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2016/17シーズンのインフルエンザ分離株の解析

(IASR Vol. 38 p.212-218: 2017年11月号)

1. 流行の概要

2016/17インフルエンザシーズンは, 2016年第46週に定点当たりの報告数が1を超え, 流行期に突入した。これは前シーズンより7週早い流行入りであった。国内のインフルエンザウイルスの流行はA(H1N1)pdm09, A(H3N2)およびB型の混合流行であったが, A(H3N2)ウイルスが, 2014/15シーズン以来2シーズンぶりに流行の主流であった。推計患者数は2017年第4週にピークとなり, その後速やかに減少した。B型は第3週から増え始め, 増減はあるものの第16週以降減少した。また第14週以降, B型の報告数はA型の報告数を上回った。

国内の2016/17インフルエンザシーズンの総分離・検出報告数9,567株(A型亜型未同定およびC型は除く)における型/亜型比は, A/H1pdm09が3.5%(332株), A/H3が78.4%(7,496株), B型が18.1%(1,739株)であった。B型はB/山形/16/1988に代表される山形系統とB/Victoria/2/1987に代表されるVictoria系統の混合流行で, その割合は44%と56%でややVictoria系統が多かった。

海外では, 多くの国においてもA(H3N2)が流行の主流であったが, B型の流行も大きかった。熱帯・亜熱帯地域の国(バングラデシュ・ネパール・インド・フィリピンなど)においては, A(H1N1)pdm09の流行が大きかった。海外におけるB型ウイルスは, 国や地域により主流となる系統が様々であったが, 山形系統の流行が主流であった国が多かった。

2. 各亜型・型の流行株の遺伝子および抗原性解析

2016/17シーズンに全国の地方衛生研究所(地衛研)で分離されたウイルス株の型・亜型・系統同定は, 各地衛研において, 国立感染症研究所(感染研)から配布された孵化鶏卵(卵)分離のワクチン株で作製された同定用キット[A/California/7/2009(H1N1)pdm09, A/Hong Kong/4801/2014(H3N2), B/Phuket/3073/ 2013(山形系統), B/Texas/2/2013(Victoria系統)]を用いた赤血球凝集抑制(HI)試験によって行われた。また, 最近のA(H3N2)ウイルスは赤血球凝集活性が著しく弱いために[今冬のインフルエンザについて(2015/16シーズン):10], HI試験が困難な場合はPCR法による亜型同定が行われる場合もあった。感染研では, 感染症サーベイランスシステム(NESID)経由で情報を収集し, 地衛研で分離および型・亜型同定されたウイルス株総数の約10%について分与を受けた。また, 4病院からインフルエンザ迅速診断キット陽性臨床検体の供与を受け, 感染研でウイルス分離を行った。地衛研から分与された株および供与を受けた臨床検体から分離された株について, ヘマグルチニン(HA)およびノイラミニダーゼ(NA)遺伝子の遺伝子系統樹解析およびフェレット感染血清を用いたHI試験あるいは中和試験による詳細な抗原性解析を実施した。

2-1)A(H1N1)pdm09ウイルス

遺伝子系統樹解析:国内および海外(台湾, ラオス, ネパール, モンゴル)で分離された184株について遺伝子解析を実施した。解析した株はすべてHA遺伝子系統樹上のサブクレード6B(アミノ酸置換:K163Q, A256T)に属していた(図1, 系統樹)。サブクレード6B内にはさらにクレード6B.1(S84N, S162N, I216T)と6B.2(V152T, V173I, E491G, D501E)が形成され, 解析株の99.5%はクレード6B.1に属した(図1, 円グラフ)。諸外国においても, 分離されたほとんどのウイルスは, 同様にクレード6B.1に属していた。

抗原性解析:7~8種類のフェレット感染血清を用いて, 国内および海外(台湾, ラオス, モンゴル, ミャンマー)で分離された232株(国内143株, 海外89株)についてHI試験による抗原性解析を行った。その結果, 解析した分離株のほぼすべてが2016/17シーズンワクチン株A/California/7/2009および6B.1の代表株A/Michigan/45/2015に抗原性が類似していた。国内で2株の抗原性変異株が分離されたが, これらの2株のHAタンパク質に共通したアミノ酸置換は認められず, 抗原変異の原因となるアミノ酸置換は同定できなかった。

一方, A/California/7/2009(X-179A)を含むワクチンを接種した人の血清と流行株との反応性を調べたところ, ワクチン株A/California/7/2009に対する反応性と比較して, 最近の流行株への反応性が低下する傾向がみられた。米国疾病管理予防センター(CDC)における解析結果も同様の傾向を示した。これらの結果は, ワクチン株A/California/7/2009に対するフェレット感染血清では, ワクチン株と流行株の抗原性の違いを識別できなかったが, ワクチン接種後の人の血清では, ワクチン株と流行株の抗原性の違いを識別していることを示唆している。

2-2)A(H3N2)ウイルス

遺伝子系統樹解析:本亜型ウイルスのHA遺伝子系統樹解析では, 最近のウイルスはクレード3C.2a, 3C.2a1, 3C.3aの3つの群に分けられる。その中で, A/Hong Kong/4801/2014株に代表されるクレード3C.2a(L3I, N144S, F159Y, K160T, Q311H, D489N)に属するウイルスが国内外ともに過去3シーズンの流行の主流となっており, 2016/17シーズンには解析した487株すべてが3C.2aに属した。クレード3C.2a内にはサブクレード3C.2a1(N171K, I406V, G484E)が形成され, 2016/17シーズンに解析した487株のうち, 289株(59.3%)が3C.2a1に属した(図2, 円グラフ)。クレード/サブクレードの割合に差はあるものの, 海外でも同様に3C.2aおよび3C.2a1株が流行の主流であった。これらのクレード/サブクレードには, アミノ酸置換を伴ういくつかのクラスターが形成されており, 遺伝的多様性がみられた(図2, 系統樹)。

抗原性解析:国内および海外(台湾, ラオス, モンゴル, 韓国)で分離された538株(国内438株, 海外100株)について, 9~11種類のフェレット感染血清を用いて抗原性解析を行った。また, 前シーズンと同様に多くのA(H3N2)分離株は極めて低い赤血球凝集活性しか示さず, HI試験の実施が困難な場合が多かったことから, 本亜型ウイルスについては中和試験法を用いて抗原性解析を実施した。

解析した分離株の5~6割は, 2016/17シーズンワクチン株A/Hong Kong/4801/2014(クレード3C.2a)の細胞分離株と抗原性が類似していた。また, 国内参照株であるA/埼玉/103/2014細胞分離株とは分離株の7割以上が, A/三重/25/2015細胞分離株とは分離株の9割程度が抗原的に類似していた。海外分離株の多くも同様の傾向を示していた。しかし, 解析した分離株の9割以上は, ワクチン製造用卵高増殖性株のA/Hong Kong/4801/2014(X-263)からは抗原性が大きく乖離しており, これらワクチン製造株は卵馴化による抗原変異の影響を強く受けていると考えられた。

2-3)B型ウイルス

遺伝子系統樹解析

山形系統:遺伝子解析を実施した国内および海外で分離された105株はすべて, HAタンパク質にS150I, N165Y, N202S, S229Dアミノ酸置換を持つクレード3(代表株:B/Wisconsin/1/2010株, B/Phuket/3073/2013株)に属した(図3)。

Victoria系統:国内および海外で分離された171株はすべてクレード1A(代表株:B/Brisbane/60/2008株, B/Texas/2/2013株)内に形成される, 共通アミノ酸置換N129D, I117V, V146Iを持つクレードに属した(図4)。2016/17シーズンには米国を中心に12カ国で162番目および163番目の2アミノ酸を欠損したウイルスが検出された(合計229株, うち米国200株)。これら2アミノ酸欠損したウイルスは, さらにR498KおよびI180Vのアミノ酸置換を持つ。また香港では162番目, 163番目および164番目の3アミノ酸を欠損したウイルスが3株検出された。これら3アミノ酸を欠損したウイルスは, さらにK209Nアミノ酸置換を持つ。

抗原性解析:国内および海外(台湾, ラオス)から収集した分離株のうち, 山形系統の159株(国内140株, 海外19株)については6~7種類のフェレット感染血清を用いて, Victoria系統の229株(国内181株, 海外48株)については9~10種類のフェレット感染血清を用いてHI試験により抗原性解析を実施した。その結果, 山形系統解析株の95%以上が2016/17シーズンに採用されたワクチン株B/Phuket/3073/2013に抗原性が類似していた。Victoria系統解析株は, その95%以上が2016/17シーズンのワクチン株B/Texas/02 /2013に抗原性が類似していた。Victoria系統の株の抗原性解析から, 2アミノ酸欠損ウイルスおよび3アミノ酸欠損ウイルスは, ワクチン株B/Brisbane/60 /2008およびB/Texas/02/2013と比較すると抗原的に乖離していること, また2アミノ酸欠損ウイルスと3アミノ酸欠損ウイルスの間においても抗原的に乖離していることが明らかとなっている。国内および海外の分離株の解析では, 2アミノ酸欠損ウイルスおよび3アミノ酸欠損ウイルスに抗原的に類似した株は検出されなかったことから, 日本および近隣国においては2アミノ酸欠損ウイルスおよび3アミノ酸欠損ウイルスは流行していないと示唆された。今冬の動向を注視する必要がある。

3. 抗インフルエンザ薬耐性株の検出と性状

季節性インフルエンザに対する抗インフルエンザ薬としては, M2阻害剤アマンタジン(商品名シンメトレル)および4種類のNA阻害剤オセルタミビル(商品名タミフル), ザナミビル(商品名リレンザ), ペラミビル(商品名ラピアクタ), ラニナミビル(商品名イナビル)が承認されている。しかし, M2阻害剤はB型ウイルスに対して無効であり, さらに現在, 国内外で流行しているA型ウイルスは, M2阻害剤に対して耐性を示すため, インフルエンザの治療には, 主にNA阻害剤が使用されている。薬剤耐性株の検出状況を継続的に監視し, 国や地方自治体, 医療機関ならびに世界保健機関(WHO)に対して迅速に情報提供することは公衆衛生上非常に重要である。そこで感染研では全国の地衛研と共同で, 抗インフルエンザ薬耐性株サーベイランスを実施している。

A(H1N1)pdm09ウイルスについては, 地衛研においてNA遺伝子解析によるオセルタミビル・ペラミビル耐性変異H275Yの検出を行い, 感染研において上記4薬剤に対する感受性試験を実施した。A(H3N2)ウイルスおよびB型ウイルスについては, 地衛研から感染研に分与された全分離株について4薬剤に対する感受性試験および既知の耐性変異の検出を行った。

3-1)A(H1N1)pdm09ウイルス

2016/17シーズンに国内で分離された238株について解析を行った。その結果, NAにH275Y耐性変異を持つオセルタミビル・ペラミビル耐性株が3株(1.3%)検出された。耐性株は散発例であり, 地域への感染の拡大は認められなかった。

海外(台湾, モンゴル, ラオス)で分離された90株については, すべての株が4薬剤に対して感受性であった。

3-2)A(H3N2)ウイルス

国内で分離された478株および海外(韓国, 台湾, ミャンマー, モンゴル, ラオス)で分離された110株について解析を行った結果, すべての解析株は4薬剤に対して感受性を示し, 耐性株は検出されなかった。

3-3)B型ウイルス

国内で分離された360株および海外(台湾, ミャンマー, ラオス)で分離された74株について解析を行った。すべての国内分離株は4薬剤に対して感受性を示し, 耐性株は検出されなかった。

4. 2016/17シーズンのワクチン株と流行株の抗原性の一致性の評価

インフルエンザ株サーベイランスはWHO世界インフルエンザ監視・対応システム(Global Influenza Surveillance and Response System: GISRS)によって, 地球規模で実施されており, このサーベイランスの結果をもとに流行予測とワクチン株選定が行われている。しかし, 卵を用いる現行のワクチン製造には国家検定に要する期間も加えると6カ月以上を要するため, 流行予測とワクチン株の選定を前シーズンのインフルエンザの流行終息前に行わなければならず, 結果的にワクチン株と流行株の抗原性が一致しない場合もある。このような背景を踏まえて, 2016/17シーズンのワクチン株(卵またはMDCK細胞分離株)およびワクチン製造株(卵高増殖性株)と実際の流行株との抗原性の一致状況について, シーズン終了後に得られた総合成績に基づき遡って評価した。

わが国における2016/17シーズン用のインフルエンザワクチン株は, 感染研における「インフルエンザワクチン株選定のための検討会議」での検討により, A/California/7/2009(X-179A)(H1N1)pdm09, A/Hong Kong/4801/2014(X-263)(H3N2), B/Phuket/3073/ 2013(山形系統)およびB/Texas/2/2013(Victoria系統)が選定され, 2016年6月7日付けで厚生労働省健康局長より通知された(IASR 37: 134, 2016)。

A(H1N1)pdm09ウイルス:国内および海外における多くの国でA(H1N1)pdm09ウイルスの流行が主流であった。フェレット感染血清を用いた解析では, 分離された流行株のほとんどが, ワクチン株A/California/ 7/2009(卵分離株)およびワクチン製造株A/California/7/2009(X-179A)(卵高増殖性株)と抗原性が一致していた。

A(H3N2)ウイルス:2016/17シーズンに解析した分離株の5~6割は, ワクチン株A/Hong Kong/4801/2014(細胞分離株)と抗原性が類似していた。しかしながら, ワクチン製造用の卵高増殖性株A/Hong Kong/4801/2014(X-263)は卵馴化による抗原変異の影響を大きく受けているため, 解析した分離株の9割以上は, ワクチン株から抗原性が乖離していた。

B型ウイルス:2015/16シーズンから4価ワクチンが導入されたことを受け, B型ワクチン株は両系統から選定された。山形系統のほとんどすべての流行株がワクチン株B/Phuket/3073/2013(細胞および卵分離株)と抗原性が類似していた。同様に, Victoria系統のほとんどすべての流行株がワクチン株B/Texas/2/2012(細胞および卵分離株)と抗原性が類似していた。

本研究は「厚生労働省発生動向調査に基づくインフルエンザサーベイランス」事業として全国地方衛生研究所(地衛研)との共同研究として行われた。また, インフルエンザ迅速診断キット陽性臨床検体について, 永寿総合病院・三田村敬子先生, 市川こどもクリニック・市川正孝先生, あべこどもクリニック・安倍隆先生, 座間小児科・山崎雅彦先生の協力を得て供与を受けた。さらに, ワクチン株選定にあたっては, ワクチン接種前後のヒト血清中の抗体と流行株との反応性の評価のために, 新潟大学大学院医歯学総合研究科国際保健学分野・齋藤玲子教授の協力を得た。海外からの情報はWHOインフルエンザ協力センター(米CDC, 英フランシスクリック研究所, 豪Victoria州感染症レファレンスラボラトリー, 中国CDC)から提供された。本稿に掲載した成績は全解析成績の中から抜粋したものであり, その他の成績はNESIDの病原体検出情報システムにより毎週地衛研に還元されている。また, 本稿は上記研究事業の遂行にあたり, 地方衛生研究所全国協議会と感染研との合意事項に基づく情報還元である。

 

国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センター第一室
・WHOインフルエンザ協力センター
 中村一哉 藤崎誠一郎 高下恵美 白倉雅之 岸田典子 桑原朋子
 佐藤 彩 秋元未来 三浦秀佳 小川理恵 菅原裕美 渡辺佳世
 渡邉真治 小田切孝人 
地方衛生研究所インフルエンザ株サーベイランスグループ

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan