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ノロウイルスの流行と集団免疫

(IASR Vol. 38 p.10-11: 2017年1月号)

ノロウイルス(NoV)に対するヒトの防御免疫は, 持続期間や多様な遺伝子型に対する交差反応性など, 解明されていない点が多い。個体レベルで感染防御免疫を最も直接的に研究した例として, ボランティアに対するノロウイルス曝露実験がある。その結果, 免疫の持続期間は同一のウイルスに対して6カ月~2年程度と考えられている。一方で, 数理モデルに基づく計算ではそれよりも長い期間が推定されている1)。我々は地域の疫学研究を通じて集団免疫がノロウイルス流行にどのように関与するかについて, 新しい知見を得た2)。本稿では, NoVに対する集団免疫に関し, 我々の知見を中心に概説する。

 我々は大阪府において2002年以降長期にわたり, 感染性胃腸炎の系統的な疫学に関する研究を実施している。これには3つの柱がある。「感染症発生動向調査」に基づいて主に小児科の病原体定点病院で散発性胃腸炎と診断された症例, 「社会福祉施設等における感染症等発生時に係る報告について」(平成17年2月22日健発第0222002号 薬食発第0222001号 雇児発第0222001号 社援発第0222002号 老発第0222001号)に基づき保健所に届け出された社会福祉施設等における10人以上の感染性胃腸炎患者集団発生事例, あるいは「食品衛生法」に基づき保健所に届け出された食中毒(疑い)事例である。2002年4月~2012年3月までに, 上述した調査対象から得られたNoV陽性の症例および事例を年齢によって4群に分類した。A群は年齢0~14歳の散発性胃腸炎症例, B群は0~14歳の集団発生事例, C群は15~64歳の食中毒事例ならびにD群は65歳以上の集団発生事例である。A, CあるいはD群で年度別に検出された主なNoV遺伝子型は全世界で流行している遺伝子型GII.4であった。一方, B群では遺伝子型GII.2, GII.3, GII.4およびGII.6が検出された()。これは, この群では幼少期の集団生活の場で多様な遺伝子型のNoVに感染していたことを意味する。また, シーズンごとに主要なNoVの遺伝子型が異なり, 同一の遺伝子型が再度主たる流行を形成するまで2~6年を要した。このことは, 保育所や小学校等では, 遺伝子型特異的な集団免疫が次のシーズンに同じ遺伝子型のノロウイルス流行を阻止することができるためと推測される。さらに, B群から得られた発生経過表から年齢別に有症期間を解析すると, これらに有意な逆相関の関係があることが示された (p<0.00001)。これは幼少期に多様な遺伝子型の曝露を受け, 獲得免疫が年齢とともに増強することが推察される。NoVに再感染した際, 異なる遺伝子型であっても過去の感染遺伝子型に対する特異的IgAが速やかに誘導されるという知見からも, 繰り返される感染により過去の免疫が増強されていることが示唆される。

同一施設で繰り返し感染性胃腸炎の集団発生が報告されることも多い。研究期間内, B群では38施設から93事例の届け出があり, 同一施設での再発生数は55回であった。同じ遺伝子型が続けて検出される確率は有意に低く(p=0.00016), さらに再発は異なる遺伝子型が原因で生じることが明らかになった。これもノロウイルスに対して遺伝子型特異的な集団免疫が持続する可能性を示唆している。

さらに, B群の年齢構成を細分化し解析すると, 2歳まではGII.4が主要な検出遺伝子型であることがわかった。乳幼児期は両親からの感染機会が多いため, 成人層に広く流行しているGII.4が主要な遺伝子型となっていると考えられ, D群でもGII.4が主要な検出遺伝子型になる理由は, 乳幼児と同様に高齢者施設へのノロウイルス持ち込みが成人層によるためと推察された。成人層は人口構成比のうえで最も多く, 単シーズンで全員が感染することは考えにくく, さらに, 変異型のGII.4は2~4シーズンおきに現れるため, GII.4の流行が成人層で遷延するのはこれらの要素が重なるためと考えられる。2014/15シーズン以降, GII.17が成人層(食中毒)の主要な遺伝子型となりつつあり, 高齢者施設における集団発生の原因としても検出が増加傾向にある。しかし, 小児においてはあまり検出されていない。これを考慮すると, 成人層での流行は高齢者層へと広がり, その後乳幼児, さらに小児集団へと広まる可能性がある。このように, ノロウイルスの流行と集団免疫に関する様々なユニークな知見を得ることができる点で, 我々の地域の疫学研究は極めて優れている。今後, 培養系の技術が進展するに従い, 集団免疫に関する理解はより深まることが期待される。

 

参考文献
  1. Simmons, 2012
    http://pid.emory.edu/ark:/25593/bt84c
  2. Sakon, et al., J Infect Dis 211(6): 879-888, 2015

大阪府立公衆衛生研究所 左近直美
名古屋国際医療センター 駒野 淳

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