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輸入感染症としての食品媒介蠕虫症

(IASR Vol. 38 p.80-82: 2017年4月号)

はじめに

回虫や鉤虫といった消化管蠕虫の感染による寄生虫症は, かつて日本では国民病と言われ, 住血吸虫や肝吸虫, 肺吸虫やフィラリアなども, 地域によっては大きな問題となっていた。最近, これらの寄生虫症は, 熱帯を中心に世界的に感染者数が多いものの対策が遅れ, Neglected Tropical Diseasesとして, 世界保健機関(WHO)を中心に国際的対策が進んでいる。しかし, 飲料水や食物から感染する寄生虫は世界的には現在も何十億という感染者がいると推定される1)

輸入感染症としての食品媒介寄生虫症, 旅行医学における同症の位置づけ

生活環の中で様々に姿を変える寄生虫にあって, 人体への感染性を持つ時期は限られ, この点, 他の病原体であるウイルスや細菌とは異なる。経口感染する感染型が食物中や水中に存在する場合, 熱帯の途上国では, 食物や飲料水の感染リスクが高い。

食品媒介の輸入感染症は, 海外で感染したヒトが日本へ入国後に発症する場合と, 病原体を含む動植物(加工品も含む)が輸入されて感染源となる場合に大別できる。さらに消化管寄生の寄生虫によっておこる症状は, 軽い下痢や腹痛にとどまることも多いことから, 海外で感染したヒトが帰国後に国内での感染源となることがある。食品に由来する輸入感染症の増加は, 海外旅行者や海外からの来日者数の増加とともに, 食品流通システムの国際化や食習慣の多様化といったこととも関係している2)。また, 多くの寄生虫症は, 早期に診断されると予後は良いと期待されるが, 現在, 日本国内では, 的確な診断を下せる医療機関が少なくなっている。海外での感染予防や水際での防疫とともに, 国内における診療体制の再構築・改善が課題である3)

感染経路と予防,疫学

食品媒介蠕虫の感染予防に当たっては, 汚染の可能性がある魚や動物の肉を加熱不十分な状態で食べないことが最も大切である。みじん切りやスライスなどの調理が加えられていても, 加熱が不十分な場合には注意が必要である4)。水に関しては, 長期にわたり途上国に滞在する場合, 市販の水濾過器では, ウイルスのような微小な病原体の除去は期待できないが, 寄生虫卵や原虫の嚢子などは除去できる4)

肉や魚には, 様々な寄生虫が寄生しており, それに感染する可能性がある。ただし調理方法や加工方法で, 感染のリスクは大きく異なる。例えば,タイやラオスの山間部では, 蛋白源として重要な魚料理を介してタイ肝吸虫Opisthorchis viverriniに感染することがある3)。香辛料が用いられていても, 調理や保存に使われる量ではヒトに感染性を有するメタセルカリアや寄生虫卵は死滅しない。また, 先進国においても, 自家製ソーセージなどからの旋毛虫感染の報告がある。

野生動物を中心に生活環が維持されている寄生虫がある。日本国内では, 在日外国人が母国と同じ食習慣でサワガニやモクズガニを生食した結果, 肺吸虫に集団感染するという例が報告された5)。肺吸虫の生活環が野生動物を介して維持され, カニにおけるメタセルカリアの汚染も維持されていたことから, このような事例が発生した。寄生虫感染動物の輸入事例では, 1980年代に中国産ドジョウによる顎口虫症の流行があり, 2005年には中国産養殖カンパチが原因のアニサキス症が問題となった。後者については, カンパチを廃棄するなどの適切な対応で, ヒトでの感染を防ぐことができた6,7)。また, 野菜に付着した虫卵の経口摂取で感染する土壌伝播蠕虫については, 輸入キムチによる回虫の国内持ち込みが懸念され, 検疫検査の対象となるに至った8)

症 状

海外からの帰国者が多く受診する施設からの報告では, 帰国後, 問題となる寄生虫症は, マラリアを除くと, やはり消化器系の寄生虫が多い。消化器症状を示す寄生虫をにまとめたが, 鉤虫, 糞線虫, 住血吸虫のように, 経皮的に感染した寄生虫が最終的には消化管に寄生する場合もあるので, 注意が必要である。

国外でよく経験される旅行者下痢症の70%程度は細菌を原因とするが9), ニューキノロン系抗菌薬を投与しても効果がなく, 症状が長引く場合は, 蠕虫を含めた寄生虫による下痢症を考えて精査すべきである。

