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WHO西太平洋地域における麻疹排除の進展・課題と現在の取り組み

(IASR Vol. 39 p64-66: 2018年4月号)

I.背 景

東アジア, 東南アジア, オセアニアにある28の国と9の区域(area)からなるWHO西太平洋地域(WPR)は, WHO西太平洋地域委員会(WPRC)の決議1)に基づき, 2003年から麻疹の地域排除事業を実施している。麻疹の排除は「地域(region)や国といった一定の広大な地理的領域において, 良好に機能する疾病サーベイランスのもとで, 12カ月以上, 土着性の麻疹ウイルスの伝播が存在しない状態」と定義される2)

II.麻疹排除の基本戦略

2003年, WPRCは, WHO西太平洋地域事務局(WPRO)の作成した「WPR麻疹排除行動計画」を承認1)し, WHO加盟国はこれまで以下の3つの基本戦略3)を実施してきた。

(1)ワクチン接種:(i)新しく生じるすべての出生コホートに対して, 適切な時期に効果のある麻疹ワクチン接種を実施する, (ii)効果のある2回目の麻疹ワクチン接種を実施する, (iii)定期的に免疫保有状態を監視する, ことを通して, すべての国のすべての地区(district, 日本では市町村レベルに相当)のすべての出生コホートに対して, 麻疹に対する95%以上の集団免疫を確立する。

(2)サーベイランス:効果的な実験室診断を伴う麻疹の全症例報告サーベイランスを構築し, 麻疹の発生動向の監視と分析を実施, 継続する。

(3)実験室診断:麻疹を診断し麻疹ウイルスを追跡できる, WHOによって認証された実験室を, WPRのすべての国と区域が, 効果的, 継続的に利用できるようにする。

III.排除事業の進展

全症例報告サーベイランスおよび診断実験室ネットワークの構築:2017年現在, WPRのすべての国と区域は麻疹の全症例報告システムを構築しており, 35の国と区域が, 毎月, 個々の麻疹症例の生年月日, 性別, 住所, 発症日, 症状, 診断方法, ワクチン接種歴, 旅行歴, 転帰など, 詳細な疫学情報をWPROに送付している。WPRには, 1つのGlobal Specialized Laboratory〔日本(国立感染症研究所)〕, 3つのRegional Reference Laboratories(オーストラリア, 中国, 香港), 太平洋州の島嶼国・区域の4つ(フィジー, ニューカレドニア, グアム, フレンチポリネシア)を含む17のNational Laboratory(NL), ベトナムの2つの準NLとマレーシアの1つの準NL, 中国の31の省診断実験室と331の地区診断実験室を併せた, 合計386の診断実験室からなる麻疹風疹診断実験室ネットワークが構築, 運営されており, 麻疹の血清診断や遺伝子検査が実施されている。

ワクチン接種事業の拡大と強化:2003年以降, 日本(2006年), ベトナム(2006年), フィリピン(2010年), カンボジア(2012年), パプアニューギニア(2016年)が麻疹含有ワクチン(MCV)の2回目定期接種を開始した。に, 2008~2017年までの, WPR全体でのMCVの1回目および2回目の定期接種の接種率と, 全国を対象としたMCVの一斉投与の年別国別の概要を示した。

IV.麻疹排除の達成と認証

麻疹排除状態の認証には,(1)認証基準に達するサーベイランスが構築されている,(2)土着性ウイルスの伝播が遮断されているという(遺伝子解析による)ウイルス学的証拠がある,(3)最後に確認された土着性ウイルスによる症例の発生から36カ月以上, 土着性ウイルス伝播が遮断されているという公的な文書がある, という3つの基準を満たしていることが必要とされる2)。2014年3月には韓国, オーストラリア, モンゴル, マカオが, 2015年3月には日本, カンボジア, ブルネイ・ダルサラームが, 2016年9月には香港が, 2017年9月にはニュージーランドが, これらの3つの基準を満たしているとして, 麻疹排除状態にあると認証された。

V.麻疹の再興

WPRでは, 2008年以降, 地域全体の定期接種率も, 重点国における全国一斉投与の接種率も, 概ね非常に高く, その結果, 麻疹排除の目標年である2012年には, これまでで最低の麻疹発生率が記録された。しかし, その後, 2013~2016年にかけて, 地域全体で麻疹の流行が拡大した()。その主要原因として,(1)2013~2016年まで中国で, 2013~2015年までフィリピンで, 麻疹ウイルスの伝播が再興し流行が全国に拡大したこと,(2)中国で再興した遺伝子型H1麻疹ウイルスがベトナム北部(2013~2014年), ラオス北部(2014年), モンゴル(2015~2016年)において, また, フィリピンで流行した遺伝子型B3麻疹ウイルスがパプアニューギニア(2014年)やソロモン諸島国(2014年)において麻疹の大流行を引き起こしたこと,(3)麻疹が排除状態, ないし排除状態に近づいている国(オーストラリア, 日本, 韓国, 香港, シンガポールなど)で, 遺伝子型H1, B3, D8, D9のウイルスによる輸入麻疹によって麻疹患者数が増加したこと, などがあげられる。なお, 2014年3月にいったん麻疹排除状態を認証されたモンゴルは, 輸入麻疹ウイルスによる全国規模の1年以上の流行により, 持続的伝播の再確立状態となった(IASR 38: 59-61, 2017)。

VI.WPRにおける現在の取り組み

土着性麻疹ウイルスの再興と輸入麻疹ウイルスによる大規模な流行を防ぐため, WPROは新しい麻疹排除の戦略と行動計画4)を提唱し, 2017年10月, WPRCがこれを承認した5)。新しい戦略と行動計画は, 以下の8つの分野からなる包括的な予防接種プログラムの強化を提案しており, 2018年3月現在, モンゴル, ベトナム, ラオス, カンボジアなどがこれを用いて, これまでの国家麻疹排除計画の全面的書き直しを行っている。

(1)国家計画の見直しと更新・基本的な予防接種事業の改善
 (2)ワクチン接種戦略の全面的な更新と拡大
 (3)麻疹と風疹の全症例報告サーベイランスの改善
 (4)実験室の機能・ネットワークの改善と拡充
 (5)定期的な事業内容の評価とリスクの査定
 (6)集団発生への応急対応の十分な準備と迅速な実施
 (7)異なる分野や組織の参加と協力, 教育活動, 市民参加
 (8)進捗状況の査定と排除状態の認証のさらなる促進

 

参考文献
  1. World Health Organization: Regional Committee Resolution WPR/RC54. R3, Expanded Programme on Immunization: Measles and Hepatitis B, Manila, 2003
  2. World Health Organization Reginal Office for the Western Pacific: Guidelines on Verification of Measles Elimination in the Western Pacific, Manila, 2013
  3. World Health Organization Reginal Office for the Western Pacific: Western Pacific Reginal Plan of Action for Measles Elimination, Manila, 2003
  4. World Health Organization Regional Office for the Western Pacific: Measles and Rubella Elimination in the Western Pacific - Regional Strategy and Plan of Action -, Manila (in print)
  5. World Health Organization: Regional Committee Resolution WPR/RC68. R1, Expanded Programme on Immunization: Measles and Rubella Elimination, Brisbane, 2017
 
世界保健機関西太平洋地域事務局 髙島義裕(たかしまよしひろ)
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