国立感染症研究所

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フィリピンにおけるレプトスピラ症の臨床像と治療

(IASR Vol. 37 p. 110-111: 2016年6月号)

フィリピンはレプトスピラ症の蔓延国であり, 毎年, 7~10月にかけて雨期になると症例が増加する。首都マニラのスラム地域は, 宿主となるネズミが多数生息しており, また, 治水整備の不備から, 雨期には水が氾濫し, 貧困層の多くが汚染された水との接触を余儀なくされるため, 多数の患者が発生する。特に台風後の洪水では, しばしば集団発生がみられる。フィリピン保健省は, 本症を集団発生リスクが高い感染症の一つと位置付けており, 全国サーベイランスを行っているが, その全容を把握するには至っていない。

我々長崎大学は2009年より, マニラ市にある国立感染症病院のサンラザロ病院と提携し, レプトスピラ症の臨床研究に取り組んでいる。本稿では, 熱帯地の蔓延国におけるレプトスピラ症の臨床像と診療の実際について述べる。

2009年9月, 国内観測史上最大級の大型台風がマニラ市を襲い, 大規模な洪水が発生した。その後まもなく, 多数のレプトスピラ症患者が市内の医療機関に入院し, 死亡例も多発したため, 世界的に報道された。保健省の報告では患者総数は2,299例, 死亡は178例とされているが, これは過小評価された値である。我々はサンラザロ病院と共同で調査を行い, 同院に入院した患者の臨床データと血液サンプルを収集して解析を行った1)

臨床的にレプトスピラ症と診断された症例は, 洪水発生の7日後から急激に増加し, 10日後をピークとして, 徐々に減少していた。合計471例(男性424例, 女性47例)中, 51例(男性45例, 女性6例)が死亡しており, 致命率は10.8%であった。死因は肺出血が最も多く(n=18), 次いで急性呼吸促迫症候群(n=12), 腎不全(n=10)であった。大半の症例が入院2日以内に死亡していた。死亡に関係する要因は, 年齢(30歳以上), 黄疸, 無尿, 喀血, 入院時の血液検査所見で白血球増多, 血小板減少, 腎機能障害であった。喀血を呈した患者の致命率は47%と著しく高く, これらは近年注目されているレプトスピラ関連重症肺出血症候群(SPHS)の可能性が考えられた。我々の検討ではさらに, 抗菌薬治療の開始が発症から7日以上になると, 致命率が1.8倍になることが示された。これは早期の診断と治療開始が重要であることを意味している。

レプトスピラ症の診断には, 臨床現場で使える精度の高い検査方法が欠けているという問題がある。教科書的には培養法と顕微鏡下凝集試験(MAT)が標準的診断方法とされているが, 検査に専用の設備と技術を要し, また感度が低いため, 途上国の蔓延地の臨床現場で用いられることはない。よって, サンラザロ病院におけるレプトスピラの診断は, ほとんどすべて臨床診断である。具体的には, 洪水や動物との接触歴のある発熱患者が, レプトスピラ症に合致する症状・所見(頭痛, 筋痛, 眼痛, 悪心, 嘔吐, 腹痛, 下痢, 結膜充血, 黄疸, 暗褐色尿, 無尿, 異常出血)が2つ以上あった場合にレプトスピラと診断している。

我々は, 国立感染症研究所との共同研究で, 上記の臨床診断基準によりサンラザロ病院へ入院した患者304名から血液・尿検体を集め, 新規開発された組換えLigAタンパク質を用いたIgM ELISA法の臨床的有用性を検討した。その結果, 病初期におけるLigA-IgM ELISA法の感度は69.5%, 特異度は98%であり, LAMP法を併用することでさらに良好な精度が得られることが示された2)。さらにMAT/培養/LAMP法もしくは, LigA-IgM ELISA/LAMP法にて, 検査による診断を定義したところ, それぞれ167症例(55%), 192症例(63%)が本症と確定診断された。これらの症例では, 非レプトスピラ症例と比較して, 男性, 喀血, 黄疸, 腓腹筋痛, 好中球増多, 血小板減少, 腎障害, 全身筋痛, 呼吸困難, 低血圧, 無尿, 血液凝固異常を多く認めた。非レプトスピラ症例の中には, デング熱, 腸チフスが含まれていた。

レプトスピラ症患者への治療の基本は抗菌薬治療である。サンラザロ病院では, 入院症例に対してペニシリンGないしセフトリアキソンが第一選択薬として使用されており, 急性腎障害がみられる患者ではセフトリアキソンが選択されている。現時点でこれらの抗菌薬への耐性化は問題とはなっていない。近年, 保健省は, 洪水後に避難者を対象としてドキシサイクリンを配布している。しかし, その発症予防効果は確立されてはいない。また, 小児や妊婦には禁忌であること, 服薬コンプライアンスのことも考慮すると, 有効な公衆衛生対策となりえているかは不明である。

本症は, 軽症例や中等症例では, 他の熱性疾患(デング熱, 腸チフスなど)との鑑別が困難であるが, 重症例では特徴的な臨床所見がみられる例も少なくない。他の疾患との鑑別として特徴的な所見は, ①眼脂を伴わない結膜充血, ②急速な腎機能低下や尿量低下, ③AST, ALT上昇が軽度(<200 IU/L)である急性発症の黄疸である。急速に進行する腎不全は重症例で最も良くみられる合併症であり, 適切なタイミングで腎保護療法(利尿剤, 透析)等を行うことができない場合, 致死的となる。2010年にフィリピン国内の学会主導で作成されたガイドラインでは, 補助療法として肺病変を伴うレプトスピラ症に対する高容量ステロイド治療が推奨されている3)。このためサンラザロ病院でも重症例に対して積極的にステロイド治療が行われているが, その有効性に関するエビデンスは確立されていない。現在我々は, 観察研究による治療効果の検証に着手している。

本稿で取り上げた2009年の集団発生後も, フィリピンでは, 毎年多くの市民がレプトスピラ症で死亡しており, その多くはスラムに住む貧困層である。下水を含む都市インフラの整備やワクチン開発が必要であることは当然であるが, 一朝一夕に実現できるものではない。引き続き, 医療資源が限られた状況の中でも利用可能で有効な, 診断, 治療方法の開発に取り組んでいきたい。

 

参考文献
  1. Amilasan AS, et al., Emerg Infect Dis 18(1): 91-94, 2012
  2. Kitashoji E, et al., PLoS Negl Trop Dis 9(6): e0003879, 2015
  3. The Leptospirosis Task Force, Leptospirosis CPG, 2010

長崎大学熱帯医学研究所臨床感染症学分野
 鈴木 基 齊藤信夫 北庄司絵美 有吉紅也
国立感染症研究所細菌第一部
 小泉信夫
フィリピン国立サンラザロ病院
 Jose B Villarama Winston S Go

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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