診断と治療

寄生虫症の診断では, 顕微鏡的検査による形態診断が一般的であり, 蠕虫症であれば虫卵・幼虫を検体中に確認することで確定診断し得る。成虫が検出されて, 肉眼で診断がつくこともある。しかし, 内臓幼虫移行症など虫体が容易に検出されない場合は診断が難しい。日本寄生虫学会では, 寄生虫症の診断・治療の困難例を会員に紹介し, 専門家が回答するコンサルテーションシステムが機能しており, 同学会ホームページの「医療機関向けコンサルテーション」にアクセスすることで, 解決の糸口を得ることができる。

寄生虫症の検査診断には, 他の感染症と同様, 免疫検査や遺伝子検査法が汎用されている。免疫検査は, ヒト体内を移行することで抗体産生が著明な幼虫移行症の診断に有用である。中には商業ベースで依頼できるものもあるが, 特殊な寄生虫を対象とする免疫診断, さらに遺伝子検査については, 大学および研究所に依頼することになる。そのような情報の入手についても, 先に記した学会ホームページは有用である。

最近は, 健診・人間ドックなどで糞便の虫卵検査が実施されなくなり, 寄生虫症が偶然発見されるケースは減少しているとされる。また, 検査件数の減少により, 顕微鏡検査の経験が豊富な員数を確保することが困難になりつつある。臨床症状を自覚してから医療機関を受診する場合は, エキノコックス症のように, 感染後に余りにも長い時間を経ている場合もあり, 教科書的な潜伏期間があてにならない場合もある。また, 一般検査所見では, 好酸球増多症から寄生虫症が疑われる場合も多いが, 末梢血好酸球の増加は, 寄生虫症以外にも, アレルギー・膠原病・腫瘍など, 色々な原因で起こり得る。臨床症状や検査所見に矛盾が生じた場合は, 寄生虫症が好酸球増多の原因であるとこだわり過ぎずに, 他疾患の可能性も考えて精査を進めるべきである。

治療については, 駆虫薬の用量や内服法も含め, 熱帯病治療薬研究班による「寄生虫症薬物治療の手引き」10)に詳しい。この冊子では, 治療法に加えて, 種々の寄生虫症の疫学や症状, 診断が簡潔にまとめられており, ウェブサイトから無料でダウンロードできる。最近では多くの駆虫薬が市販されるようになり, マラリアや赤痢アメーバ症などの原虫症では, 保険適応の拡大や標準化も進んでいる。しかし, 寄生蠕虫症については, 回虫症や鉤虫症の国際的な標準治療薬であるメベンダゾールやアルベンダゾールが, 保険の適応としては鞭虫症やエキノコックス症への使用に限られるなど, 日本国内での保険適応と世界的な駆虫薬の標準使用との間には, まだ大きな隔たりがある。また, 国内で市販されていない一部の国内未承認薬については, 新たな国内承認に向けた研究事業の意義を理解して, 上記の研究班から入手することになる。寄生虫症の診療にあたっては, 日頃臨床ではあまりなじみのない薬剤を使用することに加えて, 一部保険診療の枠を越えねばならないこともあり, 十分な説明とインフォームド・コンセントが必要となる。

  

参考文献
  1. Hotez PJ, et al., New Eng J Med 357: 1018-1027, 2007
  2. Dorny P, et al., Vet Parasitol 163: 196-206, 2009
  3. 大前比呂思, 成人病と生活習慣病 33: 1101-1106, 2003
  4. Jong EC and Sanford C(岩田健太郎,土井朝子監訳), 水の消毒, トラベル・アンド・トロピカル・メディシン・マニュアル, メディカル・サイエンス・インターナショナル(東京): 125-153, 2012
  5. 杉山 広,小島荘明, 肺吸虫, 食中毒予防必携 (渡邉治雄編): 322-324, 日本食品衛生協会 (東京), 2007
  6. 荒木恒治, 別冊医学の歩み: 53-57, 1996
  7. 川中正憲ら, 食品衛生研究 56: 23-34, 2006
  8. 太田伸生ら, 臨床寄生虫誌 17: 67-69, 2006
  9. DuPont HL, Aliment Pharmacol Ther 30: 187-196, 2009
  10. 寄生虫症薬物治療の手引き-2016-, 改訂第9.1版, 日本医療研究開発機構, 新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業, 「わが国における熱帯病・寄生虫症の最適な診断治療体制の構築」
    http://trop-parasit.jp/

 

獨協医科大学特任教授、国立感染症研究所客員研究員
 大前比呂思

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan