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ジカウイルス感染症の疫学

(IASR Vol. 37 p. 121-122: 2016年7月号)

2014年から蚊媒介性ウイルス感染症の一つであるジカウイルス感染症が, これまで流行地でなかったアメリカ大陸で流行し始めた。

ジカウイルスは1947年にウガンダのジカ森林公園のサル(黄熱に関する研究のためのおとりサル)から初めて分離されたウイルスである1)。日本脳炎ウイルスやデングウイルス, 西ナイルウイルスと同様にフラビウイルス科フラビウイルス属に分類される。ウイルスが分離されてから約70年が経過しており, ジカウイルス感染症は, アフリカやアジアの熱帯・亜熱帯地域では以前から継続的に流行している感染症であると考えられる。2015~2016年のブラジル等の中南米における大規模流行が発生するまでは, ほとんど注目されることのなかった感染症である。そのためジカウイルス感染症に関する情報は限られているが, アフリカ・アジア等におけるジカウイルス感染症の疫学的情報をまとめる。

1)アフリカ

当初はヒトへは感染しないと考えられていたが, 1953年にナイジェリアで初めてヒトへの感染が認識された2)。1970年代にアフリカのナイジェリアで実施されたジカウイルス感染症に関する研究成績が発表されている3)。発熱のある患者からジカウイルスが分離され, 約40%の住民がジカウイルスに対する中和抗体を有していた。少なくともアフリカの一部では多くの人々がジカウイルスに感染している。上記ナイジェリアで実施された研究以外でも, ウガンダ, セネガル, シエラレオネ, ガボン, コートジボワール, 中央アフリカ, エジプトにおいてもジカウイルス感染症が分布している事実が報告された4-11)。ただし, その詳細は調べられたことはなかった。

2)アジア

1969年にはマレーシアでネッタイシマカからジカウイルスが分離され12), 1977~1978年にかけてインドネシアで行われた臨床研究により1名のジカウイルス感染症患者が報告されている13)。2010年にカンボジアで発症したジカウイルス感染症小児例が報告された14)。2012年にフィリピンで発症したジカウイルス感染症患者が報告された15)。両患者とも発熱, 咽頭痛, 結膜炎症状, 頭痛, 発疹等の症状を呈した。2012~2014年にはタイへの渡航歴のあるジカウイルス病の症例が, 日本を含む複数の国で報告されており16), タイ国内での感染例も散発的に報告されている17)

血清疫学的研究でも, アジア地域の熱帯・亜熱帯地域(インド, タイ, ベトナム, マレーシア, フィリピン, インドネシア)にジカウイルス感染症が存在することが示されている18-23)

3)ジカウイルス感染症のアメリカ大陸への流行の拡大:ジカウイルスの遺伝子型

ジカウイルスの血清型は一つで, 遺伝子型は大きく分けてアフリカ型とアジア型に分類される24)。アジアから太平洋諸島を経由して中南米にジカウイルスが入り込み, 流行地が中南米に至ったと考えられる。2007年, それまで流行が確認されたことがなかったミクロネシア連邦ヤップ島でジカウイルス病が流行し, 6,892人の3歳以上の島民のうち推定5,005人(73%)が感染したと報告された25)。次いで2013年, 仏領ポリネシアでの流行が報告され, 約3万人がジカウイルス病と疑われた26-28)。2014年にはニューカレドニア, クック諸島, チリのイースター島などオセアニア太平洋諸国で流行がみられ, 2015年にブラジルおよびコロンビアを含む南アメリカ大陸で流行が確認され, カリブ海地域を含め流行地が急速に拡大した29)。ミクロネシア(ヤップ島), 仏領ポリネシア, およびアメリカ大陸での流行の原因となったジカウイルスの遺伝子型はアジア型である。

中南米で大規模流行が発生する以前には, ウイルス学的に証明されたジカウイルス感染症報告例は10数名に過ぎず, 加えてその多くが比較的軽症の発熱性疾患という認識であったため, ほとんど注目されてこなかった。2013年, 仏領ポリネシアでギラン・バレー症候群の症例が増加し, 2015年から中南米で大規模流行が発生し, ジカウイルス感染症とギラン・バレー症候群との関連や母子感染による胎児の小頭症との関連が指摘されてから, 世界的な注目を集めるに至った。世界保健機関(WHO)は2016年2月1日に小頭症およびその他の神経障害の集団発生に関して 「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態(PHEIC)」 を宣言した。その後, 知見が集積するにしたがい, ジカウイルスとギラン・バレー症候群の関連性や, 妊婦の感染が小頭症等の先天異常の原因になることが明らかになった30)

アジア・アフリカにおけるジカウイルス感染症の流行状況については不明なところばかりである。たとえば, アジア・アフリカ地域にはジカウイルス先天感染例の報告はなく, また, ギラン・バレー症候群との関連が示唆される患者報告はない。血清疫学的な情報についても同様である。今後, アジア・アフリカの熱帯・亜熱帯地域におけるジカウイルス感染症の疫学的研究が実施され, 流行状況の詳細が明らかにされる必要がある。

 

参考文献
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  2. Macnamara FN, et al., Trans R Soc Trop Med Hyg 48: 139-145, 1954
  3. Fagbami AH, J Hyg 83: 213-219, 1979
  4. Moore DL, et al., Ann Trop Med Parasitol 69: 49-64, 1975
  5. Fagbami A, Trop Geogr Med 29: 187-191, 1977
  6. Renaudet J, et al., Bull Soc Pathol Exot Filiales 71: 131-140, 1978(in French)
  7. Robin Y, Mouchet J, Bull Soc Pathol Exot Filiales 68: 249-258, 1975(in French)
  8. Jan C, et al., Bull Soc Pathol Exot Filiales 71: 140-146, 1978(in French)
  9. Akoua-Koffi C, et al., Bull Soc Pathol Exot 94: 227-230, 2001(in French)
  10. Saluzzo JF, et al., Bull Soc Pathol Exot Filiales 74: 490-499, 1981(in French)
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  30. Rasmussen SA, et al., N Engl J Med 374(20): 1981-1987, 2016

国立感染症研究所
ウイルス第一部 西條政幸
感染症疫学センター 藤谷好弘 島田智恵

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