印刷
IASR-logo

長野県木曽郡内での百日咳集団発生事例に関する報告

(IASR Vol. 38 p.26-28: 2017年2月号)

長野県木曽郡において, 2015年11月~2016年10月に百日咳の集団発生事例を経験したので, その概要を報告する。

 端 緒

2016年2月, 郡内A地区およびB地区に居住する4種混合ワクチン(DPT-IPV)未接種の2か月児2例が, 小児科定点医療機関で百日咳と診断された。同年5月末, B地区の小中学校の生徒複数名が遺伝子検査により百日咳と診断され, 郡内での感染拡大が懸念されたため, 長野県木曽保健福祉事務所(木曽保健所)は, 国立感染症研究所(感染研)感染症疫学センターおよび実地疫学専門家養成コース(FETP)の協力を得て対応を開始した。

調 査

医療機関調査:木曽郡内全医療機関において, 共通の症例定義()に基づき, 疑い症例を含む百日咳患者の全数報告および検体採取による強化サーベイランスを実施した。また, 患者発生地域の4医療機関で医師への聞き取りおよびカルテ調査を行うとともに, 各学校において有症者への受診勧奨による積極的症例探索を実施した。

保護者アンケート調査:百日咳の集団発生を認めた小中学校4校において, 児童生徒の咳症状の有無やワクチン接種歴について保護者へのアンケート調査を行った。

結 果

医療機関での聞き取り調査により, 2015年11~12月の時点で, 郡内A地区の中学校において長引く咳を有する生徒数の増加が認められていたことが判明した。今回調査の中で, その時期の有症者の一部に百日咳の確定診断が得られたため, 流行の始期を2015年11月とした。

終息までの症例総数は109例, 症例定義に基づく確定例31例(28%), 可能性例26例(24%), 疑い例52例(48%)であった。症例の9割が小中学生で, 年齢中央値12歳(範囲:0~79歳), 男性49例(45%)であった。発生は, A地区で2015年12月に小流行を認めた後, B地区を中心に2016年4月中旬~6月上旬にピークを迎える流行を認めた(図1)。2015年第45週~2016年第38週までに感染研細菌第二部で臨床分離された百日咳菌12株は, いずれも遺伝子型MT27aに分類された。

小中学校保護者へのアンケート調査(回答数562, 回収率91%)の結果では, 2015年11月上旬~2016年9月上旬の間に咳症状を有した児童生徒は182例と全体の32%であった。類型は確定例20例(11%), 可能性例126例(69%), 疑い例36例(20%)であり, 発症時期は, 2015年12月にA地区小中学校, 2016年4~7月にB地区小中学校で多く, 医療機関調査と同様であった。

3種混合(DPT)ワクチン第1期の4回接種率は回答者全体の93%であり, いずれの学校においても90%を上回っていた。4回接種者のうちワクチン接種日および発症日を特定し得た症例(n=118)の最終ワクチン接種日から発症日までの期間をみたところ, 最終ワクチン接種から4年以降で症例数の増加が認められた(図2)。

対 策

本事例においては, 1)感染拡大防止策(特に妊婦および重症化が懸念される乳児への感染予防策)の実施, 2)発生事例の早期探知を可能にするサーベイランス体制の強化, を目標に, 地域・学校・医療機関等と連携して対策を行った。地域では, 小中学生のワクチン接種状況調査, 新生児全戸訪問や乳幼児健診の際の情報提供, 幼稚園・保育園世帯や出産予定の近い妊婦を対象としたチラシや葉書等での注意喚起, 町内有線放送での町民全体への呼びかけ等が実施された。また学校では, 百日咳が疑われる有症者および欠席者数のモニタリング, 有症者の咳エチケットや早期の医療機関受診の指導, 「保健だより」や学級通信による家庭への情報提供等が実施された。

2016年9月11日発症例以降の新規確定例は認めず, 同年10月23日に本事例の終息宣言を行った。

考察とまとめ

長野県木曽郡において2015年11月~2016年10月に百日咳患者の発生と感染拡大を認めた。症例から検出された菌株はすべて遺伝子レベルで同一であったが, 報告地域の時期的な移動が認められた。

百日咳の重症化が懸念される乳児について, 本事例では全症例のうち乳児・未就学児の占める割合は3%と低く, 6月の対策強化以後の発生は認めなかった。これは, 地域内のワクチン接種率が高く保たれていたと同時に, 地域における感染拡大防止対策が一定の効果を上げたためと考えられた。

一方で, 2012年10月まで行われていた3種混合(DPT)ワクチンの最終接種後4年以降で症例数の増加を認めた点は, ワクチンの免疫持続期間および時間経過に伴う効果減弱についての過去の報告と合致した1,2)

本事例では, 流行探知の難しさが課題となった。これは, 発症初期には急性上気道炎等との鑑別が難しいといった百日咳の臨床特性に加え, 全数把握対象疾患でなく小児科定点把握対象疾患であることも理由として考えられた。流行探知以降は, 地域, 学校, 医療機関等が連携して感染拡大防止対策を行うことで終息宣言が可能となったことから, 今後も百日咳についての情報の普及啓発が重要であると考えられた。

謝 辞:本事例の調査ならびに対策を実施するにあたり多大なご協力を頂いた, 感染研細菌第二部第5室(蒲地一成室長他), 長野県木曽医師会および郡内医療機関, 木曽郡各町村, 木曽郡町村教育委員会, 長野県関係者の皆様に深く感謝申し上げます。

 

参考文献
  1. 国立感染症研究所, 百日せきワクチンに関するファクトシート 平成22年7月7日版, 2010
  2. 平成25年度(2013年度)感染症流行予測調査報告書 第7百日咳
    http://www.niid.go.jp/niid/images/epi/yosoku/AnnReport/2013-07.pdf

長野県木曽保健福祉事務所(木曽保健所) 西垣明子 反目洋一 町田幸一 北平志江
国立感染症研究所
実地疫学専門家養成コース(FETP) 錦 信吾 金井瑞恵
同 感染症疫学センター 神谷 元 砂川富正 松井珠乃 大石和徳

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan