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人獣共通感染症としてのアメーバ症

(IASR Vol. 37 p.249-250: 2016年12月号)

鏡検による腸管寄生アメーバの鑑別は,主に嚢子の直径と核数に基づいて行われる。4核嚢子の赤痢アメーバ (Entamoeba histolytica)は,ヒト以外の霊長類(サル類)やブタ,イヌなどにも感染すると考えられており,有症例の報告もある。しかし,同サイズの4核嚢子でも複数の近縁種が存在し,赤痢アメーバの未熟嚢子との鑑別を要する1核嚢子のアメーバ種もある()。最近,DNAレベルの解析によって明らかになった点を踏まえ,人獣共通感染症としてのアメーバ症について述べる。

 サル類に自然感染している4核嚢子アメーバの多くは,赤痢アメーバとは別種であることが判明した。病原性のないEntamoeba disparによる感染は,国内外で多数確認されている。これに対し,環境中からも検出され,非病原性とされるEntamoeba moshkovskiiは,開発途上国ではヒトへの感染が多数報告されているが,サル類の感染は確認されていない。また,当初は赤痢アメーバと考えられたが,18S rRNA遺伝子の配列が異なることが判明したアメーバもある。筆者らはこのアメーバに対してEntamoeba nuttalliという学名の復活を提唱し,受け入れられている1)。この種を実験的にハムスターの肝臓に接種すると膿瘍が形成され,病原性のあることが確認された。これまでの調査において,E. nuttalliは,海外に生息する野生のアカゲザル,カニクイザル,トクモンキー,チベットモンキーなどから,また,国内の野生ニホンザル,飼育ニホンザルからも検出されている。しかし,これらのサルはほとんど無症状であり,マカク属においては,宿主寄生体関係がcommensalな状態にまで適応していると考えられる2)

一方で,国内の動物園で飼育されているブラッザグエノン,アビシニアコロブス,ジェフロイクモザル,シロガオサキからも,E. nuttalliが検出されている3)。特に,アビシニアコロブス,ジェフロイクモザルでは肝膿瘍による死亡例が観察された。従って,このアメーバ種が動物園などでマカク属から他属のサル類に感染した場合,重症化しやすい可能性も考えられる。

わが国では,人の生活域へのニホンザルの出現が問題になっており,また,野猿公園として営業されている施設もあるため,このアメーバ種が人獣共通感染症の原因となるのかどうかを明らかにすることは重要である。筆者らがネパールやタイにおいて,E. nuttalli感染マカクが生息する地域の住民について実施した調査では,これまでE. nuttalliの感染は確認されていない。また,国内でニホンザルにE. nuttalli感染が認められた飼育施設において,飼育担当者について実施した糞便検査においても,E. nuttalliは検出されなかった。一方,欧州の動物園でサル類飼育担当者について実施された調査では,41名中1名の糞便から,PCRによってE. nuttalliが検出されている4)。血清抗体の有無なども含めて詳細は不明であるが,症状はなく,一過性の偶発的な感染であったと考えられる。E. nuttalliのヒトへの感染の可能性は否定できないものの,人獣共通感染症の病原体として位置づけるには,さらなる調査や検証が必要である。

DNAレベルでの鑑別の結果,サル類で赤痢アメーバ感染が確認された例もある。フィリピン国内で捕獲されたカニクイザルを実験動物として輸出するための飼育施設では,糞便のPCR検査では24%が赤痢アメーバ陽性であり,血清検査では27%が抗赤痢アメーバ抗体陽性であった5)。実験用に中国から輸入されたカニクイザルからE. nuttalliが検出された例もあり6),実験用動物における検査や検疫は重要である。

最近,パキスタンで実施された600匹のイヌの糞便検査によると,4核アメーバ嚢子陽性が16%,赤痢アメーバ特異抗原陽性は11%であった7)。また,スペインの公園で採取されたイヌと推定される糞便の2.5%が,赤痢アメーバ特異抗原陽性であった。しかし,近縁種との鑑別に基づいて,わが国で赤痢アメーバがイヌから検出された例はない。

ブタに関しては,中国などで赤痢アメーバ感染例の報告があるが,国内では確認されていない。一方で,ブタに寄生する1核嚢子のEntamoeba poleckiはヒトにも感染することが知られている。最近,マカク類に寄生するEntamoeba chattoniも含めて,E. poleckiのサブタイプ(ST)1~4に分類することが提唱されている。4つのサブタイプすべてでヒト寄生例が報告されているが,病原性はないと考えられている。しかし,国内でブタへの病原性が示唆される報告もあり8),今後,さらに詳細な検討が必要である。

 

参考文献
  1. Tachibana H,et al.,Mol Biochem Parasitol 153: 107-114,2007
  2. Tachibana H,et al.,J Eukaryot Microbiol 63: 171-180,2016
  3. Suzuki J,et al.,J Zoo Wildl Med 38: 471-474,2007
  4. Levecke B,et al.,Emerg Infect Dis 21: 1871-1872,2015
  5. Rivera WL,et al.,Primates 51: 69-74,2010
  6. Takano J,et al.,Parasitol Res 101: 539-546,2007
  7. Alam MA,et al.,Vet Parasitol 207: 216-219,2015
  8. Matsubayashi M,et al.,Infect Genet Evol 36: 8-14,2015

東海大学医学部基礎医学系生体防御学 橘 裕司
慶應義塾大学医学部感染症学教室 小林正規

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