国立感染症研究所

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地方衛生研究所におけるアデノウイルス検査の意義

(IASR Vol. 38 p.136-138: 2017年7月号)

はじめに

地方衛生研究所(地衛研)の役割は, 衛生行政における科学的・技術的中核機関として高度な検査・研究・情報提供を行い政策決定における科学的な根拠を提供することにある。多くの地方公共団体では, 保健所は検査機能を有しておらず, 地衛研に検査機能が集約されており, 地衛研は感染症や食中毒などの地域における健康危機管理において中心的な役割を果たす機関である。近年, 様々なウイルスによる健康危機事例が頻発しており, 迅速な原因究明と正確な情報提供が求められている。本稿では, 毎年流行する型が変化し, 重篤度, 症状など臨床像が異なるアデノウイルス(Ad)を地衛研で検査する意義について概説したい。

 地衛研におけるアデノウイルス検査

地衛研では, 感染症発生動向調査において病原体サーベイランスを実施している。対象となっている5類定点疾患の中でAdは, 咽頭結膜熱(PCF), 流行性角結膜炎(EKC)や感染性胃腸炎などに関与していることもあるため, 地衛研におけるAdの検査診断は重要な項目の1つである。地衛研におけるAdの検査診断では, ウイルス分離や遺伝子検査法を主体として行っている()。

ウイルス分離では, 主にA549細胞やHEp-2細胞が使用されており, 臨床情報などとあわせて特徴的な細胞変性効果(CPE, 半島状に細胞が残る伸縮型やブドウの房状に凝集する円形型)を観察することによってウイルスを推定している。中でもA549細胞はAdに対する感受性が高いことに加えて細胞の維持や観察が容易であることから, Adの分離には有効であり, 増殖したウイルスを扱い包括的な検査診断が可能であることから非常に意義深い。分離されたウイルスは, 中和試験あるいは遺伝子検査法によって型別を行っている。中和試験は, 地衛研でウイルスを検査・研究する者にとって最も基本的な技術の一つである。中和試験で使用する抗血清には, 交差反応やbreakthroughなどの現象が知られており手技に習熟する必要があるため, 各地衛研で検査技術の維持が求められている。遺伝子検査法では, 国立感染症研究所(感染研)が発行している病原体検出マニュアルを参考に検査を行っており, 各地衛研において目的や検査体制を考慮したPCRおよびシークエンスによりAdの同定や型別を行っている。近年, Adを血清型でなく型とする方向性が示されていることもあり, 全塩基配列の決定により型を決定する取り組みがされている。したがって, Adの型は増加の一途をたどっており, 地衛研における検査では中和試験だけでは対応が困難になっており, 遺伝子検査法を用いて詳細にAdを型別する必要性が高まっている。

群馬県衛生環境研究所では, 検体受領後, ウイルス分離をするためにA549, HEp-2, RD, VeroE6, MDCKの5種類の細胞に検体を接種し, 1週間CPEの観察を行う。1週間後にCPE陰性となった検体は継代培養して, さらにウイルス分離を行い, 最低でも3代目まで継代培養を行っている。分離されたウイルスは中和試験にて同定を行っていたが, 2013(平成25)年度から群馬県衛生環境研究所でも遺伝子検査法も活用して型別を行っている。結果として様々な型のウイルスが同定されており, 中和試験だけでは同定困難な株が増えてきている()。さらに, 53型や54型が多くなってきているだけではなく, 型別が困難であるウイルスも見つかっているため, 詳細な検査による型別も求められている。Ad検査診断法の詳細については病原体診断マニュアル(地方衛生研究所全国協議会・国立感染症研究所編)あるいは成書や既報等を参照されたい。

アデノウイルスの動向と検査の重要性

近年, D種のAdである22型の近縁として53型および54型が新しい血清型として報告された1-2)。2015, 2016年にはEKCでは主に54型が多く検出されているため, 新しい型のウイルスが流行していることが明らかとなりつつある(http://www.niid.go.jp/niid/images/iasr/arc/gv/2016/data2016.41j.pdf)。また, PCFでは3型や2型が多く検出されていた(http://www.niid.go.jp/niid/images/iasr/arc/gv/2016/data2016.40j.pdf)。このように, Adは種および血清型によって引き起こす疾患の種類と重篤度が異なることが知られているため, 流行状況を正確に把握することが重要である。また, A549細胞を使用しなかった場合, 54型はウイルス分離に時間がかかることや, 新しい型が増えている現状もあるため地衛研での検査診断は容易ではなくなっている。さらに, 2012~2013年において東南アジア・東アジアでAd7による重症呼吸器感染症が流行した報告や3), 55型が重症肺炎に関与していた報告4)もあるため, 海外から新たなAdが侵入することに対応できる検査体制を維持することが重要である。

地衛研におけるウイルス検査の現状

2010(平成22)年2月の地衛研業務アンケート結果では, 2003~2008(平成15~20)年の5年間で著しい機能低下を起こしていることが明らかとなっている。実際, 高度化, 多様化する検査を経験年数の少ない職員が担当することが多くなってきているため, Ad検査でも技術や経験を必要とするウイルス分離を行わない地衛研が出てきている。ウイルス分離は, ウイルスの性状変化などを知る上で必須の技術である。さらに, 型別が困難であるAdは検体から直接遺伝子検査を行った場合にはいくつかの反応系で陰性となる危険性もあるため, ウイルスを分離して株を保存する重要性を再確認すべきである。現在, 感染研感染症疫学センター第四室ではAd分離を支援すべく, 細胞の分与なども行っているので, ウイルスを分離する意味について見直す必要がある。また, 地衛研の法律上の枠組みが十分でないこともあるため, 検査業務に係る予算・定員の削減, 熟練技術者の減少や検査技術の高度化に技術者の技能習得が追いつかないこと等により, 健康危機事例において地方公共団体が適確な検査ができるかどうかが懸念される。今後, 新型や海外から輸入されるAdに対応するためにも地衛研における検査機能の維持・強化が求められている。

 

引用文献
  1. Walsh MP, et al., PLoS One 4(6): e5635, 2009
  2. Kaneko H, et al., Br J Ophthalmol 95(1): 32-36, 2011
  3. Ng OT, et al., Emerg Infect Dis 21(7): 1192-1196, 2015
  4. Lafolie J, et al., Emerg Infect Dis 22(11): 2012-2014, 2016

 

群馬県衛生環境研究所
 塚越博之 高橋 裕 齋藤麻理子 猿木信裕
国立感染症研究所感染症疫学センター第四室
 藤本嗣人

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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