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結核の法的取扱いの変遷(結核予防法, 感染症法)

(IASR Vol. 38 p233-234: 2017年12月号)

結核対策の始まり

昭和26(1951)年, 結核罹患率〔人口10万人対新たに結核と診断された人(再発を含む)の数〕は698, 死亡率(人口10万人対1年間に結核が死亡原因で死亡した人の数)は110.3と, 非常に多くの国民が結核で苦しんでいた年に, 日本では現在の感染症法の前身である結核予防法を定め, 国家としての本格的な結核対策を始めた。その後, 結核罹患率は順調に低下し, 平成28(2016)年現在の結核罹患率は13.9, 死亡率は1.5まで低下した。わが国の結核対策について, 主に結核予防法の改正を中心に記述する。

法的取扱いの変遷

1. 結核予防法(昭和26年3月31日公布)の変遷

結核予防法が公布されて以降の主要な法改正の概要は次のとおりである。

(1)結核予防法の一部を改正する法律(昭和30年法律第114号):同年の罹患率579.6, 死亡率52.3

・市町村の行う定期の健康診断の対象者の拡大

一般住民に対する健康診断は, 厚生大臣が指定する区域に居住する30歳未満の者のみを対象として, 毎年定期に行われてきた。しかし, 結核は国内のあらゆる地域, あらゆる年齢層に広範にまん延している事実を踏まえ, 区域の指定および年齢の制限を廃止し, 小学校未就学児を除く一般住民全部を対象として健康診断を行い, 結核発症者の早期発見策の強化を期することとなった。

・定期の健康診断の回数

結核の発病率の高い者においては, 定期の健康診断は毎年一回では不十分であることから, 定期の健康診断の回数を政令に委任し, 対象者の区分に応じた適当な回数を規定できることとなった。

・結核患者の入院に関する届出義務

病院の管理者に対し, 結核患者が入院したとき保健所長へ届け出る義務を課し, 保健所長が行う家庭訪問指導等の対策が一層強力かつ円滑に推進できるようになった。

(2)結核予防法の一部を改正する法律(昭和32年法律第63号)

・健康診断, ツベルクリン反応検査または予防接種の無料化

健康診断, 予防接種の実費は, 受診者またはその保護者から徴収していたが, 実費徴収に関する規定を削除することにより, 健康診断, 予防接種について受診者負担が無料で実施できることとなり, 実施の徹底が図られることとなった。

(3)結核予防法の一部を改正する法律(昭和36年法律第99号):同年の罹患率445.9, 死亡率29.6

・命令入所制度の強化

感染症患者に対して行政庁が命令入所等の措置をとった場合に必要とされる医療費は, 全額公費負担を原則とし, 患者に負担能力のある場合に限って自己負担をさせることとするとともに, 国庫補助率を5割から8割に引き上げること等によって, 命令入所等の措置の円滑な実施を図ることとなった。

・公費負担の優先化

公費負担と社会保険各法との関係について, 公費負担を保険給付に優先するように改めた。

・患者登録制度の改正

患者登録制度を整備し, 登録患者に対する精密検査の実施等について規定を設ける等, 結核対策が強化された。

(4)結核予防法等の一部を改正する法律(昭和49年法律第88号):同年の罹患率106.7, 死亡率10.4

・健康診断および予防接種に関する改正

毎年実施していた健康診断を, 患者の発生状況, エックス線被曝による健康に対する影響等を総合的に考慮して適切に実施できるように, 政令で定める定期において実施することとした。

予防接種は, ツベルクリン反応検査の反応が陰性または擬陽性であるものに対して行うこととされていたが, 擬陽性である者のほとんどが既に結核に対する免疫を有しているとして, 予防接種の対象を陰性である者に対してのみとした。

(5)結核予防法の一部を改正する法律(平成7年法律第93号):同年の罹患率34.3, 死亡率2.6

・国および地方公共団体は, 結核の予防や医療に関する施策を, 地域の特性に配慮しつつ, 総合的に実施するよう努めることとし, さらに, 結核に関する正しい知識の普及を図らなければならないこと等が明記された。

・結核医療の費用の保険優先化

結核医療に要する費用について, 社会保険各法等による医療給付の自己負担部分について公費により負担する, いわゆる保険優先の仕組みに改めることとなった。

2. 感染症法の制定と結核予防法

平成10(1998)年(同年の罹患率32.4, 死亡率2.2)に, 当時の世界的な新興感染症・再興感染症の発生, まん延を受けて, 感染症に関する一般法として, 感染症の発生およびまん延の防止に必要な諸規則ならびに人権に配慮した手続規定等を盛り込んだ「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」が制定され, 平成11(1999)年に施行された。

しかし, 結核対策に関しては, きめ細やかな健康診断, 予防接種, 外来治療, 患者の登録に基づく長期にわたる治療の確保等に関し固有の規定制度が維持されてきたという性格に着目して, 法制的には, 当面, 結核予防法を従前どおり感染症法とは別の独立した法体系として存置することとなった。

平成16(2004)年の改正では, BCG接種はツベルクリン反応検査は省略して乳児期1回のみ実施する, 定期健康診断の対象の限定, 定期外健康診断の権限強化, 結核患者の主治医と保健所が共同で支援する治療である「日本版DOTS」の策定といった, 現在に至る結核に対する施策が講じられた。

3. 結核予防法の廃止(平成18年法律第106号):同年の罹患率20.6, 死亡率1.8

人権への意識の高まりや, 既存の結核予防法の枠組みの中では入院勧告や措置等ができないという法律上の限界があるといった理由により, 結核予防法については, 法律上, 感染症法と独立した形での存続理由は乏しいといえるため, 結核を感染症法の二類感染症に分類し, 位置付けた。これにより, 昭和26年から続いた結核予防法は廃止され, 結核対策は感染症法の範疇で行われるようになった。従前の旧結核予防法による施策の継続に加えて, 感染症法による措置, 施策に新たに対応することが可能になることにより, 結核対策の一層の適正化, 充実化, 結核菌の適正な管理体制の確立を図ることとなった。

4. 感染症法の下での結核対策

全国的に結核罹患率・死亡率が低下するとともに, 患者の発生地域の偏在や高リスク群などが次第に顕在化してきた。感染症法で結核に対しては, 特定感染症予防指針を策定することが規定され, 同指針およびそれに伴う通知の公布等により, BCG定期接種の年齢, 定期健診, DOTSの進め方, 病原体管理等の各々の施策に対する適正化を図り, 現在に至っている。

今後の結核対策について

わが国の結核は, 結核予防法時代に確立した対策が功を奏し, 低まん延国化(罹患率10以下)が視野に入っているまでに低下してきた。しかし, 個々の対策は, 患者の数, 状況に応じて, 様々に形を変えてきたことがわかる。結核予防法が廃止されてからもその方針は変わらない。近年では, 高齢者や外国出生者の結核対策, 罹患率の低下によって逆に浮上してきた医療提供体制の確保などがより重要な課題となってきている。届出と登録, 予防接種, 健康診断等による早期発見, 医療費の公費負担, 医療機関と保健所の共同による治療支援等, 対策の軸は保ちつつ, 変化に対応していく必要がある。

 

厚生労働省健康局結核感染症課

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