印刷
IASR-logo

血清抗赤痢アメーバ抗体検査:潜伏性赤痢アメーバ持続感染者スクリーニングとしての可能性

(IASR Vol. 37 p.248-249: 2016年12月号)

背景:血清抗赤痢アメーバ抗体検査

血清抗赤痢アメーバ抗体検査は,侵襲性アメーバ赤痢(腸炎,肝膿瘍,虫垂炎など)疑い症例に対する診断ツールとして,保険認可されている検査である。本邦では,IFA法(間接蛍光抗体法)が,普及している。この方法では,患者血清を50倍~3,200倍程度に希釈した検体を,Entamoeba histolyticaが固定されたスライドグラスに滴下し反応させたのちに,2次抗体(蛍光標識された抗ヒトグロブリン抗体)で処理し,蛍光顕微鏡を用いて判定を行う。100倍希釈以上で反応が認められた場合に,血清抗赤痢アメーバ抗体陽性と判定される。また,陽性反応を示す最大希釈倍率により,抗体価を半定量的に知ることができる。この検査は,赤痢アメーバ感染に対する宿主反応を見るため,感染成立から間もない時期には偽陰性を示すことがあるものの,回復期での診断感度は90%以上を示す1)。侵襲性赤痢アメーバ症の診断における血清抗赤痢アメーバ抗体検査の有用性の詳しい解説は,成書に譲ることとし,本稿では,疫学指標としての有用性,無症候性血清抗体陽性の臨床的意義などについて,詳しく解説する。

 疫学指標としての血清抗体陽性率:HIV感染者と赤痢アメーバ症感染リスク

血清抗赤痢アメーバ抗体は,疫学研究の指標としても,用いられることが多い。つまり,特定の集団で抗赤痢アメーバ抗体の陽性率をみることで,赤痢アメーバ症の流行状況を示す疫学指標を得ることができる。 2006~2012年に国立国際医療研究センター病院エイズ治療研究開発センターを受診した初診HIV感染者(アメーバ赤痢の診断目的に抗アメーバ抗体検査を行った症例は除外)1,303名を対象に,抗赤痢アメーバ抗体陽性率をみた解析では,初診HIV患者の21.3%が抗赤痢アメーバ抗体陽性であった2)。この抗体陽性率の高さは,南アフリカの都市住民やエジプトの農村住民と比肩するレベルである3)

無症候性血清抗体陽性の臨床的意義と病態:潜伏性赤痢アメーバ持続感染

非常に興味深いことに,上記疫学研究では,抗赤痢アメーバ抗体陽性者のうち,赤痢アメーバ症の治療歴を有する患者は3割に留まっていた。つまり,7割の患者では,「アメーバ赤痢による症状を呈さず,アメーバ赤痢の既往歴もない」ことが分かった。また,このような無症候性血清抗体陽性者のうち,約2割は1年以内に侵襲性アメーバ赤痢を発症することも,同じ研究で明らかになっている。さらに,別の研究では,無症候性血清抗体陽性者では,高頻度 (約4割) に大腸カメラで診断され得る赤痢アメーバ性潰瘍(潜伏性赤痢アメーバ持続感染)を認めることが明らかになった。同研究からは,潜伏性アメーバ持続感染がHIV感染者の約10%にみられること,潜伏性赤痢アメーバ持続感染者の9割は,血清抗アメーバ抗体陽性であることも分かっている4)

以上をまとめると,無症状かつ血清赤痢アメーバ抗体陽性の場合には,大腸カメラで指摘できるレベルの病変,つまり潜伏性赤痢アメーバ持続感染が起こっている可能性が高いこと,そのような患者では将来的に侵襲性アメーバ赤痢を発症する可能性が高いことが示されたわけである。

