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第21回国際エイズ会議(AIDS2016)

(IASR Vol. 37 p.177-179: 2016年9月号)

生前のネルソン・マンデラ氏が「沈黙を破り偏見と差別を払いのけ, エイズに対して立ち向かえ」と叫んだ2000年のダーバン国際エイズ会議(南アフリカ共和国), 今年, 同じ地で第21回国際エイズ会議(AIDS2016)が開催された。この16年の間に抗レトロウイルス薬療法(ART)は急速に発展し, WHOが各地域の90%以上のHIV感染者にARTを施すことで流行の収束を目指すと宣言するまでになった。曝露前予防投与(PrEP)の試みも成果を上げており, HIVパンデミックの収束が現実的に語られている。その陰で, マンデラ氏の指摘した偏見と差別はまだ大きな問題として立ちふさがっている。

ネルソン・マンデラ・デーである7月18日に行われた開会式は, アフリカの感染者たちのビデオメッセージと現地女性シンガーによるアフリカらしいステージで始まった。それに次ぐ演説では, HIV感染者でARTに命を救われたNkosi Johnsonが, 「すべての人が等しくARTの機会を受けるよう求める」と訴え, 役者で国連平和大使のCharlize Theronが, 母子感染の防止は進んでいるが若者への流行が見落とされていると警鐘を鳴らした。偏見と差別にさらされHIVに脆弱な様々な層に, 治療と予防を等しく行き渡らせることを強調した幕開けであった。

HIV/AIDS対策の進展

2日目の総会では, カリフォルニア大学サンディエゴ校のS.A. Strathdee博士が, HIV/AIDSの現状を総説した(TUPL0102)。世界のHIV被害は2000年比で約2/3まで減っているが, 現在でも世界には推計3,600万人超のHIV感染者がいる。そのうち1,700万人は既にARTを受けており, PrEPなどの予防策の効果で85の国々ではHIVの母子感染がほぼ0%になっているが,まだ毎年約190万人の新規感染者が発生している。アフリカではその25%以上は若い女性であり, 東欧から中央アジアでは難民・移民が, 世界中で男性間性交渉者(MSM)・性転換者(TG)・注射薬物使用者(PWID)が感染の脅威にさらされている。こうしたリスク集団が, HIV対策を重点的に行うべきkey populationであるとした。その上で, 中低所得国ではHIV検査率・ARTの処方・成功率が低いこと, PrEPはkey populationによってはコスト効率が変わること(図1), 経済的発展と政情の不安定化によって増える旅行者や難民が状況を複雑化していることなどに言及した。HIV流行の収束にはkey populationにある人々への差別や偏見をなくしつつ対策を施すことが必要だが, 資金の減少がこれを阻害しているとして関係者に行動を促した。

HIV対策のゴール

国連が昨年採択した, 「2030アジェンダ」には, 2030年までにAIDSの流行を収束させるという目標が設定された。目標のための方策について様々な報告があった中で, 2日目の総会のタイ赤十字のN. Phanuphak博士によるkey populationを標的とした予防対策についての講演(WEPL0102)はとりわけ興味深かった。タイ国においては, 一般に比べて性産業従事者で10倍, MSMやPWIDで24倍, TGでは49倍も感染リスクが高い。これらのkey populationを感染から守るため, 4つの県で検査・予防対策プログラムが展開中である。このプログラムでは, 熟練ヘルスワーカーが中心となって検査の実施・従事者のトレーニング・PrEP等を行っている。検査の普及には, 社会ネットワーク分析や自己診断キットなども活用され, PrEP成功のために被験者との密接な関係を形成しているという。博士はPrEPには, ポリシーの変更・イノベーションの積極的採用・ガイドライン以上の働きをするスタッフの存在などが欠かせないと語る。予防体制の構築には, 既存のルールを変える勇気が必要という言葉が印象的であった。

ゴールに辿り着くために

2030年のゴールへの先駆けとなる発表も多かった。早期治療の患者への影響を調査したSTART試験からは, 3年フォローアップ・データの再分析を行い, 高齢者・高ウイルス量・冠動脈疾患リスクの群で早期治療の効果が高かったことが報告された(THAB0201)。服薬アドヒアランスを改良する処方として注目される長期活性型注射ART投与(LAI ART)を検証するLATTE-2試験からは, LAI ARTが患者にとって好適であると感じられる理由は, 経口投与と違ってスティグマと治療へのプレッシャーがないことであるという報告があった(THAB0203)。血中ウイルス量のモニタリングについては, 中低所得国に向く乾燥血液点下標本を使った研究結果が数多く発表され, 測定限界を500コピーまで向上させた報告や, 治療失敗の検出には3,000 コピーで足るとする報告が目を引いた。治癒への取り組みは, 前回に引き続き「ミシシッピベイビー」の担当医D. Persaud教授が, 4日目の総会で講演した(THPL0104)。治癒を目指したHIV陽性新生児への早期ART投与試験(IMPAACT P1115)では, 中和抗体や樹状細胞指向性ワクチンを含むいくつかの抗ウイルス剤を使っての試験が進行中で, 特に中和抗体に潜伏感染ウイルス量を下げる効果があることが報告された。

終わりに

AIDS2016は, 2030年のエイズ流行の終結が達成可能な目標であることを再認識させた。この達成には, すべての地域の様々な人々に治療と予防の恩恵を遍く届ける必要がある。そのために, 感染集団に対する差別や偏見の撤廃, 権利の回復, 貧困からの脱出, 施策のための法整備などを推し進めなければならない。一方で, 目標達成のための資金確保は課題である。日本はHIV等の対策のためGlobal Fundに総計8億ドルの資金を投資していることを発表したが(MOSA2109), Global Fundの総額は低下傾向にあり, 対策を遅延させていると指摘されていた(図2)。日本を含む先進国は, 資金提供を維持しながら政策や対策への具体的貢献も行うことを求められている。

国立感染症研究所感染症疫学センター
 椎野禎一郎

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