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2010~2011年の流行性耳下腺炎の流行前後における抗体保有状況の変化

(IASR Vol. 37 p.199-201: 2016年10月号)

背景・目的

流行性耳下腺炎(おたふくかぜ, 以下, ムンプス)は, 発熱, 耳下腺腫脹・疼痛を主症状とするムンプスウイルスによる感染症である。様々な合併症があり, 不可逆性の感音性難聴(発生頻度:0.1~1%), 無菌性髄膜炎(1~10%), 脳炎(0.02~0.3%), 精巣炎, 卵巣炎, 心筋炎, 膵炎などが挙げられる1)。また, 小児期以降に罹患した場合, 重症となることが多い。

感染症発生動向調査による全国約3,000カ所の小児科定点医療機関からの患者報告数をみると, 4~5年ごとに大きな流行がみられ, 近年では2010~2011年に大きな流行があった。直近では2015年後半~2016年にかけて患者報告数が増加傾向で, 流行のさらなる拡大が懸念されている。

おたふくかぜワクチンは1981年に任意接種として導入されたが接種率は低く, 様々な調査報告から近年徐々に接種率が増加していることが推察されるが, 流行を防ぐまでの十分な集団免疫率までに至っていない。

現在, 定期接種対象疾患に対する抗体保有状況は予防接種法に基づく感染症流行予測調査によって調査されているが, 対象疾患にムンプスは含まれておらず, 今回国内のムンプス抗体保有状況を明らかにするとともに, 流行前後の変化を検討することを目的として調査を行った。

方 法

ムンプスの大きな流行がみられた2010~2011年の前後にあたる2007~2008年および2012~2013年の2期間の10年齢群(0歳, 1-4歳, 5-9歳, 10-14歳, 15-19歳, 20-29歳, 30-39歳, 40-49歳, 50-59歳, 60歳以上)から各50検体, 計1,000検体を対象に血清中の抗ムンプスIgG抗体価を測定した。血清は国内血清銀行(全国の幅広い年齢層から採取された約40年間分の血清を保管)から分与を受けたものを使用した。

抗ムンプスIgG抗体価の測定は市販のEIAキットを用い, 判定は添付文書に従って, EIA価2.0未満を抗体陰性, 2.0以上4.0未満を判定保留, 4.0以上を抗体陽性とした。

結 果

対象期間の2007~2008年(流行前), 2012~2013年(流行後)の2期間の年齢群別抗体保有状況をに示した。0歳群は0-5か月(流行前10検体, 流行後15検体), 6-11か月(流行前38検体, 流行後35検体)に分けて図示した(流行前の2検体は月齢不明)。

両期間ともに, 抗体陽性者の割合は6-11か月群で最も低く, それぞれ流行前3%, 流行後0%であった。抗体陽性率は小児では年齢が上がるにつれて増加し, 10-14歳群で約70%(流行前66%, 流行後72%)となった。以降成人層の抗体陽性率は概ね50~70%の範囲であった。

調査対象とした2期間は5年間の間隔があり, 流行前(2007~2008年)の0-4歳群, 5-9歳群, 10-14歳群は, それぞれ流行後(2012~2013年)の5-9歳群, 10- 14歳群, 15-19歳群に相当する。これらの年齢群の抗体陽性率を流行前後で比較すると, 流行前0-4歳/流行後5-9歳群は44ポイント(14%→58%), 流行前5- 9歳/流行後10-14歳群は22ポイント(50%→72%)上昇した。流行前10-14歳/流行後15-19歳群においては変化がみられなかった。

考 察

本調査で用いた血清は提供者の予防接種歴情報がないため, ワクチン由来の抗体獲得者の割合は不明であるが, 10代の抗体保有率は約70%に上った。おたふくかぜワクチンは, 日本小児科学会から2回接種(標準的な接種時期:1歳, 5-6歳)が推奨されており, 近年では接種率が1歳で24%, 2-3歳で約40%との報告(2015年度感染症流行予測調査, 本号14ページ2)や1歳前半で32.2%, 1歳後半で43.6%, 2歳で47.1%(2015年)とのウェブ調査報告3)もある。また, おたふくかぜワクチンの生産実績も2007~2008年の約50~60万接種分/年から2012~2013年には約100~120万接種分/年と増加してきており4), 被接種者が徐々に増加傾向であることが示唆されている。しかし, 本検討において小児期の抗体保有率は流行後の5-9歳群(58%)と10-14歳群(72%)で推定される接種率を上回り, 自然罹患による抗体獲得者が一定数含まれることが示唆された。一方で, 感受性者と考えられる抗体陰性者および判定保留者は成人層も含めていずれの年代にもおよそ30%以上存在した。

ムンプスは様々な合併症が比較的高頻度に生じることが知られており, 合併症を含めた疾病負荷の面からも, 罹患者の減少が強く望まれる。おたふくかぜワクチンの副反応として無菌性髄膜炎が知られているが, その頻度は星野株で10,000人に1人5), 鳥居株では12,000人に1人と6), 自然感染(1~10%)に比べてはるかに低いことが報告されている。

ムンプスの感染力を示す基本再生産数は報告によって 4~77), あるいは11~141)とされ, これに基づくと, ムンプス流行を防ぐための集団免疫率は75~86%, 91~93%と計算されるが, 現状はまだこれに満たない。ワクチンで予防可能な疾患として個人予防と集団免疫の両面から, 小児期の標準的接種年齢とされる1歳, 5-6歳以外の小児, 成人においてもおたふくかぜワクチンによる早期の積極的な予防が重要であると考えられた。

 

参考文献
  1. 国立感染症研究所, おたふくかぜワクチンに関するファクトシート(平成22年7月7日版)
    http://www.mhlw.go.jp/stf2/shingi2/2r9852000000bx23-att/2r9852000000bybc.pdf
  2. 国立感染症研究所感染症疫学センター, 感染症流行予測調査 予防接種状況
    http://www.niid.go.jp/niid/ja/y-graphs/6652-mumps-yosoku-vaccine2015.html
  3. 株式会社リクルートライフスタイル 「赤すぐ総研」, 調査協力・多屋馨子, 乳児と母親の予防接種に関する実態調査(2015) http://akasugu.fcart.jp/souken/survey/pdf/akasugu_souken_20150929.pdf
  4. 参考資料 1)ワクチン類の生産実績, ワクチンの基礎 2015, 東京, 一般社団法人ワクチン産業協会, 2015, 54-63
  5. Nakayama T, Onoda K, Vaccine 25: 570-576, 2007
  6. 予防接種部会 ワクチン評価に関する小委員会 おたふくかぜワクチン作業チーム, おたふくかぜワクチン作業チーム報告書
    http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000014wdd-att/2r98520000016rqu.pdf
  7. Fine PE, et al., Community immunity, In Plotkin S, et al.,(eds), Vaccine, 6th ed, Elsevier, Philadelphia, 2013: 1395-1412

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