土着性ないし輸入された麻疹ウイルスによる持続伝播が12カ月以上存在しない状態, と定義され6), その達成と維持の認証(verification)には, 認証条件を満たす麻疹サーベイランスの存在とウイルス遺伝子分析による証拠によって, 土着性ないし輸入された麻疹ウイルスの持続伝播が36カ月以上にわたり遮断され続けていることを証明することが必要とされる7)。

(2)麻疹排除の戦略:「西太平洋地域麻疹排除行動計画(Western Pacific Regional Plan of Action for Measles Elimination, WPRO, WHO, 2003)」 は麻疹排除の基本戦略として, (i)麻疹含有ワクチン(MCV)の2回接種と定期的な集団免疫の評価により各国すべてのDistrict(日本では市町村に相当)における全出生コホートに95%以上の集団免疫を確立しそれを維持すること, (ii)疫学情報と実験室診断を伴う全症例報告サーベイランスを各国に確立すること, (iii)WHOによって認定された診断実験室のネットワークを地域全体に構築し, 麻疹の実験室診断と麻疹伝播のウイルス学的追跡を可能にすること, を挙げた。その実施方法の詳細は 「西太平洋地域麻疹排除実践ガイドライン(Field Guidelines for Measles Elimination, WPRO, WHO, 2004)」 に記述されている。

3. 進捗状況と成果

(1)ワクチン接種事業の強化
補足的麻疹含有ワクチン接種(Supplementary Immunization Activities: SIA)の実施:2003~2014年の間, モンゴル, 韓国, 中国, ベトナム, ラオス, カンボジア, マレーシア, フィリピン, パプア・ニューギニア, および11の太平洋島嶼国が, 全国規模ないし(中国では)省規模でSIAを実施したことをWHOに報告している。総回数は92, SIAによってMCV接種を受けた総人口は4.29億に達した。ラオス, フィリピン, パプア・ニューギニア, ソロモン諸島などでは, SIA実施の際, 経口ポリオワクチン, ビタミンA, 駆虫薬などの投与も併せて行い, 麻疹排除事業を他の保健サービス提供に利用してきた。

2回目の麻疹含有ワクチン(MCV-2)の定期予防接種事業への導入:WPRにおける麻疹排除事業の始まった2003年以降, 日本(2006年), ベトナム(2006年), フィリピン(2010年), カンボジア(2011年), パプア・ニューギニア(2015年)がMCV-2を定期予防接種事業に導入し, ラオスとソロモン諸島はそれぞれ2017年と2018年に導入を計画している。

ワクチン接種率の改善:MCVの定期接種率は, 2010年以降, モンゴル, 韓国, 中国, 香港では, 1回目, 2回目ともに95%以上に維持されており, ベトナムでも1回目の接種率は95%以上に維持されてきた。ラオス, フィリピン, パプア・ニューギニアを除く他の非太平洋島嶼国でも, 1回目, 2回目ともに90%以上で維持されている。

(2)症例別全数報告サーベイランスの確立:2015年現在, WPRのすべての国と地区において麻疹の全症例報告サーベイランスが確立されており, これに基づいて, 中国を除くすべての国と地区が毎月, WHOに各症例の詳細な疫学情報を提供している。WHOは, これらによって, 毎月, Measles-Rubella Bulletin (http://www.wpro.who.int/immunization/documents/measles_rubella_bulletin/en/#)を作成し, また定期的にRegional and Country Profiles of Measles Elimination(http://www.wpro.who.int/immunization/documents/measles_regional_country_profile/en/#)を更新している。

(3)実験室診断ネットワークの構築:2015年現在, WPRでは, WHOによってGlobal Specialized Laboratoryに指定された日本の国立感染症研究所, Regional Reference Laboratoryに指定された中国, 香港, およびオーストラリアの研究所, 16の国家診断実験室, ベトナムとマレーシアにある計4つの準国家診断実験室, および中国にある31の省診断実験室と331の地区診断実験室からなる, WPR麻疹風疹実験室診断ネットワークが構築されており, 麻疹疑い症例についてIgM抗体検査や麻疹ウイルス遺伝子検出が可能になっている。2013~2015年, WPRにおいて優位に検出された麻疹ウイルスの遺伝子型および地理的分布は, H1(中国を中心としてモンゴルからインドシナ半島北部), B3(フィリピン群島とベトナム中部), およびD8とD9(マレー半島からスンダ列島)であった。

(4)麻疹排除の認証システムの構築:2012年4月にWHO西太平洋地域麻疹排除認証委員会(Regional Verification Commission: RVC)が設置され, 2013年3月, RVCとWHO西太平洋地域事務局により麻疹排除の達成と維持の立証に必要な用語の定義や評価基準の詳細が確定された。2013年後半より各国に設立された麻疹排除認証委員会(National Verification Committee: NVC)によってそれぞれの国や地区の麻疹排除の活動と現状の詳細がRVCに報告されるようになり, 2014年3月からRVCによる麻疹排除認証が開始された。

(5)麻疹排除の達成:2014年3月にはモンゴル, 韓国, マカオ, オーストラリアにおいて, 2015年3月には日本, カンボジア, ブルネイ・ダルサラームにおいて, 麻疹ウイルスの持続的伝播の遮断が36カ月以上維持されていることが各NVCにより立証されているとして, これらの国ないし地区では麻疹排除が達成され維持されていることがRVCにより認証された。

