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2007~2016年に報告された日本脳炎患者検体の解析結果

(IASR Vol. 38 p.158-159: 2017年8月号)

はじめに

わが国においては, 日本脳炎ワクチンの普及や媒介蚊の制御などに伴い1992年以降日本脳炎患者数は毎年10例以下で推移していた。しかしながら2016年に長崎県対馬市での4例を含む11例の日本脳炎患者が報告され, 患者数が10例を超えた。本稿では日本脳炎の実験室診断法の紹介と2007~2016年の10年間の日本脳炎患者から採取された検体について, 国立感染症研究所(感染研)ウイルス第一部第二室で行った検体の解析結果について報告する。

日本脳炎の診断のための検査法

日本脳炎の実験室診断法として, ウイルス遺伝子検出, 抗体検査およびウイルス分離があげられる。抗体検査にはHI(hemagglutination inhibition;赤血球凝集抑制)法, IgM捕捉ELISA法, IgG ELISA法, 中和試験法等がある。日本脳炎はウイルス血症の期間が短く, 脳炎発症時には急性期検体からであってもウイルス遺伝子検出およびウイルス分離は困難である。従って, 抗体検査が実験室診断として有効である。しかしながら抗体検査は, 他のフラビウイルスとの交差反応性を伴うことがあるので注意を要する。そのため, 特異性の高い中和試験法が最も信頼性の高い検査法である。感染研では日本脳炎の実験室診断法としてIgM捕捉ELISA法および中和試験法を整備しており随時検体を受け付けている。

過去10年間の感染研での解析方法

2007~2016年に54例の日本脳炎患者が報告され, そのうち35例から採取された検体の解析を感染研で実施した。IgM捕捉ELISA法は全例に対して実施され, 35例すべての検体で陽性であった。IgG ELISAは2007年および2010, 2011年の10例に対して実施され, いずれの検体でも回復期検体で陽性であった。また, 中和試験は2015年以前に実施されたのは1例だけであったが, 2016年には解析を行った10例全例に対して実施された。2016年の検体解析では, 北京株を用いた中和試験を行い, すべての回復期血清で50%プラーク減少法における中和抗体価が1,000倍以上であった。

なお, 急性期検体に対しては, ウイルス遺伝子の検出を試みたが, 成功したのは2013年の2例のみであった。さらに, 2016年には発症当日の髄液も入手できたため, RT-realtime PCRに加えて, 次世代シークエンサーによる解析を試みたが, ウイルス遺伝子は検出されなかった。

2016年の日本脳炎患者の情報

前述の如く, 2016年には長崎県対馬市での4例を含む11例の日本脳炎患者が報告された。報告されたのは4例が長崎県対馬市, 2例が島根県, その他は1例ずつで, 西から, 岡山県, 和歌山県, 静岡県, 山梨県, 茨城県であった。患者報告地域をに示す。

発症月は全例, 8月, 9月であった。患者の年齢は40代の1人を除いて, 他は65歳以上の高齢者であった。また, 男性が5人, 女性が6人と明らかな男女差は認めなかった。2016年に報告された日本脳炎の患者情報をに示す。

おわりに

過去10年間に報告された日本脳炎患者から採取され, 感染研で解析を行った検体の解析方法および結果について記載した。また, 2016年の日本脳炎患者の情報についても紹介した。日本脳炎においては, 急性期検体からであってもウイルス遺伝子の検出は困難である。そのため, 日本脳炎の診断においては, ウイルス遺伝子を検出する試みを継続するだけでなく, 抗体検査法を整備しておくことが極めて重要である。

謝辞:各都道府県衛生研究所, 保健所, 医療機関の関係者および関係機関に深謝申し上げます。

 

国立感染症研究所ウイルス第一部
 前木孝洋 谷口 怜 田島 茂 加藤文博 中山絵里 西條政幸 林 昌宏
神奈川県衛生研究所 髙崎智彦

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