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腸管出血性大腸菌感染症における溶血性尿毒症症候群, 2016年

(IASR Vol. 38 p.102-103: 2017年5月号)

溶血性尿毒症症候群(hemolytic uremic syndrome: HUS)は腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症の重篤な合併症の一つである。感染症発生動向調査で2016年に報告されたEHEC感染症のHUS発症例に関してまとめを報告する。

HUS発生状況

感染症発生動向調査に基づくEHEC感染症の報告数(2017年4月12日現在, 以下暫定値)は, 2016年〔診断週が2016年第1~52週(2016年1月4日~2017年1月1日)〕が3,645例(うち有症状者2,246例:62%)で, そのうちHUSの記載があった報告は96例であった。HUS発症例の性別は男性29例, 女性67例で女性が多かった(1:2.3)。年齢は中央値が7歳(範囲:0~91歳)で, 年齢群別では0~4歳が32例(33%)で最も多く, 次いで5~9歳と15~64歳が各22例(23%)の順であった。有症状者に占めるHUS発症例の割合は全体で4.3%, 年齢群別では5~9歳が8.4%で最も高く, 次いで0~4歳が6.7%, 65歳以上が4.3%の順であった()。

EHEC診断方法と分離菌およびO抗原凝集抗体

診断方法は菌の分離が61例(64%)で, 患者血清によるO抗原凝集抗体の検出のみが35例(36%)であった()。

菌が分離された61例の血清群と毒素型は, 血清群別ではO157が全体の84%(51例)を占め, 毒素型ではVT2陽性株(VT2単独またはVT1&2)が90%(55例)を占めた。また, 患者血清のみで診断された35例のうち, O抗原凝集抗体が明らかになった10例の内訳は, O157が9例, O111が1例であった。

感染原因・感染経路

確定または推定として報告されている感染原因・感染経路は, 経口感染が56例(58%), 接触感染が4例(4%), 動物・蚊・昆虫等からの感染が1例(1%), 「記載なし」または「不明」の報告が35例(36%)であった。経口感染と報告された56例中26例に肉類の喫食が記載され, うち生肉(ユッケ, レバー, 牛刺し, 加熱不十分な肉等)の記載は5例(加熱不十分な肉2例, 生レバー1例, 生せんまい1例, ユッケ1例)であった。また, 肉類のうち神奈川県を中心とした広域食中毒に関連した「冷凍メンチカツ」の喫食が5例報告された。この他に, 経口感染としての報告のうち, 東京都の高齢者施設における食中毒に関連した「施設で提供された食事」の喫食が3例報告された。

臨床経過(症状・転帰)

保健所への届出時に報告された臨床症状は, 昨年と同様に腹痛, 血便の出現率がそれぞれ79%, 77%と高く報告されていた。また, 届出時に脳症を合併していた症例は6例(6%)であった。届出時点で報告されていた死亡は3例で, 年齢群の内訳は30代1例, 60代1例, 80代1例であり, HUS発症例全体での致命率は3.1%であった。

考 察

2016年のHUS発症例数は, 過去10年間に報告された平均年間発症例数(96.7例)と同等であった。一方, 有症状者に占めるHUS発症例の割合4.3%は, 2007年の4.2%を上回り過去最高であった。年齢では, 10歳未満の小児で高い割合を示すという傾向は従来通りであったが, 例年と比較して15~64歳の成人における発症例の増加が目立った。

推定(または確定)感染原因・感染経路では, 例年同様「肉類の喫食」が一定数報告されており, うち肉の生食が原因とされたのは5例であった。また, 「冷凍メンチカツ」の喫食による食中毒で5例のHUS発症例が報告された。当該食品は, 家庭等で加熱し喫食する目的で供された「そうざい半製品」であり, 調理時の加熱が不十分であったために感染・発症したものと推測された。EHECの感染予防のためには「生肉(加熱不十分な肉を含む)の喫食」を避けることが重要である。さらに, 過去にはEHECに汚染された野菜や漬物等による食中毒事例が報告されており, 本年も高齢者施設において「きゅうりのゆかり和え」を原因食品とした食中毒が発生した。加熱せずに喫食する食品を介した感染にも引き続き注意を要する。小児を中心として, EHEC感染に伴うHUSの発症は毎年一定の割合で発生しているため, EHECの感染そのものを予防することが重要である。

 

国立感染症研究所感染症疫学センター
 齊藤剛仁 新橋玲子 八幡裕一郎 高橋琢理 砂川富正 大石和徳

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