(6)風疹排除事業の準備と開始:2011~2015年の間に, モンゴル, ベトナム, ラオス, カンボジア, フィリピン, パプア・ニューギニアが実施した麻疹排除のための全国SIAには麻疹風疹混合ワクチン(MRCV)が使用されており, これにより, ラオスでは1992年以降, モンゴルでは1998年以降, カンボジアでは1999年以降, ベトナムでは2000年以降, フィリピンでは2002年以降の出生コホートが風疹ワクチンの接種対象になった。モンゴル, 中国, ラオス, カンボジア, フィリピンは2007年以降に, ベトナムとパプア・ニューギニアは2015年から, 風疹含有ワクチンを定期接種事業に導入している。韓国, シンガポール, オーストラリア, ニュージーランドは2015年現在, 風疹排除を実現しつつあり, モンゴルは2020年を排除目標年とした国家風疹排除計画を策定中, カンボジアは2016年前半より国家風疹排除計画の作成にとりかかる予定である。麻疹排除のための全国SIAをMRCVを用いて実施することにより, 近年になって風疹含有ワクチンを定期接種事業に導入した国でも風疹排除達成の可能性が高まってきている。2014年10月, WPRCは, 風疹排除をWPRの予防接種事業の目標のひとつと位置づける 「WPRにおけるGlobal Vaccine Action Plan実施のための枠組み(Regional Framework for Implementation of the Global Vaccine Action Plan in the Western Pacific)」を承認した8)。

4. 未解決の問題と新たな課題

(1)ウイルス伝播の持続と繰り返す再興:中国では, 「2006~2012年全国消除麻疹行動計画」 の策定と実施以降, 麻疹の発生率は2008年から毎年低下, 2012年にはこれまでの最低を記録するに至ったが, 2013年以降は急激に上昇している。フィリピンでは, 1998年に麻疹排除事業が開始され, 麻疹の発生率は2006年にはこれまでの最低を記録したが, 2007年と2011年の全国SIAにもかかわらず, 2010~2011年と2013~2014年には全国規模で麻疹が再興し, 2014年の全国SIAの後においても, 特に中南部のビサヤ地方とミンダナオ地方でウイルス伝播が持続している。

(2)ウイルス伝播の低下ないし消失の後の輸入麻疹による大規模な流行:ベトナム, ラオス, パプア・ニューギニア, ソロモン諸島, ミクロネシア連邦では, いったん, 低下ないし消失したようにみえた麻疹ウイルスの伝播が, 流行国から流入したと考えられるウイルスにより再興し, 2013~2015年の間に, 全国規模での麻疹流行がみられた。

(3)流行国からの持続的な麻疹の流入:韓国, 日本, 香港, シンガポール, オーストラリア, ニュージーランドは, 麻疹の排除とその維持を達成, ないしは達成しつつあるが, 2013~2014年には, 流行国からの繰り返す麻疹の流入により麻疹発生率が上昇した。

(4)輸入麻疹ウイルスによる麻疹排除達成後の持続的伝播の再確立:モンゴルは2014年3月, RVCにより麻疹排除の達成が認証されたが, 中国から流入したと考えられるウイルスにより2015年3月初旬から麻疹が流行, 全国に拡大し, 2016年2月末現在, 終息していない。

(5)罹患者の年齢分布の変化:モンゴル, 中国の幾つかの省, ラオス, フィリピンの特に中南部, ソロモン諸島などにおける2013~2015年の間の麻疹流行では, 青少年, 成人, およびワクチン接種対象年齢に達しない幼児において発生率が上昇し, 従来のワクチン接種戦略(乳幼児を対象とした定期接種と小児を対象としたSIA)では流行を抑制し得ない年齢層で麻疹ウイルスが伝播していることが分かった。

5. まとめ

WPRでは, 2003年より麻疹排除事業を実施することにより, 地域全体でMCV-2の導入, SIAの実施, MCV接種率の向上, 麻疹サーベイランスの確立, 実験室診断の向上などが進展し, いくつかの国や地区では麻疹排除が達成され維持されつつある。しかし, 地域全体で麻疹排除を達成し維持するには, 解決されていない問題と新たに出現しつつある課題に取り組むことが不可欠である。

参考文献
  1. http://www.who.int/immunization/monitoring_surveillance/data/en/
  2. WPR/RC56/11, 56th Session of WHO Regional Committee, Noumea, New Caledonia, 19-23 September 2005
  3. Field Guidelines for Measles Elimination(WPRO, WHO, 2004)
  4. WPR/RC54.R3, 54th Session of WHO Regional Committee, Manila, Philippines, 8-12 September 2003
  5. WPR/RC56.R8, 56th Session of WHO Regional Committee, Noumea, New Caledonia, 19-23 September 2005
  6. World Health Organization, Monitoring progress towards elimination, Wkly Epidemiol Rec 2010; 49: 490-495
  7. Guidelines on Verification of Measles Elimination in the Western Pacific Region, WPRO, WHO, 2013
  8. WPR/RC65.R5, 65th Session of WHO Regional Committee for the Western Pacific, Manila, Philippines, 13-17 October 2014

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