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イヌのレプトスピラ感染

(IASR Vol. 37 p. 111-112: 2016年6月号)

イヌのレプトスピラ症は世界的にみられる感染症であり, イヌはヒトと同様に多くの血清型のレプトスピラに感染する。レプトスピラは, ネズミなどの野生哺乳動物の腎臓に保菌され, 尿とともに排出される。ヒトやイヌなどは, レプトスピラを含む尿との接触, あるいは尿に汚染された水や土壌との接触により偶発的に感染し発症する。イヌの感染初期症状としては, 発熱, 倦怠感, 食欲不振, 嘔吐, 脱水, 出血がみられ, その後, 腎不全, 肝不全に発展し, 治療が遅れれば死に至る疾患である1)。また, イヌは血清型Canicolaの保菌動物として知られており, 感染初期だけではなく感染後も長期間無症候のまま, この血清型レプトスピラを腎臓に保菌し尿中に排菌する。したがって, レプトスピラに感染したイヌはヒトへの感染源となる可能性がある。

一方で, イヌの急性レプトスピラ感染を監視することで, その地域のレプトスピラの感染リスクを明らかにできるという考え方がある。イヌのレプトスピラ症は, 従来血清型CanicolaとIcterohaemorrhagiae感染によるものとされ, 40年以上前からこれら2血清型の不活化全菌体ワクチンが使われてきた。しかしながら, この不活化全菌体ワクチンは血清型特異的な効果しかないため, 近年アメリカではこれら2血清型に替わってGrippotyphosaとPomonaが主要な感染血清型となっていることが明らかとなってきた1,2)

国内でイヌのレプトスピラ症は家畜伝染病予防法の届出対象疾患となっており, 農林水産省のホームページに発生数が掲載されている3)。しかしながら, 届出対象は7血清型に限られているため, 現在流行しているレプトスピラ血清型を明らかにすることはできない。

そこで筆者らは, 国内でのイヌのレプトスピラ感染の実態を明らかにするため, 2007年8月~2011年3月にかけて10県(茨城, 千葉, 三重, 宮崎, 佐賀, 福岡, 熊本, 鹿児島, 長崎, 沖縄)の地方衛生研究所, 獣医師会, 動物病院と協力して, 臨床的にレプトスピラ症と診断されたイヌの実験室診断(培養, DNA検出, 抗体検出)を行った4)。レプトスピラ症の臨床診断の基準は, ①発熱・嘔吐, 粘膜の充出血, 黄疸のうち2つ以上の症状, ②原因不明の急性腎障害 (Cre, BUNの異常値), あるいは③原因不明の急性肝障害(ALT, AST, APの異常値)とした。

レプトスピラ症と臨床診断されたイヌ283頭の実験室診断を行った結果, 83頭のレプトスピラ症が確定し, 感染イヌは調査したすべての県で検出された4)。確定例の91%が8~11月に発生し, 約半数が9月の発生であった。感染イヌの年齢は5か月~13歳(中央値5歳)で, オスが63%であった。イヌの種別は, 猟犬が38%, ペットが62%であった。初診時の臨床症状は, 発熱13%, 嘔吐71%, 粘膜の充出血41%, 黄疸78%で, 致命率は53%であった。抗体検出および分離レプトスピラの解析から, 主要な血清群はHebdomadis, Australis, Autumnalisであった。このうちHebdomadisは家畜伝染病予防法の届出対象とはなっていない。またこれら血清群は, ヒト患者からも分離あるいは抗体が検出されている血清群である5)。前述の3血清群を含め, 今回分離されたレプトスピラ5血清群は, すべて致死的な感染を引き起こすことが明らかとなった(血清群間の致死率に有意差なし)。また, 血清群あるいはMLVAタイプと感染イヌの臨床症状および血液データの関連を解析した結果, BUNは血清群Australis感染イヌで有意に高く, 粘膜の充出血あるいはCreにおいてMLVAタイプ間で有意差がみられたことから, レプトスピラの血清群や遺伝子型により惹起する病態が異なる可能性が示唆された6)

本調査により, ヒトでの感染が多い時期に, イヌのレプトスピラ急性感染も多くみられることが明らかとなった。また, これまで患者報告がない地域でもペットの感染が発生していることから, ヒトの生活圏に感染リスクが存在することが示唆された。本調査から, ヒトのレプトスピラ感染リスクを評価するのに, イヌを歩哨動物とすることは有効だと考えられた。また, イヌが保菌動物となっているCanicolaの検出は今回の調査では少なかった。一方で, これまでイヌから分離の報告がなかったAutumnalisおよびHebdomadisが分離された。現時点では, これらの血清群レプトスピラが長期間イヌに保菌されるかどうかはわかっていない。今後, 健常イヌを対象としたレプトスピラ保菌調査により明らかにすることができると考えている。

脚 注

血清群(serogroup): 抗原性の似た血清型からなる。標準抗血清を用いた顕微鏡下凝集試験によって決定。病原性レプトスピラの血清群は少なくとも24。

血清型(serovar): 交差凝集素吸収試験(標準株と血清型を決定したい分離株の両方に対する抗血清を用いた顕微鏡下凝集試験)によって決定。病原性レプトスピラの血清型は250以上。

 

参考文献
  1. Goldstein RE, Vet Clin Small Anim 40: 1091-1101, 2010
  2. Sykes JE, et al., J Vet Intern Med 25: 1-13, 2011
  3. http://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/kansi_densen/kansi_densen.html
  4. Koizumi N, et al., J Med Microbiol 62: 630-636, 2013
  5. IASR 29: 1-4, 2008
  6. Koizumi N, et al., J Med Microbiol 64: 288-294, 2015

国立感染症研究所細菌第一部
 小泉信夫 大西 真

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