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結核菌検査方法の進歩

(IASR Vol. 38 p237-238: 2017年12月号)

抗酸菌検査法は現在でも結核菌の検出を主眼としており, 臨床検体の採取, 抗酸菌塗抹, 培養, 菌種同定および薬剤感受性試験で構成されている。最近10年での大きな変化のひとつは抗酸菌塗抹検査に蛍光法の導入が進んだことである。蛍光法は以前からチール・ネールゼン染色法に比較して5~10%高感度であり, 観察時間も短いことが知られていたが, 蛍光顕微鏡の光源(水銀灯)の寿命が短く, しかも高価であったため普及が進んでいなかった。21世紀に入ってLEDを光源とする蛍光顕微鏡が安価に供給されたことで, 現在では診断時の抗酸菌塗抹検査の80%以上は蛍光法になっている。蛍光法の方が検査精度が高いことを示した外部精度評価研究もあり1), 今後も拡大が期待される。日本ではまだ導入事例は無いと思われるが, 鏡検数の多い海外の検査室ではコンピュータにリンクした自動顕微鏡で抗酸菌検出を自動化している(アルゴリズムに従ってコンピュータが取り込んだ画像を判断し, 抗酸菌である確率が高い映像を列挙する。最終判定は検査技師が画像で判断する)。一方で抗酸菌染色で検出しづらい迅速発育性の非結核性抗酸菌の増加も指摘されており2), 染色法の改良も必要とされている。

次に変化しているのは, 液体培養検査の広範な導入であると思われる。衛生検査所が液体培地での抗酸菌培養を受託するようになったことから, 既に診断時の臨床検体の半分以上が液体培地によって培養されている。液体培地を用いた場合の結核菌の平均陽性検出時間は約2週間であり, 固形培地に比べて2週間以上早い3)。ある種の液体培地培養は, 陽性になった検体をそのまま感受性試験に使用することが可能であるため, 感受性試験の迅速化にも貢献している。

菌種同定検査は20世紀終了間際に薄層免疫クロマトグラフィー法が開発され, 結核菌の同定に関しては劇的に変化した。培養陽性となった結核菌は15分で簡便に同定可能となり, 初期の製品はMycobacterium marinumStaphylococcus aureusのProtein Aなどに交叉反応を示したが, 2011年に発売された現在の製品はそれらの偽陽性も改善されている4)。その後しばらく抗酸菌種同定法に大きな進展はみられなかったが, 最近になりマトリックス支援レーザー脱離イオン化法 (MALDI) を元にした飛行時間型質量分析計(TOFMS)による抗酸菌蛋白の質量分析プロファイル解析が注目されている。現時点で対象となるのは培養菌のみであり, バイオハザードの問題もあり臨床検体からの直接実施はできないものの, 同定そのものにかかる時間は数十秒であり1検体あたりの検査コストも安価である。Belen RSらが109株の非結核性抗酸菌を用いてBiotyper(Bulker Daltonics, database ver. 3.0)を用いて行った評価では, 91.7%の精度が示されている5)。日本でも衛生検査所でのMALDI-TOFMSによる抗酸菌同定の受託が始まっている。浅見らはVITEK MS(bio Mérieux)を用いてTaqMan MAI(Roche Diagnostics)でMycobacterium intracellulareと同定された抗酸菌の半分がMycobacterium lentiflavumMycobacterium kumamotoenseなど別の菌種であったことを報告しており6), 近年急増している非結核性抗酸菌症を背景として, MALDI-TOFMSによって正確な抗酸菌種の同定が進むことが期待される。ただしMALDI-TOFMSの同定精度は基本的に比較基準であるデータベースの正確さや情報量に依存するため, 正確に同定された臨床分離株のプロファイルデータが大量に必要であり, データベースの積極的更新は必須と思われる。

同定検査のもう一つの進歩は遺伝子同定である。日本国内では発売されていないが, いわゆるラインプローブ法を利用した同定キットが利用可能となっている。SPEED-OLIGO® MYCOBACTERIA(Vircell, Spain)はPCR増幅後の検体にスティックを浸すだけで5種の結核菌群を含む19種類の抗酸菌を同定可能な核酸クロマトグラフィー法である7)。また, ハイブリダイゼーションを必要とするが, GenoType® Mycobacterium CM/AS(Hain Lifescience, Germany)は37種の非結核性抗酸菌を同定することが可能であり, 必要な時間はおよそ5時間とされている8)。これらのプローブを使用する検査ではあらかじめ決められた菌種しか同定できないので, 希少な菌種についてはやはりシークエンス等を実施する必要があるが, 本邦で分離される主要な抗酸菌はほとんどカバーすることが可能である。また最近では直接シークエンスによる抗酸菌遺伝子同定を受託する衛生検査所もあり, 利用と評価が期待される。

薬剤感受性試験は現在でも結核菌を主な対象としており, 非結核性抗酸菌に対する対応が遅れている。結核菌についても, 前述の液体培地を使用して迅速に検査可能な薬剤はイソニアジド, リファンピシン, ストレプトマイシン, エタンブトールおよびピラジナミドに限定される(MGIT AST 960, Becton Dickinson)。世界保健機関(WHO)は最近結核菌の薬剤感受性試験に用いる基準薬剤濃度一覧をアップデートして発表したが9), 実際に最も多くの薬剤を試験できるのはMGITシステムであり, 超多剤耐性結核菌(三種病原体等)の同定に必要なニューキノロン薬や注射剤(アミカシン, カナマイシン, カプレオマイシン)も含まれており, 暫定的ではあるがベダキリンやデラマニドも検査可能薬剤として示されている()。迅速な薬剤感受性試験に関して, 日本は完全に世界から取り残されている。

非結核性抗酸菌の感受性試験は一般に最小発育阻止濃度(minimum inhibitory concentration, MIC)でしか測定できないが, 日本には国際的な基準に対応した製品がなく, 使用すべきでない対象菌まで現行の製品で試験されている実情がある。海外では既にCLSI M24-A2に準拠した遅発育菌・迅速発育菌用のキットが販売されている。この点でも日本は周回遅れである。

抗酸菌検査法は様々な領域で進歩しているが, 日本への導入は圧倒的に遅れている。世界の進歩に迅速に対応するシステムが必要である。

 

参考文献
  1. 青野昭男ら, 臨床微生物学会雑誌 22: 279-283, 2012
  2. Namkoong H, et al., Emerg Infect Dis 22(6): 1116-1117, 2016
  3. 青野昭男ら, 日本臨床微生物学雑誌 8: 269-273, 1998
  4. Chikamatsu K, et al., BMC Infect Dis 14(1): 54, 2014
  5. Rodríguez-Sánchez B, et al., J Clin Microbiol 54: 1144-1147, 2016
  6. 浅見諒子ら, 第66回日本感染症学会東日本地方会学術集会・第64回日本化学療法学会東日本支部総会合同学会, 東京, 2017年10月31日-11月2日
  7. 近松絹代ら, 結核 89(2): 45-50, 2014
  8. Richter E, et al., J Clin Microbiol 44: 1769-1775, 2006
  9. Technical Expert Group Meeting Report: critical concentrations for drug susceptibility testing for TB medicines, Geneva: World Health Organi-zation; 2017(WHO/HTM/TB/2017.22)
 
結核予防会結核研究所抗酸菌部 御手洗 聡
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