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アジア諸国における手足口病(エンテロウイルスA71)ワクチン開発と導入

(IASR Vol. 38 p.203-204: 2017年10月号)

近年の東アジア地域における多数の死亡例を伴う手足口病重症例の大規模流行を受け, アジア諸国を中心に, 発症あるいは重症化を予防するためのエンテロウイルス(手足口病)ワクチン開発が進められている1)。ペプチド, 各種組換え蛋白質, virus-like particle等, 様々なアプローチにより合成・発現させたエンテロウイルス・カプシド蛋白質を抗原として利用するワクチンが検討されているが, 現在, 臨床開発が進められているエンテロウイルスワクチンの多くは, 培養細胞で増殖したエンテロウイルス粒子をホルマリン処理することにより, ウイルス粒子の抗原性を保ったまま感染性を完全に消失させた不活化ワクチンで, 複数回の接種により血中中和抗体を誘導する。血中中和抗体の効果的な誘導により, ウイルス血症制御を介した発症・重症化予防効果が期待できる。

中国では, 2008年以降, 多くの死亡例を伴う大規模な重症手足口病流行が発生している。2008~2012年の約5年間で, 約720万人の手足口病症例が報告され, そのうち, 82,484例が重症例(重症化率;約1.1%), 死亡例は2,457例(致命率;約0.03%)とされている2)。そのため中国では, 国家的プロジェクトとして, エンテロウイルスA71(EV-A71)ワクチンの開発研究が進められ, ワクチン品質管理体制が整備された3)。第三相臨床試験として, 3施設により開発された不活化EV-A71(遺伝子型C4)ワクチン製剤について, それぞれ, 10,000名以上の乳幼児・小児を対象として, ワクチン製剤, あるいは, プラセボを4週間隔で計2回筋肉注射により接種する, 多施設共同・プラセボ対照・無作為化二重盲検試験が実施された。その結果, いずれの不活化EV-A71ワクチンについても, ワクチン接種群は, 2回目接種後56日に高いEV-A71中和抗体陽転率を示し, 優れた中和抗体誘導能が確認された(4-6)。EV-A71関連手足口病に対する発症予防効果について, ワクチン接種群とプラセボ群で比較したところ, いずれの不活化EV-A71ワクチンも, 90%以上の発症予防効果を示した()。ワクチン接種群とプラセボ群で副反応発生率に有意な差は無かった。第三相臨床試験の結果を受け, 中国食品医薬品検定研究院は, 2015~2016年にかけて, 3施設により開発された不活化EV-A71ワクチンを製造承認し, 世界初の非ポリオエンテロウイルスワクチンとして中国市場に導入された7-8)

台湾は, 1998年に発生した手足口病重症例の大規模流行以来, 手足口病ワクチンを感染症対策上優先度の高いワクチンと位置づけており, ワクチン開発に関連した多くの基礎研究および応用研究の成果が報告されている。台湾国家衛生研究院は, EV-A71株(遺伝子型B4)をホルマリンで不活化した不活化ワクチンの開発を進めており, 第一相臨床試験における安全性と優れた中和抗体誘導効果が報告されている9)

武田薬品工業(旧Inviragen)は, Vero細胞で増殖したEV-A71株(遺伝子型B2)を不活化したEV-A71ワクチンの開発を進めており, 第一相試験が実施されている10)

不活化EV-A71ワクチンにより誘導される中和抗体は血清型特異的であり, コクサッキーA6やコクサッキーA16等, 他の手足口病関連エンテロウイルス感染に対する発症予防効果は期待できない。このため, 中国や台湾等では, より広範な手足口病関連エンテロウイルス感染に対し発症予防効果を有する, 次世代手足口病ワクチンの研究開発が進められている11)。わが国では幸い, 多数の死亡例をともなう重症EV-A71感染症の大規模流行は発生しておらず, 手足口病ワクチンの国内臨床開発は行われていない。しかし, EV-A71感染症重篤化のメカニズムは解明されておらず, わが国でも, 重症エンテロウイルス感染症の大規模流行が発生するリスクは常に存在する。重症エンテロウイルス感染症の流行に備え, 近隣アジア諸国におけるエンテロウイルスワクチン開発・導入状況を, 今後も注視する必要がある。

 

参考文献
  1. 清水博之, IASR 33: 65-66, 2012
  2. Xing W, et al., Lancet Infect Dis 14: 308-318, 2014
  3. Liang Z, et al., Vaccine 29: 9668-9674, 2011
  4. Zhu FC, et al., Lancet 381: 2024-2032, 2013
  5. Zhu F, et al., N Engl J Med 370: 818-828, 2014
  6. Li R, et al., N Engl J Med 370: 829-837, 2014
  7. Li L, et al., Vaccine 33: 1107-1112, 2014
  8. Pallansch MA, et al., Lancet 381: 976-977, 2013
  9. Cheng A, et al., Vaccine 31: 2471-2476, 2013
  10. Hwa SH, et al., PLoS Negl Trop Dis 7: e2538, 2013
  11. Liu CC, et al., Vaccine 32: 6177-6182, 2014

 

国立感染症研究所ウイルス第二部 清水博之

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