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風疹から赤ちゃんを守るための取り組み~周産期の現場からの情報発信~

(IASR Vol. 37 p. 80-81: 2016年4月号)

はじめに

全国の風疹患者が激増した2012年以来, 周産期の現場でも先天性風疹症候群(CRS)をいかにして防ぐかについて様々な試みがなされてきた。当初は妊婦の意識も低く, CRSに対する知識も極めて乏しい状態であったが, 厚生労働省をはじめCRS関連のNPOや自治体, 全国の医療機関の取り組みにより, 妊娠出産年齢層における風疹に対する知識は高まったと思われる。患者数も2013年の14,357人をピークに2014年は321人と激減, 2015年は162人とさらに減少した1)。しかるにCRSの患者数は2013年の32人から2014年には減少したものの9人の報告があり2), 予測された患者数を上回っている印象がある。今後さらにセミナーなどの啓発のみならず, 臨床の現場での 「草の根」 の発信が必要であると考える。

CRSのスクリーニング その現状

日本ではほとんどの妊婦が妊婦検診を受診(99.8%)し3), 現在公費負担(市町村からのクーポン)の制度を用いて風疹抗体価(HI)測定を行うこととガイドラインで定められている4)。さらに問診・診察で①小児との接触が多い就労, ②風疹患者との接触, ③発疹, ④発熱, ⑤頸部リンパ節の腫脹, について確認し, HI抗体価が256倍以上か問診・診察で上記①~⑤のいずれかが陽性の患者についてはペア血清HI抗体価および風疹特異的IgM抗体測定を行い, 「妊娠中風疹感染」 があるかどうか診断をすることとされている。「妊娠中風疹感染」 の診断に至らなくても, その疑いが残る新生児については臍帯血・新生児咽頭ぬぐい液・新生児唾液にて先天感染診断を行い, CRSが強く疑われる場合は, 最寄りの保健所に相談することが強く推奨されており, 周産期の現場からはCRSの存否はほぼ悉皆的にスクリーニングされているといえる。

近年, 妊婦検診時の公費負担については妊婦検診14回に対して全国平均97,494円5)であり, ほぼ全国的に妊婦に負担なくCRSのスクリーニングが施行されていると考えてよい。しかるに妊婦検診の風疹抗体価スクリーニングでは家族, 特にパートナーや子どもの抗体価については調べられていないのが現状である。

感染経路からみた妊婦の風疹罹患予防

2013年に感染症発生動向調査に報告された20~60歳の女性風疹患者(2,515例)中, 感染原因・感染経路に記載があった588例で最も多かったのが夫からの経路87例であったことから, 抗体のない世代は男女関係なくCRSのリスク因子になり得るともいえる。しかし, 前述のごとく妊婦の抗体価スクリーニングを施行しても夫の抗体価は調べられず, 現場では全員抵抗体価とみなし, パートナーをガイドラインで示された抗体を持たない小児扱いにして, 「小児との接触が多い就労」 として厳重にフォローすべきではないかという意見さえ出る状況である。自治体によってはパートナーへも風疹ワクチンの接種の補助を行っているところもあるが, 抗体価が低い夫のみという自治体も多く, 平日に抗体検査とワクチン接種をするに至っていないパートナーも多い印象がある。この点, 家族内感染を断つのは困難である。

また, 同調査では同僚からの感染が71例と次に多く, 職場内での風疹感染に対する意識の低さも問題視されるべきであると考える。

これらデータを勘案すれば, 妊婦の風疹感染を防ぐには本人や家族へのワクチン接種を推進するのみならず, 社会的な啓発・情報発信により, これら妊娠出産年齢での風疹罹患が及ぼす危険性を社会全体が認識するような戦略が必要になると考える。

風疹から赤ちゃんを守る戦略

我々産婦人科医としては, 社会がCRSについて認識するためには臨床の現場でのピンポイントの啓発と同時にセミナーの開催(図1), インターネットなどの電子媒体を用いた啓発, 患者団体などとタッグを組んでSNS等への情報発信, そしてマスメディアを用いた啓発が重要であると考える。2012年8月から男性雑誌で連載中の漫画 「コウノドリ」 は, 産婦人科医師が主人公であるが, この作品の中でもCRSがとりあげられた(図2)。また, 2015年秋にはテレビドラマ化され, CRSのエピソードも盛り込まれて大きな反響を得た。このドラマには厚生労働省がタイアップし, ホームページ(http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/rubella/)に一般向けのリーフレットを掲載, 出演者が厚生労働大臣を表敬訪問した。またテレビ局のホームページ(http://www.tbs.co.jp/kounodori/)ではこの模様をブログ形式で発信し, 同時にSNSでも同様の記事を載せ, 一般向けに発信した。

このような思い切った戦略もさらなるCRSの減少に大きく寄与するのではないかと考え, 私自身も微力ながら協力した次第である。

最後に

風疹の罹患者数は減少したものの, 2020年度までに風疹を排除する, という目標に向けて, まだまだなされるべきことは多いと感じる。

各方面からのアプローチにより, 風疹から赤ちゃんを守るためには非妊時からのワクチン接種が重要であること, 女性のみならず男性もワクチン接種を行うべきであるというコンセンサスが醸成されてきたのではないか。他方, 過去のワクチン行政をやり玉に挙げ, 副反応が怖いからとか, 自然に抗体が付けば良いからという理由で未だにワクチン接種を拒む人もいる。同時に, ネット上にはその意見を支えるような扇情的なブログや, 疑似科学のホームページがあり, 彼らが発信するSNSのコメントに多くのリアクションが集まっている。

臨床の現場にはいるものの科学者の端くれとして, 科学的な議論の応酬を望むのだが, そのような状況にならず, 切歯扼腕している。

今回, 周産期の現場からの報告として筆を執らせて頂いた。

今後もさらなるデータの共有と連携した情報発信を切望する次第である。

 

参考文献
  1. 風疹発生動向調査, 国立感染症研究所(2016.1.7)
  2. 先天性風疹症候群(CRS)の報告, 国立感染症研究所(2014.10.8)
  3. 未受診妊婦や飛び込みによる出産等実態調査報告, 大阪産婦人科医会(2015.3)
  4. 産婦人科診療ガイドライン産科編2014, 日本産科婦人科学会
  5. 厚生労働省通知, 雇児母発0423第1号, 平成26年4月23日

りんくう総合医療センター産婦人科 
 荻田和秀

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