潜伏性赤痢アメーバ持続感染者のインパクト:日本の公衆衛生対策を考える

また,潜伏性赤痢アメーバ持続感染のインパクトは,感染者自身の侵襲性アメーバ赤痢発症リスクに留まらない。無症候性持続感染者は,赤痢アメーバ病原体を体内で増殖させるリザーバーの役割を果たし,数カ月~数年にわたって,糞便中に病原体(シスト)を排出し続けることで,新たな宿主への主要感染源となる。本号3ぺージでも触れられている通り,内視鏡的に偶発的に見つかるアメーバ赤痢診断例が増えていること5),ここ数年の抗体陽性率がnon-HIVや女性でも上昇傾向にあること6)などが分かっており,上述の研究成果と併せると,アメーバ赤痢の年次報告数が増加し続ける現状の背景には,潜伏性赤痢アメーバ持続感染者の増加があることが分かる。今後,(無症状なために病院を受診することの無い) 潜伏性赤痢アメーバ持続感染者をターゲットにした感染対策を行わない限り,増え続けるアメーバ赤痢の流行を阻止することはできないのである。

には,これまでに集積されているエビデンスを基に筆者が独自に作成した「潜伏性赤痢アメーバ感染者を発見・治療するための考え方」を提示してみた。無論,「 予算に関すること」など,全く勘案されていないため,筆者自身の考察として見て頂きたいのだが,この図を用いて,今後,我々が目指す方向性を考えたい。

現在,保健所等で行われている性感染症のスクリーニング検査は,HIV・梅毒・クラミジアなど血清を用いた検査が主流であり,同じく血清を用いて実施可能,かつ感度の高い抗赤痢アメーバ抗体検査は,現状に合った検査法であると考えられる。一方で,判定には蛍光顕微鏡など特別な設備を要するため,HIV等で導入されている迅速検査には対応できない。スクリーニング検査で陽性となった被験者に対しては,紹介病院で,2次スクリーニング(腸管病変を有するか否かの判別:原虫顕微鏡検査と便潜血検査)を実施する。原虫顕微鏡検査は,赤痢アメーバ感染への診断特異度は高いが,感度が低い。一方の便潜血検査は,潜伏性赤痢アメーバ持続感染に対する診断特異度は低いが,感度は原虫顕微鏡検査と比較して高い4,7)。これらの糞便検査のうち,いずれか一方が陽性の場合には,下部消化管内視鏡検査を行い,最終的な診断を確定させる。今後は,確定診断に用いられる下部消化管内視鏡検査により得られた臨床検体からの病原体診断の精度を上げていくこと,発見された潜伏性赤痢アメーバ持続感染者への最適な治療方針を検討していくことなど,残された課題を克服していきたいと考えている。

結 語

これまでのアメーバ赤痢は,有症状患者のみを診断・治療する「病院で扱われる感染症」であった。しかし,最近の研究成果から明らかになってきた「国内での赤痢アメーバ症年次報告数増多の背景には,無症候性赤痢アメーバ持続感染者の増加がある」 という事実は,「無症状のポピュレーションを対象にしたスクリーニング検査を導入し,積極的な症例の拾い上げをしない限り,流行を食い止めることはできない」という警鐘を鳴らしている。早急な公衆衛生対策の構築が求められている。

 

参考文献
  1. Bope ET and Hellerman RD,Conn’s Current Therapy 2017(69th edition),2017,Saunders: Philadelphia,p77-79
  2. Watanabe K,et al.,J Infect Dis 2014; 209(11): 1801-1807
  3. Stauffer W,et al.,Arch Med Res 2006; 37(2): 266-269
  4. Watanabe K,et al.,Am J Trop Med Hyg 2014; 91(4): 816-820
  5. Ishikane M,et al.,Am J Trop Med Hyg 2016; 94(5): 1008-1014
  6. Yanagawa Y,et al.,Am J Trop Med Hyg 2016; 95(3): 604-609
  7. Okamoto M,et al.,Am J Trop Med Hyg 2005; 73(5): 934-935

国立国際医療研究センター病院
 エイズ治療・研究開発センター 渡辺恒二

 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan