国立感染症研究所

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国内で流行するムンプスウイルスの分子疫学的解析

(IASR Vol. 37 p.194-195: 2016年10月号)

近年ムンプスワクチンの定期接種に対する社会的ニーズが高まっている。定期接種導入に際してはワクチンの効果や安全性評価のために, 国内で流行するウイルスの分子疫学的データの集積が必須であり, そのためのネットワーク整備は喫緊の課題である。我々は, 2012年から全国18の地方衛生研究所および4カ所の病院の協力を得て, 各地で検出されたムンプスウイルスの塩基配列情報を集約し, 国内流行株の分子疫学的解析を行ってきた。現在のムンプスウイルスの系統分類基準では12の遺伝子型(A~N, ただしEとMは欠番)が同定されているが1), 国内では, 2000年から現在まで遺伝子型Gの独占的流行が続いている(図12)。今回は主に2012年以降の国内流行状況について概説する。特に, 昨年からムンプスの全国的流行の再燃を受けてウイルス検出数が急増しており, 地域ごとに特徴的な流行パターンが明らかになってきた。

我々のネットワークによる集約の結果は, 2012年は46検体, 2013年は41検体, 流行の底だった2014年には22検体であった。しかし, 流行が再燃し始めた昨年2015年には163検体, 2016年に入ってからはすでに93検体もの情報が寄せられている。そのうち1検体を除くすべての検体(364検体)は遺伝子型Gであった(図1)。国内で流行しているGはさらに大きく2つの亜型に分類され2), 2009年当時の流行状況からGe(東日本型), Gw(西日本型)と命名した。その後の解析から, GeとGwそれぞれの地理的分布は東西に固定されたものではないことが分かってきた。今回の解析においても, 2例を除くほとんどの検出例はこの2系統に分類された。両者の比率は2012年以降ではGwが大半を占め, Geは低い傾向にある(図1)。しかし, 各亜型の検出率を地域ごとにみるとその比率は一様でなく, 地域によってはGeの比率が高い場合もある(図2)。例えば石川県では2015年以降の分離株はすべてGwであり, それらは1例を除いて1つの系統に集約された(本号4ページ参照)。一方, 沖縄県では, Geの検出率(73%)がGw(25%)より高く, その分布域も, Geが沖縄本島と八重山地区であったのに対し, Gwのほとんどは宮古地区に限られ, それぞれの分布域が異なっていた(本号3ページ参照)。ちなみに, 沖縄本島のGeと全く同じ配列が, 徳之島で2016年に検出されており, 徳之島の流行が沖縄県に由来することが示唆された(本号7ページ参照)。似た現象は新潟県でも観察され, 同じGwでありながら佐渡島で分離されたウイルスと本州側で分離されたウイルスとでは異なる系統に属していた。このように, 全体的に流行域によって系統が異なり, 地域ごとのクラスターを形成する傾向が認められた。このような地域差が生じる要因は, 地域内で閉塞した流行が継続しているためと考えられ, その背景にはムンプスの感染力が麻疹ほど高くないために, 島などの地理的要因によるヒトの移動の制約, 伝播効率に関わる人口密度などの要因が影響しやすいためと思われる。対照的に, 大阪府の2016年の流行ではGeの他, Gwで少なくとも5つの異なる系統が検出され, それらの地理的分布に明確な特徴は認められない(本号5ページ参照)。これは, 大阪府のような人口密集地ではウイルスの伝播効率が高く, ヒトの移動も激しいことから, 様々な系統のウイルスが同時並行して流行しやすいことを示唆している。

今回の解析では, これまで国内で分離例の無い系統のウイルスも検出されている。2015年に沖縄県八重山地区で分離された遺伝子型Gの1例は, これまで国内で報告の無かった系統(Ghkと命名)であった(本号3ページ参照)。最も近縁の配列は2014年の香港分離株のもので, その起源は欧州と考えられる。近年, 八重山地域では香港からの観光客が急増していることから, 香港からの輸入感染例の可能性が高い。2016年に入って100%同じ配列を持つ株が北九州市でも1例検出されており, この系統がすでに国内に定着しているか注目される。また, 2016年愛知県では中国本土からの輸入感染例とおぼしき遺伝子型Fが検出されている。Fの国内検出例はこれまでも報告があるが3,4), 我々のネットワークでは初の検出例である。

 

参考文献
  1. WHO, WER 87: 217-224, 2012
  2. 木所 稔ら, IASR 34: 224-225, 2013
  3. Akiyoshi K, et al., Jpn J Infect Dis 67: 323-326, 2014
  4. Aoki Y, et al., Infect Dis(Lond)48: 524-529, 2016

国立感染症研究所ウイルス第三部
 木所 稔 村野けい子 加藤大志 久保田 耐 竹田 誠
石川県保健環境センター 成相絵里 児玉洋江
沖縄県衛生環境研究所 久場由真仁
大阪府立公衆衛生研究所 中田恵子
茨城県衛生研究所 後藤慶子 小森はるみ
千葉県衛生研究所 小倉 惇
熊本県保健環境科学研究所 吉岡健太 清田直子
山口県環境保健センター 戸田昌一 國吉香織
北九州市環境局環境科学研究所 村田達海 坂田和歌子
新潟県保健環境科学研究所 広川智香 田村 務 渡部 香
千葉市環境保健研究所 横井 一 坂本美砂子
静岡市環境保健研究所 柴原乃奈 浅沼理子
神奈川県衛生研究所 佐野貴子
佐賀県衛生薬業センター 安藤克幸
広島市衛生研究所 山本美和子
滋賀県衛生科学センター 杉木佑輔
愛知県衛生研究所 皆川洋子 伊藤 雅 安井善宏
秋田県健康環境センター 柴田ちひろ 斎藤博之
仙台市衛生研究所 渡辺ユウ
アワセ第一医院 浜端宏英
水島中央病院 名木田 章
那覇市立病院 石橋孝勇
国立病院機構三重病院 庵原俊昭

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