印刷
IASR-logo

非結核抗酸菌症

(IASR Vol. 38 p245-247: 2017年12月号)

非結核抗酸菌(non-tuberculousis mycobacteria: NTM)は, 結核菌群およびらい菌を除いた約150種類の抗酸菌の総称である。NTMは, 水系(環境水, 上水道), 土壌, 動物の体内などの環境中に豊富に存在し, 環境中の菌を取り込むことで, 免疫不全患者のみならず健常人への感染が成立すると考えられている。感染が成立すると, 特徴的な症状に乏しく, 数年~十数年かけて慢性肉芽腫性病変が緩徐に進行するのが一般的である。ヒト―ヒト感染は, 一部を除いて起こさないとされるため, 患者の隔離は不要である。

NTMの中で, ヒトに病原性を有するのは約50種程度であり, NTM症は全抗酸菌症の10~20%を占めると考えられてきた。主たる感染臓器は肺であり, 皮膚感染がそれに続く。近年, 結核低蔓延国で肺NTM症の増加が報告されており, わが国においても結核罹患率が低下傾向にあり, 肺NTM症罹患率の増加が予想されていた。しかし, 感染症発生動向調査の対象疾患ではなく, 2007年を最後に全国疫学調査も実施されなかったため, NTM症の正確な発生動向は不明であった。2014年1~3月の肺NTM症と新届出結核患者数に関して全国の呼吸器疾患拠点病院に対してアンケート調査を実施し, 罹患率の推定を行った結果, 肺NTM症の罹患率は全国で14.7/10万人であり, NTM症の急速な増加と, 結核の罹患率(2015年)を初めて上回ったことが明らかとなった1)。主要検査会社の抗酸菌データ(2012~2013年:11万件)の解析2), および, ナショナルデータベースを用いて全国の肺NTM症罹患率・有病率を検討した結果, 有病率は年+12~22%増加しており, 人口10万対116.3と推定された。

わが国では, Mycobacterium aviumMycobacterium intracellulareを含むM. avium complex(MAC)が肺NTM症の起因菌として最も頻度が高く80~90%を占める。また, 地域分布の特徴として, M. intracellulareは西日本に多く, M. aviumは東日本で高い。Mycobacterium kansasiiは近畿地方に, Mycobacterium abscessusは九州沖縄地方で高い傾向にある。

NTMが環境中に検出されること, および呼吸器検査から検出されるNTMが必ずしも感染の結果によらないことから, 肺NTM症の診断は, 肺結核に比べて困難である。米国胸部疾患学会(ATS)および米国感染症学会(IDSA)のガイドライン3), またわが国の呼吸器病学会非結核抗酸菌症診断ガイドライン(表14)によると, 肺NTM症の診断には, 臨床的要件と細菌学的要件をともに満たす必要があり, 極めて煩雑で長時間かかる。肺NTM症の肺X線画像所見や症状は特異的なものがない。結核との鑑別診断は, 感染対策から極めて重要である。そこで, NTM症, 特にMAC症と結核の鑑別を簡便に, かつ迅速に可能にする補助診断法の開発が希求された。一般の検査室では, PCR法や市販のプローブを使用した核酸増幅法による検査で, 結核, MACの同定が可能であり, 陰性の場合はDNA-DNAハイブリダイゼーション(DDH)法(極東)を使用した簡易キットで, 18種類のNTMを同定することが可能である。これらの方法で同定ができない場合は, 特定の研究施設でのみ施行されている検査を実施することにより同定の可能性がある。ただし, 核酸増幅法だけでは検出された菌が感染の起因菌かどうか確定できないことに留意する必要がある(本号7ページ参照)。これに加えて, MACが保有し, BCGを含む結核菌群が保有しない細胞壁構成成分であるglycopeptidelipids(GPL)に対するIgAをEIAで測定する血清診断法(タウンズ)が開発された。わが国における臨床試験では, 本血清診断法の感度は約80%, 特異度は100%であり5), 現在臨床現場で使用可能である。GPLはMACだけではなく, Mycobacterium scrofulaceum, Mycobacterium chelonae, M. abscessus, Mycobacterium fortuitumなどの迅速発育菌にも存在するため, これらの菌による感染症もしくはコンタミネーションとの鑑別は本キットだけでは不可能であることに注意する必要がある。

NTM症の診断基準が, 軽症例の診断を可能にした一方, 治療開始時期は診断とは別に決めるべき問題としたため, 治療開始には, 臨床医の総合的判断に委ねられている。 肺MAC症の2つの病型のうち, 線維空洞型は, 陳旧性肺結核や器質性肺疾患を持つ高齢の男性に好発する。進行性であることが多く, 診断されれば直ちに化学療法の適応であり, 病変が限局していれば外科的に切除することが推奨されている。一方, 小結節・気管支拡張型は, 基礎疾患のない中高齢の女性に好発する。病勢は, 進行を認めないものから進行例まで様々であり, 症状と画像所見に応じて治療開始時期が決定される。

MAC症の治療は, リファンピシン(RFP), エタンブトール(EB), クラリスロマイシン(CAM) の3薬剤による多剤併用療法が標準治療であり, 必要に応じてさらにストレプトマイシン(SM) またはカナマイシン(KM) の併用を行う(表26)。CAMは化学療法の中心となる薬剤であり, CAM耐性MAC症の治療は非常に困難となる。CAM単剤投与は数カ月以内にCAM耐性MAC菌が出現することが報告されていることから, 症状が軽微であっても, CAM単剤投与は避けるべきとされる。 治療期間は, 少なくとも排菌陰性化後1年間は継続するべきとされているが, 治療終了後の再燃・再感染は頻繁に認められており, 最適化学療法期間の設定は今後の重大な課題である。

NTM症は, わが国の高齢化, 結核の低蔓延化に伴い, 今後も増加傾向にあると考えられる。NTM症発生動向の系時的な把握, 簡便で鋭敏な診断法の開発・改良, 最適な治療プロトコールの確立と耐性菌発生の予防に向けて, より一層の対応が必要であろう。

 

参考文献
  1. Namkoong H, et al., Emerg Infect Dis 22: 1116-1117, 2016
  2. Morimoto K, et al., Ann Am Thorac Soc 214: 49-56, 2017
  3. An official ATS/IDSA statement: Diagnosis, treatment, and prevention of nontuberculous mycobacterial diseases, Am J Respir Crit Care Med 175: 367-416, 2007
  4. 日本結核病学会非結核性抗酸菌症対策委員会:肺非結核性抗酸菌症診断に関する指針, 結核 83: 525-526, 2008
  5. Kitada S, et al., Am J Respir Crit Care Med 177: 793-797, 2008
  6. 日本結核病学会非結核性抗酸菌症対策委員会, 日本呼吸器学会感染症・結核学術部会:肺非結核性抗酸菌症 化学療法に関する見解, 結核 87: 83-86, 2012
 
 
国立感染症研究所ハンセン病研究センター感染制御部 阿戸 学 星野仁彦
Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan