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集団生活において発生した侵襲性髄膜炎菌感染症事例

(IASR Vol. 39 p5-6: 2018年1月号)

端 緒

2017年4月24日, A市内のB医療機関より保健所に侵襲性髄膜炎菌感染症(全数把握5類感染症)の届出があった。患者はA市内の職場の寮で共同生活を送る者であることも合わせ, B医療機関から直ちに報告をされたものである。保健所においては, 共同生活となっている状況が伝えられたこともあり, 当該職場に対する情報収集を緊急に行い, 医療機関とともに接触者等への対応を行った。本事例においては, 侵襲性髄膜炎菌事例としては幸いにも孤発の症例で留まったが, 複数の入院例, 保菌例もみられたなど重要な事例と考えられたことから報告するものである。

患者の概況および保健所における初期対応

患者は19歳男性で, 2017年4月に社会人として新入寮した120人のうちの1人である。2017年4月19日に発熱・全身倦怠感で発症, 20日に受診し, その後12日間の入院を余儀なくされた。初診時の胸部エックス線画像では, 肺炎像が認められ, 血液培養にて髄膜炎菌が陽性となったことから, 侵襲性髄膜炎菌感染症としての届出に至ったものである。

保健所では, 届出受理後, 当該職場に対して届出概要を説明するとともに, 状況確認を行った。また, 接触者の同定と寮(10人部屋)の同室者等の健康状態観察について依頼するとともに職場と連携して追跡を行った(積極的疫学調査)。また, 医師の同意を得て検査センターに対して菌株確保を求めた。侵襲性細菌性感染症については, 分離株の確保および国立感染症研究所(感染研)への菌株搬送をすることについて, 厚生労働省結核感染症課通知が出されており, それに基づく措置である。同時に, 県庁健康増進課, 県環境保健センターへ概要および検体の確保搬送について連絡を行った。

さらに, 管内の医療機関において, 敗血症・髄膜炎を疑われた患者に対して, 侵襲性髄膜炎菌感染症の可能性も含めて診察していただくよう医師会に依頼文を通知した(強化サーベイランス)。

接触者等の受診状況と対応および検査結果

4月25日:同室の1人と別部屋の3人が発熱・咽頭痛等でB医療機関を受診し予防投与を受けた。同室の1人は肺炎症状で入院した。

4月26日:残りの同室者8人(有症状7, 無症状1), 当該室の担当世話役3人(有症状1, 無症状2)がB医療機関を受診し予防投与を受けた。

4月27日:全体世話役2人(有症状1, 無症状1), 当該室の担当世話役1人(無症状), 別部屋1人(有症状), 別部署1人(有症状)が受診し4人が予防投与を受け, 別部署の1人が入院した。B医療機関職員9人(無症状)へ予防投与が実施された。

4月28日:別部屋1人, 別部署1人が症状が有り受診し, 別部屋の1人が予防投与を受け, 別部署の1人が入院した。患者の両親(無症状)も予防投与を受けた。

これらをグループ分けして示すと, 「患者と同室」の9人のうち1人は発熱・咳・肺炎症状のため入院した。喀痰塗抹でグラム陰性球菌陽性であったが, 咽頭培養・血液培養は陰性であった。他と比較して発熱・咽頭痛の強い症状があった1人は, 喀痰塗抹でグラム陰性球菌陽性であったが, 咽頭培養・血液培養は陰性であった。残り7人のうち6人は発熱・咽頭痛があり, 喀痰塗抹でグラム陰性球菌陽性であったが, 咽頭培養は陰性であった。無症状の1人を含む8人には予防投与が行われた。

「当該室の担当の世話役」4人についても予防投与が行われた。発熱・咽頭痛が1人あり喀痰塗抹でグラム陰性球菌陽性であったが, 咽頭培養の結果は陰性であった。また, 「全体の世話役」2人についても予防投与が行われた。発熱・咽頭痛が1人あり喀痰塗抹でグラム陰性球菌陽性であったが, 咽頭培養の結果は陰性であった。

「別部屋」で有症状者が5人おり予防投与が行われた。喀痰塗抹でグラム陰性球菌陽性であった3人に咽頭培養が行われたが, 結果は陰性であった。

「別部署」で咽頭痛等の有症状者が2人おり入院したが, 血液・咽頭培養陰性であった。

まとめると, 計3人が侵襲性髄膜炎菌感染症ではないものの入院した。また, 計33人が抗菌薬の予防投与が必要な濃厚な接触者としてリストアップされた。予防投与については, 4月25日に感染研に助言を求め, 多くの接触者について, 咽頭検体採取後に行い, 抗菌薬としてはシプロフロキサシンが用いられた。

感染研細菌第一部に搬入(4月27日到着)された初発例の菌株に対する精査の結果, 5月1日にY群ST-1655の髄膜炎菌が同定されたとの連絡を受けた。

その後, 当該職場・地域からの新規の患者発生はみられず, 感染研の助言も受け, 潜伏期間2~10日より, 最長10日をとり潜伏期間の3倍(30日)の期間中に新たな患者発生が無い場合を終息とし, 2017年5月26日に終息を確認した。

考 察

髄膜炎菌感染症は集団発生を起こし, 輸入例をはじめ, 特に多くの人が集まる環境(寮, イベントなど) で発生するリスクが高いとされる。本事例はその意味で, 新入寮生120名が共同生活を, 10人部屋で行っている点で, ある種典型的な環境の状況で発生した事例の一つとも考えられた。聞き取りの結果, 季節の変わり目であることや, 慣れない業務訓練等で疲労が蓄積しており, この頃までに体調が優れない者も複数見受けられたとのことであった。

なお, 分離されたY群ST-1655の髄膜炎菌株については, 最近の国内髄膜炎菌感染症では比較的多いものとのことである。呼吸器症状を発症させることが多いとの情報もあるが詳細は不明である。

本事例においては, 多数の上気道症状の有症者, 少数ながら肺炎などの下気道症状を有する者を認めたことから, その接触者に対する投薬に関して判断が難しい面があったが, 侵襲性髄膜炎菌感染症患者の接触者が無症状~侵襲性までは至らないものの軽い症状を認める場合, 各国のガイドラインには明確な情報は無く, 予防内服以上の対応については基本的に治療医のさじ加減の範疇にあるという点で, 侵襲性を疑わせる症状の有無をしっかり見極める態勢を確保した上で予防投与を行うこととして合意され実施された。文献的には, 侵襲性髄膜炎菌感染症の接触者が「侵襲性ではない何らかの症状」を髄膜炎菌により呈していたとしても, そこからの二次感染例は稀との情報などを確認した。本事例は侵襲性感染症までには至らないまでも何らかの有症者の多発など, 対応は決して容易ではなかったが, 医療機関等と密な情報交換を行いながら連携のとれた対応ができ, 早い段階で感染研の支援を得られたことで的確な対応ができたと考えられた。

謝辞:ご協力をいただいた, 国立感染症研究所感染症疫学センター(砂川富正先生, 神谷 元先生, 他FETP先生方)および同細菌第一部(高橋英之先生)へ深謝します。

 

鹿児島県姶良保健所 揚松龍治
鹿児島県環境保健センター 御供田睦代 穂積和佳

 

 

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