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動物モデルを用いたエンテロウイルスA71病原性の解析

(IASR Vol. 38 p.202-203: 2017年10月号)

エンテロウイルスA71(EV-A71)は主に5歳以下の乳幼児に感染し, 手足口病を起こす。大規模な手足口病の流行時には稀に急性脳炎, 脊髄炎, 神経原性肺水腫などの重篤な中枢神経合併症を引き起こすことがあり, ヒトの死亡例においてウイルス感染部位は大脳皮質, 視床下部, 中脳, 小脳核, 橋, 延髄, 脊髄の神経細胞である。近年アジア諸国で大規模な流行で多数の死亡例が報告され, 大きな問題となっている1)

EV-A71研究上の解決すべき問題として, このウイルスはどのようなメカニズムで中枢神経系への親和性を示すのか, 重症化する場合はウイルスに変異が生じて特別に毒力が増しているのか, などが挙げられる。また, 中国で承認されたばかりの不活化ワクチンが存在するが, さらに有効で安全性の高いワクチンの開発が求められている。上記の問題解決のためには動物モデルを用いた実験が不可欠である。しかし, EV-A71の宿主域は狭く, 感染可能な動物は少なく問題点も多い()。実験的にカニクイザルなどの旧世界ザルに感染させると, サルは手足口病を起こさないが, ヒトと類似の中枢神経系の感染を起こすことができる2,3)。EV-A71が属するA群エンテロウイルスのウイルスは乳飲みマウスに感染するので, 多くの株では感染すると思われるが, 分離株の中には明らかに感染しないものも存在する。また, 中枢神経系に感染する以外にヒトと異なって骨格筋にも感染がみられる。乳飲みマウスの感受性は通常生後1週間程度しか持続せず, その後は感受性を示さない。つまり, サルモデルは実験が容易ではない欠点があり, 十分な頭数を用いて定量的にウイルス株の病原性を測定することなどには不向きである。乳飲みマウスモデルはヒトにおけるウイルス受容体と異なった分子を利用していると考えられ, 組織特異性が異なる点は病原性解析には不適であり, 感受性が永続しないことによりワクチンの有効性試験を行うことが困難である。マウスモデルはマウスにより馴化したウイルス株を用いること4)や免疫不全のマウスを用いる実験系が工夫された5)が, 感受性を持つ時期が少し延長できた程度で根本的な解決には至らなかった。

我々は, EV-A71のヒトでの感染を司る受容体を同定し, その受容体を発現するトランスジェニック(tg)マウスモデルを作製すれば, よりヒトの病態に近く, 感受性も持続する動物モデルができるのではないかと考えた。我々はEV-A71受容体としてScavenger receptor B2(SCARB2)を同定した6)。SCARB2はウイルスとの結合, 細胞内への侵入, ウイルス粒子の脱殻開始を行うことができ7), 本来感受性を持たないマウス培養細胞に発現させると, 感受性を獲得するようになる。SCARB2以外にもEV-A71と結合することができることからウイルス受容体ではないかと報告されている分子, PSGL-1, Annexin II, DC-SIGN, nucleolin, vimentin, heparan sulfate, sialylated glycanなどが存在する8)。これらの分子はウイルスの脱殻を誘導することができないことからattachment receptorと分類されている。我々はこれらの分子も感染を助け, 病態を変化させる可能性があるが, 種特異性を打破するためにはSCARB2の導入が最も重要であろうと考えて, ヒトSCARB2遺伝子全領域を含むbacterial artificial chromosome(BAC)クローンをトランスジーンとしてマウスに導入した9)。ヒトSCARB2はマウス体内でヒトと同様のパターンで発現し, tgマウスに静脈内接種, 腹腔内接種, 脳内接種などによりウイルスを感染させると中枢神経系で効率よく増殖し, 大脳皮質, 中脳, 小脳核, 橋, 延髄, 脊髄の神経細胞でウイルス抗原が観察された。乳飲みマウスと異なり骨格筋での顕著な病変はなく, 成獣でも感受性は消失しない。Tgマウスは経口感染効率が高くないことがヒトと異なる。

SCARB2tgマウスモデルの開発により, EV-A71株の病原性の強弱を実験的に測定することやワクチンの有効性試験を行うことができるようになりつつある。現在我々は, 多数の臨床分離株を用いて各々の分離株の毒力を測定し, 毒力の高い株と低い株を得ている。これらの株間の比較からEV-A71の毒力決定に関与する塩基あるいはアミノ酸変異などを同定できるようになると考えている。また, ワクチン投与により免疫を誘導したtgマウスは致死的攻撃感染から防御できることを見出しているので, マウスをワクチンの有効性試験に使用することも可能である。SCARB2tgマウスモデルの今後の病原性研究へのさらなる応用が期待される。

 

参考文献
  1. Qiu J, Lancet Neurology 7(10): 868-869, 2008
  2. Nagata N, et al., J Gen Virol 85(Pt 10): 2981-2989, 2004
  3. Nagata N, et al., J Med Virol 67(2): 207-216, 2002
  4. Wang YF, et al., J Virol 78(15): 7916-7924, 2004
  5. Khong WX, et al., J Virol 86(4): 2121-2131, 2012
  6. Yamayoshi S, et al., Nature Medicine 15(7): 798-801, 2009
  7. Yamayoshi S, et al., J Virol 87(6): 3335-3347, 2013
  8. Yamayoshi S, et al., Emerg Microbes & Infect 3(7): e53, 2014
  9. Fujii K, et al., PNAS 110(36): 14753-14758, 2013

 

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