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臍帯からの風疹ウイルス検出の試み

(IASR Vol. 39 p38-39: 2018年3月号)

はじめに

先天性風疹症候群(CRS)では90%以上に難聴を伴うことが知られている。しかし妊娠初期の感染の場合は心疾患や眼疾患などの典型的な症状を合併するが, 妊娠5か月以降の感染では難聴のみを呈するため, 妊娠中の風疹不顕性感染や典型的な症状が認められなかった場合, 出生直後に診断することは困難である。現在, 本邦での先天性難聴の原因の約50%は原因不明とされている。一方, 海外では, 風疹が流行した地域にある聾学校を調査したところ, 流行した時期に出生した難聴児の30%にCRSによくみられる網膜変性が認められたと報告された。母が不顕性感染などの可能性があり, 難聴以外の症状がないと, 原因不明の先天性難聴としか診断されないが, 実はCRSの可能性があるというものであった。日本でも2012~2014年に風疹が流行したことは記憶に新しいが, そのときに45名のCRSの出生が報告された。しかし, 他にも未診断のCRS児がいる可能性, 先天性難聴の原因が実は風疹感染である可能性などが示唆されている。

未診断症例をどのように診断するか?

出生直後に疑っていたなら, PCR法や血清のIgM抗体検査にて診断は可能である。しかし, 原因がわからない難聴児や, 進行性難聴児など, 後から疑った場合, すでにウイルスが排泄されなくなっていると後ろ向きに診断することは困難である。しかし, サイトメガロウイルスによる難聴は近年臍帯からウイルスDNAを検出することができるようになり, 後ろ向きの診断が可能になった。そこで, 同じように風疹も臍帯で診断する技術を開発することにした。

検査方法の開発

経胎盤感染があった場合, 臍帯にはウイルスの痕跡が残っている。そこで, 保存されている乾燥臍帯をホモジナイズし, RNAを抽出, 精製することができた。さらに, 国立感染症研究所発行の病原体検出マニュアルの記載を参考に含有量が極微量の風疹ウイルス特異的遺伝子の検出に対応した, real-time RT-PCR法およびconventional RT-nested PCR法での検出を行った。この方法を用いて, 臨床的にCRSと診断されている15人の患者より保存臍帯の一部を採取し, 保存臍帯の風疹ウイルスRNAを測定した。また, 遺伝子検査などで原因が明らかになっていない難聴児29人(多くは風疹が流行した2013年前後に出生)からも臍帯を供与してもらい, 検査を行った。

結 果

CRS15症例の臍帯を検討したところ, real-time PCRにて12症例は陽性が得られた。この12症例に対してnested PCRも行ったが, これは3例が陽性となったのみであった。また12例中4例は遺伝子の同定も可能であり, そのうち1例は30年以上前の臍帯であった。陰性となった3例の臍帯はいずれも30年以上前のものであった。この方法を用いて, 原因が明らかになっていない難聴児29例の臍帯も検査したが, 今のところ陽性は認められていない。

考 察

臍帯で風疹ウイルスRNAを検出する技術の難しさは, DNAと比較して, RNAは不安定であることにつきる。感度や特異度も高く, 陽性と得られた場合は風疹の母胎感染があったと診断できる。しかし, 陰性であったからといって母胎感染がなかったとはいえないだろう。

偽陰性となった理由としては, ほとんどの検体が30年以上の古いものであったため, ①技術の限界, ②臨床診断の違い, などが考えられた。①については, RNAが壊れており, 検出が困難だった可能性がある。検出するNS領域を短くすれば, それだけ検査で陽性となる可能性は高くなるものの, その分偽陽性も増加することが懸念された。②については, 実際に母が風疹に罹患しても必ずしも胎盤感染するわけではないため, PCRなどで確認されていない30年前の診断が曖昧である可能性も指摘された。

30年以上前の時間が経過した臍帯での検出は5例中2例で可能であったことから, 検出されにくいものの, 検査が不可能であるわけではない。逆に2013年などの比較的新しい臍帯ではかなり高精度にウイルスRNAを検出できることがわかった。小児の進行性難聴例など, 出生直後には風疹感染などが疑われなかった患者に対して, 確定診断をつけたい場合, この検査方法は有用であると考えられた。このように疑わしい症例を重ねていくうちに, 潜在性の未診断CRSを診断することができるのではないかと考えている。

本法は, 臍帯を保存する文化のある日本だからこそ可能であった。しかし, 近年では感染などの配慮から臍帯を廃棄してしまう医療施設もある。風疹は30%に不顕性感染があるため, 未診断例はあると考えられる。妊娠中に何があったのか―未診断例を発見することで, 原因が明らかになるだけではなく, CRSに付随してみられる将来の障害の予防につなげられることを期待することができる。さらにまた, CRSそのものを減らすための予防接種普及などの政策につなげることも可能になると考えている。

 

国立成育医療研究センター
 耳鼻咽喉科 守本倫子
 感染症科 宮入 烈 枝吉美奈 岩瀨徳康
 母児感染研究室 中村浩幸 廖華南
新潟大学医学部小児科 齋藤昭彦 泉田亮平

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