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市場関連のレプトスピラ症について―川崎市

(IASR Vol. 37 p. 107-109: 2016年6月号)

レプトスピラ症は, ネズミやイヌ等の保菌動物の尿中に排出された病原性レプトスピラで汚染された水や土壌から, 経皮的, 経粘膜的に感染することで発症する動物由来感染症である。海外では, 大雨とそれに続く洪水後の大規模なレプトスピラ症の発生がよく知られており1), 流行地への渡航歴がある発熱, 黄疸等の患者について, 鑑別すべき疾患の一つに挙げられる2)。また, 国内の台風後でも患者発生が報告されているため, 渡航歴がなくとも診断に際しては病歴の聴取が非常に重要といえる3,4)。わが国では沖縄県での河川のレジャーなどを契機とした感染の報告5,6)が多いが, 都内で報告された重症例もあり7), 都心部でも感染しうる疾患である8)。今回, 川崎市において, 市外の市場内で感染したと推定される2例の届出があった。

市内におけるレプトスピラ症の届出は, 2006年以降2014年第32週に1件のみと少なく, また今回は, 感染場所が同一と考えられたため経過を含めて報告する。

端緒および経過

2016年2月2日に川崎市内の医療機関よりレプトスピラ症を疑う患者がいる旨, 保健所へ連絡が入り積極的疫学調査を行った。

症例1:市外在住の50代男性。1月29日に両膝痛を主訴に整形外科を受診した。2月1日, 両膝痛に加え喀痰, 腹痛, 黄疸, 尿量減少が出現し, 川崎市内医療機関を受診, 肝機能障害, 急性腎不全, 播種性血管内凝固症候群の診断で緊急入院となった。2月2日には意識障害, 出血症状も認め, 無尿のため透析導入となった。患者は長年鮮魚仲買人として市外の市場で勤務しており, 臨床所見と職歴からレプトスピラ症を疑われた。国立感染症研究所(感染研)に, 2月3日(発症6日目)および2月10日(発症13日目)のペア血清での顕微鏡下凝集試験法(MAT)による血清抗体価の測定を依頼し, 血清型Copenhageniが50倍から800倍, 血清型Icterohaemorrhagiaeが100倍から800倍と有意な上昇を認めたため, レプトスピラ症の診断が確定した。本症例は適切な抗菌薬の使用と腎不全に対する透析等の治療が奏功し, 合併症なく退院した。

症例2:症例1と同居している50代男性。症例1の発症と同時期に全身倦怠感が出現していた。症例1と店舗は異なるものの, 長年同じ市場で鮮魚仲買人として勤務していたことから, 症例2も主治医の要請を受け2月16日に同医療機関を受診した。受診時には, 包丁による左第3指の切創以外に有意な所見を認めず, 感染研で実施した顕微鏡下凝集試験法(MAT)による血清抗体価で血清型Copenhageniが800倍と有意な上昇を認め, レプトスピラ症と診断されたが, 治療は必要としなかった。

考 察

今回の事例はいずれも既往歴, 家族歴に特記すべきことなく, 河川などでのレジャー参加や海外渡航歴はなかった。症例2は犬2匹を飼育中で, レプトスピラ混合ワクチンは未接種であったが, 居住地の保健所の調査によりペットの適正飼育が確認された。住居周辺でのネズミとの接触はなかったが, 問診上, 市場内ではネズミを日常的に見かけるとの申告があった。2例とも職場では長靴, 長ズボン, 半袖上着, ビニールジャンパーを着用していたものの, 屋外作業で鮮魚を扱うため水しぶきを日常的に浴びていた。また, 手荒れや包丁などの刃物で怪我をすることも多かったが, 見栄えが悪いとの理由から片付けの時も含め手袋, マスクは着用しておらず, レプトスピラで汚染された水を介した市場内での感染の可能性が高いと推定された。既に管轄の保健所がネズミ対策等を講じていたが, 今回の届出を受け改めて調査を依頼し, 以前より指摘されていたごみの収集方法の改善等について再度指導が行われた。過去の市場関連レプトスピラ症の発生について9)は市場内で周知はされていたが, 手袋を付けて作業する者はほとんどおらず, 清掃時の手袋, マスク等の着用を改めて市場関係者に指導した。今回の2症例も手袋, マスク等の重要性を認識はしていたものの着用はしておらず, 現場の従業員までのさらなる周知が必要と考えられた。

レプトスピラ症の症状は不顕性感染や感冒様症状のみの軽症型から黄疸, 腎不全, 出血を伴う重症型(ワイル病)など多彩であるため, 本疾患を疑わなければ診断に結びつかないことも多い。今回, 主治医が臨床症状に加え, 職業歴からレプトスピラ症を鑑別診断に挙げたことが早期発見, 早期治療に結びついた。ワイル病を発症した症例1を救命し, 非常に軽症であった症例2の診断が確定し, 2例とも後遺症なく回復することができた。レプトスピラ症を疑うためには, 問診による職業歴や淡水曝露, 動物との接触などの聴取が非常に重要であることを再認識した事例であった。

なお, この届出以降に感染拡大は認めていない。

 

参考文献
  1. CDC Travelers’ Health Outbreak Notice, Leptos-pirosis in Peru http://wwwnc.cdc.gov/travel/notices/outbreak-notice/leptospirosis-in-peru.htm
  2. Kutsuna S, et al., J Infect Chemother 21 (3): 218-223, 2015
  3. IASR 33: 14-15, 2012 http://www.niid.go.jp/niid/ja/id/1057-disease-based/ra/leptospirosis/idsc/iasr-in/973-pr3831.html
  4. IASR 32: 368-369, 2011 https://idsc.niid.go.jp/iasr/32/382/pr3826.html
  5. IASR 35: 14-15, 2014 http://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-vol35/1057-infectious-diseases/disease-based/ra/leptospirosis/idsc/iasr-in/4260-kj4071.html
  6. IASR 35: 216-217, 2014 http://www.niid.go.jp/niid/ja/leptospirosis-m/leptospirosis-iasrs/4940-pr4157.html
  7. 増田慶太ら, 感染症学雑誌 84(1): 59-64, 2009
  8. 東京都感染症情報センター, レプトスピラ症の流行状況(東京都), 2014
  9. 國土貴嗣ら, 第83回日本感染症学会総会学術集会後抄録, P-239 http://www.kansensho.or.jp/journal/extract/83_3.pdf

川崎市健康福祉局保健所
 小牧文代 小泉祐子 林 露子
川崎市幸区役所保健福祉センター 
 小倉美香 吉田裕一 村木芳夫 瀬戸成子
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社会医療法人財団石心会 川崎幸病院
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国立感染症研究所細菌第一部
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