印刷
IASR-logo

わが国における旋毛虫症

(IASR Vol. 38 p.77-78: 2017年4月号)

旋毛虫症は旋毛虫属の線虫Trichinella spp.が引き起こす食品媒介蠕虫症である。本属は従来, 旋毛虫T. spiralisの1属1種とされてきたが, 現在はT. spiralisのほかに, T. nativaなど種名をもつ8種とTrichinella T6など種名未決定の3種が加わり, 計12種に分類される(表1)。わが国にはこのうちT. nativaTrichinella T9の2種が分布する。

昨年(2016年)12月, 茨城県において本属線虫による集団感染事例が発生した。当該事例は, 水戸市内の飲食店で提供されたクマ肉の喫食者が発疹や発熱等の症状を呈し, 医療機関を受診したことに端を発して発見された。原因となったヒグマは北海道で捕獲されたもので, 分割・冷凍保管されていた肉を人工消化して検査したところ, スティコソーム構造を持つ線虫の幼虫が回収され, 遺伝子検査によりTrichinella T9と同定した。本事例は, クマ肉を原因とする国内発生事例としては35年ぶりと報道され, わが国における希少性に注目が集まったが, 旋毛虫症自体は世界中で年間10,000名の患者が発生すると推定され, 非常に重要な食品媒介蠕虫症の一つとみなされている1,2)

旋毛虫のヒトへの感染源として最も主要な動物は家畜のブタとされるが, ヨーロッパでは馬肉を介した感染事例も発生している。イタリアおよびフランスの2カ国では1975~2005年までに15回の集団感染事例が発生し, 患者数は合計3,000名以上にのぼる3)。旋毛虫の自然界における宿主は哺乳類のみならず, 鳥類から爬虫類まで多岐にわたる動物種が含まれ, 分布も南極大陸を除く世界各地に広がっている(表1)。そのため, 本症の発生に関わる主な動物種は地域によっても異なり, クマやイノシシなどの狩猟獣が家畜以上に重要な感染源となっている地域もある4)

わが国における旋毛虫症の発生状況を表2に示した。1974年に青森県で発生した第1例以降, 2016年の茨城県で発生した集団感染事例まで, 疑診例を含めて13件が報告されている。国内感染8件中, 集団感染は4件で, いずれもクマの肉が原因食品とされる。豚肉も3件で原因食品と推定されているが, これまで国内生産された食用家畜から旋毛虫が検出された報告はない。輸入豚肉を原因食品と推定した1件を除いて, これらの報告では単に加熱不十分な豚肉の喫食歴が示されたにすぎず, 感染源としてのブタの役割に関する詳細は不明である。

旋毛虫症の臨床症状は発熱, 末梢血中の好酸球増加, 発疹, 筋肉痛, 眼瞼浮腫などとされる。診断にあたっては免疫学的診断に加え, 患者の筋生検材料あるいは食品残品からの虫体検出が試みられ, 喫食歴と組み合わせて本症と確定するが, 筋生検による幼虫の証明は難しい。駆虫にはアルベンダゾールやメベンダゾールが選択され, ステロイド系抗炎症薬も併用される。

旋毛虫症の予防は十分な加熱調理に尽きる。近年, わが国では捕獲個体の利活用が促進されているシカやイノシシに加え, ジビエブームによって種々の狩猟獣の肉が食用に流通している。今のところ国内の野生動物で旋毛虫が検出されているのはクマ2種のほか, キツネ(北海道), タヌキ(北海道, 山形県), アライグマ(北海道) で, イノシシやシカの肉からは例がない。しかしヨーロッパではイノシシ肉が旋毛虫症の主要な感染源の一つであること2), また北米ではシカ肉が原因と推定される感染事例が報告されていること5)を踏まえ, クマ肉と同様に, イノシシやシカの肉にも注意を払う必要がある。

  

参考文献
  1. CDC, 2012, https://www.cdc.gov/parasites/trichinellosis/ (2017/3/7閲覧)
  2. FAO/WHO, 2014
  3. Pozio E, Vet Parasitol 213: 46-55, 2015
  4. Gottstein B, et al., Clin Microbiol Rev 22: 126-145, 2009
  5. Wilson NO, et al., MMWR Surveill Summ 64(No. SS-1): 1-8, 2015

 

国立感染症研究所寄生動物部第二室
 森嶋康之 山﨑 浩 杉山 広

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan