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初回献血者および検診受診者集団におけるHBs抗原陽性率の状況

(IASR Vol. 37 p. 149-151: 2016年8月号)

はじめに

わが国では, 世界に類をみない「肝炎対策基本法」を基として, 感染予防対策, 肝炎ウイルス無料検査や医療費助成, 肝炎拠点病院の整備等の肝炎・肝がん対策を進めてきている。

B型肝炎ウイルス(HBV)感染については, HBVが発見されて以後, 輸血用血液へのスクリーニングの導入(HBs抗原, HBc抗体, NAT:nucleic acid amplification technology:核酸増幅検査)や, HBV母子感染防止事業など, さまざまな感染予防対策が導入され, 著しく減少したが, 完全な封じ込めには至っていない。

本稿では, 統一した測定系および判定基準により検査が行われている大規模一般集団, すなわち, 初回献血者集団および肝炎ウイルス検査受検者集団における年齢階級別地域別にみたHBs抗原陽性率の動向について疫学的視点から紹介したい。

1. 初回献血者集団における出生年別にみたHBs抗原陽性率の分布

一般集団におけるHBs抗原陽性率の分布状況, 特に自身が感染に気づいていないHBs抗原陽性者の多寡を把握するために, 1995~2011年を3期(【BD-a】: 1995~2000年3,485,648人, 【BD-b】:2001~2006年3,748,422人, 【BD-c】:2007~2011年2,720,727人)に区切った全初回献血者の成績を図1に示す。全国で統一された試薬と診断基準により判定を行っている日本赤十字社血液センターの初回献血者集団の資料から日本赤十字の協力のもとに厚生労働省疫学研究班が算出したものである。なお, 日本赤十字社血液センターにおいてHBs抗原スクリーニングの検査法は, 2007年までは凝集法(R-PHA, 日赤製)により, 2008年からはCLEIA法〔化学発光酵素免疫法, ルミパルスプレストHBs Ag-N, 富士レビオ(株)〕により行われている。

1995~2000年【BD-a】の初回献血者集団全体のHBs抗原陽性率は0.63% 〔95%信頼区間(以下, 95%CI)0.62~0.64%, 男性:0.73%, 女性:0.53%〕, 2001~2006年【BD-b】の同HBs抗原陽性率は0.31%(95%CI:0.30~0.31%, 男性:0.36%, 女性:0.24%), 2007~2011年【BD-c】では0.20%(95%CI:0.20~0.21%, 男性:0.23%, 女性:0.15%)と, 後者が低い値を示してきた。17年間のコホート効果により低年齢集団の保有する低いHBs抗原陽性率がスライドすることにより, 初回献血者全体でのHBs抗原陽性率が低下したと考えられる。

なお, 初回献血者集団では40歳以下が全体の80%を占める若年齢層に偏った集団であることから, 算出された平均HBs抗原陽性率は, 少子高齢化が進行している日本全体を代表する値とは言えないことに留意する必要があり, 年齢別あるいは出生年別HBs抗原陽性率を基に, 対象とする集団のHBs抗原陽性者数等を推定することが肝要である。

年齢階級あるいは出生年別のHBs抗原陽性率をみると, 【BD-a】, 【BD-b】, 【BD-c】のいずれの時期においても1945年出生前後(いわゆる団塊)の集団では他の出生年集団と比べ高いHBs抗原陽性率を示す傾向が認められる。また, 同じ出生年のHBs抗原陽性率を3つの時期で比較すると, 【BD-c】の時期で低い値を示すことがわかる。同じ出生年で比べても1995~2000年よりも2007~2011年に初めて献血をした集団がより低いHBs抗原陽性率を示す理由は, この間に肝炎ウイルス検査を受ける機会があり, 感染が判明した者は献血には来ないこと, 献血時の問診が強化し, 感染リスクの高い場合は献血できない, 等が考えられる。いずれにしても感染を知る機会は増加したことがうかがえる。

男女別にみると, 【BD-a】, 【BD-b】, 【BD-c】いずれの時期においても1976年以降に出生した集団あるいは29歳以下の集団では男女差は認められないが, そのほかの年代では, 男性のHBs抗原陽性率は女性よりも高い値を示している。女性は妊娠等を契機に肝炎ウイルス検査を受ける機会があり, 陽性者が選択的に献血者になっていない可能性もあるが, 出生年・年齢別HBs抗原陽性率の分布からは明らかな傾向はみて取れない。

一方, 【BD-b】, 【BD-c】の結果を疫学的視点からみると, HBV母子感染防止事業が開始された1986年以後に出生した集団においても, HBs抗原陽性率が0にはならず, 0.04~0.1%の値を依然として保っていることに注視すべきである。HBV母子感染が抑えられている一方, 水平感染によるHBV感染が依然として存在している可能性も否定できない。

2. 肝炎ウイルス検査受診者集団における出生年別にみたHBs抗原陽性率の分布

2002年から老人保健事業の一環として40歳以上のすべての住民を対象に5年計画で肝炎ウイルス検査(節目・節目外検査)が開始された。節目検診受診者6,228,967人と, その後健康増進事業で開始された肝炎ウイルス検査受検者2,674,373人を基にしたHBs抗原陽性率を図2に示す。いずれも40歳以上の住民が対象である。

図1の初回献血者集団と同様, 1945年出生前後(いわゆる団塊)の集団は他の出生年集団と比べやや高いHBs抗原陽性率を示す傾向が認められる。なお, 健康増進事業による出生年別HBs抗原陽性率の推定は, 肝炎ウイルス検査報告(2008~2012年)から得た5歳年齢階級別の受診者数・陽性者数を基に出生年に按分し推定・算出している。

最後に, 【BD-c】2007~2011年の初回献血者集団と, 同時期である2008~2012年の健康増進事業に基づく肝炎ウイルス検査受検者集団の2011年時点の5歳年齢階級別HBs抗原陽性率を全国8ブロック別に図3にまとめて示す。

これまで指摘してきた通り, いずれの地域, 集団においても1945年出生前後あるいは高年齢集団でHBs抗原陽性率が高い傾向があり, 検診受診集団は初回献血者集団よりもHBs抗原陽性率は高いことが示されている。

おわりに

大規模集団におけるHBs抗原陽性率の経年推移と分布を紹介した。

HBV母子感染防止事業が開始された1986年以後に出生した集団のHBs抗原陽性率は極く低率にとどまっているものの, 0には至っていないことが示された。

初回献血者集団等の資料と比べ, 住民を対象とした肝炎ウイルス検査受検者集団では50歳を超える集団でのHBs抗原陽性者はいずれの地域も1%を超えることから, 年齢集団ごとの対策を考えることが肝要である。

 

資料提供
厚生労働科学研究費補助金 肝炎等克服政策研究事業
「肝炎ウイルス感染状況と感染後の長期経過に関する研究」2016
「急性感染も含めた肝炎ウイルス感染状況・長期経過と治療導入対策に関する研究」2013-2015
「肝炎ウイルス感染状況・長期経過と予後調査及び治療導入対策に関する研究」2010-2012

広島大学大学院医歯薬保健学研究院 疫学・疾病制御学 田中純子

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