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地方衛生研究所における麻疹・風疹の検査診断体制とその役割

(IASR Vol. 37 p. 71-72: 2016年4月号)

はじめに

麻疹は, 肺炎, 脳炎等によって死亡することがあるだけでなく, 麻疹ウイルスが免疫記憶を司るリンパ球を破壊し, 感染後2~3年間にわたり免疫抑制状態となり, その間, 感染症による死亡リスクが増大するとの最近の研究もある1)。また, 風疹では, 特に妊娠早期の妊婦の感染による先天性風疹症候群(CRS)で, 先天性心疾患などの先天異常を伴うと同時に早期に死亡することも多い。このように, 健康リスクが高く, 予防可能なワクチンが存在することから, 健康被害を可能な限り防止するため, 2007年に 「麻しんに関する特定感染症予防指針」 が, また2015年に 「風しんに関する特定感染症予防指針」 が発出され, 麻疹および風疹排除に向けた国を挙げての対策が実施されてきた。その結果, 麻疹に関しては2015年3月にWPROによりわが国における麻疹排除状態が認定された。世界的な麻疹撲滅は, 可能としてもかなり先のこととなると考えられるため, ワクチン接種の推進と質の高いサーベイランスを今後も継続する必要がある。

1. 麻疹の検査診断

麻疹排除のためには, 「優れたサーベイランスのもとで, 特定の地域や国において, 地域的な麻疹の伝播が12カ月以上にわたり起こっていないことが示される」 ことが求められており, 疑い症例の80%以上についてIgM検査が実施され, すべての流行(2例以上)においてウイルスの検出と遺伝子型が解析される必要がある。わが国ではIgM検査については保険適応があり, 民間の検査センターで, 多くはデンカ生研の試薬を用いて検査が実施されている。この検査件数は年間1万件を超えており, 2014年以前はこの検査により伝染性紅斑など麻疹でない疾患における偽陽性が多く発生していた2,3)。我々は2012年の厚生労働科学研究班会議(研究代表:国立感染症研究所・竹田誠部長)において, 発熱発疹患者のIgM測定データに基づき 「検査キットの特異度に問題がある」4)ことを指摘し, その結果, デンカ生研による検査キットの改良が行われた。改良後の2014年以降, それまで年間200例程度あったと思われる偽陽性による患者報告は激減したことから, この改善は麻疹排除認定に貢献したと思われる。麻疹ウイルスの遺伝子解析は, 2010(平成22)年11月の厚生労働省通知5)以降, 原則として全例について地方衛生研究所(地衛研)で実施されており, 2014年の464例の麻疹患者報告数のうち355例(76.5%), 2015年の35例中22例(62.3%)について遺伝子型が決定されている。遺伝子解析の結果は患者の疫学データと併せて解析され, 2010年以降は東南アジア, 欧州の流行株の輸入例であることが示されている。

2. 風疹の検査診断

わが国においては麻疹, 風疹ともに発症初期に受診する症例が多い。千葉県衛生研究所で検査を行った風疹疑い患者107例のうち, PCR陽性となった53例の患者血清のIgM抗体価の測定結果6)によると, 発症(発疹出現)当日および翌日においては抗体陽性率は約20%と低く, 抗体検査のみでは陰性と誤診される可能性がある。発症後3日まで含めても陽性率は45%と半分にも達しない。従って, 発症初期に正しく検査診断を行うためには, 麻疹と同様に, 地衛研における風疹ウイルスの遺伝子診断が重要となる。2013(平成25)年10月に行った全国調査では, すべての都道府県型の地衛研で風疹の遺伝子検査が実施可能であるが, 風疹主体の検査対応ではなく, 2割程度が麻疹疑いで検査依頼されており7), 今後は, 患者数が減少し, 全数検査対応が可能となった時点で, 風疹全例遺伝子検査体制への移行を考慮する必要がある。

3. 先天性風疹症候群(CRS)の検査診断

CRSの患者では, 風疹ウイルスが排除されにくく, 時には1年以上ウイルスを保有することが知られており, 患児が医療機関を受診する際, あるいは保育園等から, ウイルスの排泄が無いことの証明を求められることがある。これは地衛研によるウイルス遺伝子検査により可能であるが, 症状のない先天性風疹感染症(CRI)については, 感染症法における患者の診断対象とならないため, 行政検査が可能かどうかは自治体の判断となる。

4. 地方衛生研究所における麻疹の遺伝子診断の外部精度評価

麻疹疑い患者の遺伝子検査は地衛研で行い, 陽性であれば保健所は患者の出席・就業の制限, ワクチン未接種の接触者には72時間以内の緊急予防接種等の感染症対策を実施する。検査結果はその根拠となるものであり, 正確性, 迅速性が要求される。そこで, 厚生労働科学研究 「麻疹ならびに風疹排除およびその維持に科学的にサポートするための実験室検査に関する研究」(研究代表者:国立感染症研究所ウイルス第三部・竹田誠部長)の分担研究班では, 2014, 2015(平成26, 27)年度にそれぞれ22, 20施設を対象にウイルスRNAを配布し, それぞれconventional PCR, realtime PCRについて検査結果の検証を行い, 同時に機器の保守管理等についてもアンケート調査を実施した8)。2016(平成28)年4月1日から, 感染症法の一部改正により都道府県等が感染症法に基づいて実施する検査について 「検査の質を確保」 することが求められるため, 今後は研究班で実施した結果をもとに, すべての地衛研が参加できる検査評価事業として実施していく必要がある。

参考文献
  1. Mina MJ, et al., Science 348: 694-699, 2015
  2. 田中敏博, 他, IASR 31: 268-269, 2010
  3. 駒瀬勝啓, 竹田 誠, IASR 32: 41-42, 2011
  4. 調 恒明, 他, 平成23年度厚生労働科学研究費補助金(新型インフルエンザ等新興・再興感染症研究事業)「早期麻疹排除及び排除状態の維持に関する研究」 分担研究報告書, 99-103
  5. 平成22年11月11日付け 厚生労働省健康局結核感染症課課長通知 健感発1111第2号 「麻疹の検査診断について」
  6. 調 恒明, 他, 臨床と微生物 41: 229-234, 2014
  7. 第2回風しんに関する小委員会, 【資料6】地方衛生研究所における風しん検査について, http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000028275.pdf
  8. 調 恒明,他, 平成26年度(新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業)「麻疹ならびに風疹排除およびその維持に科学的にサポートするための実験室検査に関する研究」 分担研究報告書, 96-99

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