印刷
IASR-logo

海外の侵襲性髄膜炎菌感染症の概要

(IASR Vol. 39 p8-9: 2018年1月号)

髄膜炎菌はヒトを唯一の宿主とし, 人から人へ主として飛沫感染により伝播する。感染しても必ず発症するわけではなく、 多くの場合は一時的に鼻咽腔粘膜に定着して健康保菌者となるか, 一過性に消失し, 発症して患者となることは稀であるとされている。しかし, 稀ではあるが患者は発生し, また, アウトブレイクも起こりうる。髄膜炎菌は莢膜多糖体の糖鎖の違いにより12血清群に分類されており, そのうちA, B, C, W, Yの5群が主に侵襲性疾患を起こす。

サハラ砂漠以南の国, いわゆる「髄膜炎ベルト」と呼ばれる地域においては, 群を抜いて罹患率が高い。国によって異なるが, 5~12年周期で大きなアウトブレイクを起こしており, 特に12月~6月の乾季には罹患率は10万人・年当たり1,000人にまで跳ね上がる。髄膜炎ベルト地帯では, 過去には, 圧倒的にA群の患者が多かったが, 2010年よりこの地域では世界保健機関(WHO), 米国疾病管理予防センター(CDC)が中心となり, 結合型A群髄膜炎菌ワクチンの集団接種を開始し, 患者数は激減した。一方でそれまで同地域でほとんどみられなかったCやY群でのアウトブレイクが散発しており, また, 世界的にみても報告例が少ないX群が検出されていることから, ワクチンの選択圧による影響などについてモニタリングが続いている。一般的に髄膜炎菌感染症の発症率が高い年齢は乳児と青年層であるが, 髄膜炎ベルト地帯では患者は30歳まで, 特に5~14歳が最も高い。髄膜炎菌感染症流行期間中の当該地域への渡航者には現地人との濃厚な接触は侵襲性髄膜炎菌感染症のハイリスクと考えられる。

北南米, ヨーロッパ諸国, オーストラリアからは, 血清群についてはB, C, Y群が多く報告されているが, 最近一部の地域からW群の報告が増えている。また, これらの地域から報告されている罹患率は10万人・年当たり0.15~3人と非常に低い。このように一般的には, これらの地域においては, 侵襲性髄膜炎菌感染症のリスクは低いが, 特定の集団ではリスクが高くなっている。たとえば米国では大学の寮を中心としたアウトブレイクが多発している。米国の予防接種スケジュールでは4価(A/C/W/Y)結合型髄膜炎菌ワクチンが, 11~12歳のときに初回接種, 16歳のときに追加接種として推奨されている。しかし, アウトブレイクはB群により起こっており, アウトブレイク発生時の例外的なB群ワクチンの使用を認めて対応している。男性同性愛者間(MSM)もリスクの高い集団である。この集団のアウトブレイクから検出される血清群はC群であり, アウトブレイクが発生した国で流行している血清群と異なることが多い。また, イスラム教の聖地巡礼(Hajj)でのサウジアラビア渡航者とその接触者の間でもアウトブレイクが散見されており, AおよびW群の報告が多くなっている。さらに, 補体欠損症の患者や発作性夜間ヘモグロビン尿症, 非典型溶血性尿毒症症候群の治療薬であるエクリズマブ使用患者も侵襲性髄膜炎菌感染症に対してハイリスクであることが知られている(IASR 38: 208, 2017)。

アジア諸国においては, インドやフィリピン, その他の途上国を除き, 発症率は非常に低い。これには脆弱なサーベイランス, はっきりしない症例定義, 医師の認識不足による診断・報告の欠如などによる不完全な患者報告も寄与していると考えられ, 真の疾病負荷は不明である。ただし, 血清群についてはインドやフィリピンなどの低所得国ではA群が主流であるのに対し, 韓国や台湾はC, W, Y群が大部分を占めている。中国ではA, B, C, W群がそれぞれ報告されている。なお, わが国を含め複数の国から中国由来のキノロン耐性髄膜炎菌検出の報告がある(IASR 38: 83-84, 2017)。

このように, 侵襲性髄膜炎菌感染症は世界中から報告され, それぞれの地域や集団で異なる罹患率と血清群の分布を認めている。従って渡航先や滞在期間中の活動などにより, リスクが異なる。ハイリスク地域への渡航の際にはワクチン接種を検討すべきである。ただし, その際には接種後2週間程度経たないと効果が現れないこと, 現在国内で接種できるワクチンはB群には効果がない点は注意が必要である。逆に, 国際的で多くの人が参加して一定期間開催されるマスギャザリングイベントなどでは, 様々な背景を持った人々が集まるため, 侵襲性髄膜炎菌感染症のアウトブレイク発生には注意を要する。現に過去国内で行われた国際的マスギャザリングイベントでは異なる国の複数の参加者が同じ株で侵襲性髄膜炎菌感染症を発症している(IASR 36: 178-179, 2015)。通常は侵襲性髄膜炎菌感染症の発症率が低い日本国内であってもマスギャザリングイベントに際しては髄膜炎菌感染症に対しては十分注意が必要であり, ハイリスク者へのワクチン接種, 医療機関への啓発による早期診断と迅速な治療, 検体検査, 公衆衛生対応の準備が必要である。

 

 
参考文献
  1. MacNeil JR, Meyer SA, Meningococcal Disease, CDC Traveler’s Health: Meningococcal Disease
    https://wwwnc.cdc.gov/travel/yellowbook/2018/infectious-diseases-related-to-travel/meningococcal-disease
  2. Halperin SA, et al., Vaccine 30S, 2012
  3. McNamara LA, et al., Pediatrics 135(5): 798-804, 2015
  4. Kamiya H, et al., Morb Mortal Wkly Rep 64(44): 1256-1257, 2015
  5. Borrow R, et al., Vaccine 34(48): 5855-5862, 2016
  6. Tsang RS, et al., Can J Microbiol 63(3): 265-268, 2017
  7. Kanai M, et al., Western Pac Surveill Response J 8(2): 25-30, 2017

国立感染症研究所感染症疫学センター

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan