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難民から市民に拡大した麻疹アウトブレイク(2014年10月~2015年8月)―ドイツ・ベルリン

(IASR Vol. 39 p66-67: 2018年4月号)

麻疹はワクチン接種により安全, 効果的に予防ができる疾患である。世界保健機関(WHO)は麻疹および風疹の地域ごとの排除を目標としており, その達成と維持には2回の麻疹含有ワクチン接種率が95%以上あることが重要である。WHOヨーロッパ地域については2015年の排除目標の達成とはならなかった。ドイツでは予防接種常任委員会(STIKO)により, 生後11~14か月時点および15~23か月時点における2回の麻疹含有ワクチン接種が推奨されている。最近10年で就学時点でのワクチン接種率は上昇しているが, 95%にはとどいていない(2014年ドイツ全体:93%, ベルリン市:92%)。

欧州連合(EU)では近年多くの難民流入があり, 2014年には60万人, 2015年には130万人の難民登録申請があったと推測される。ドイツ・ベルリン市(人口350万人)では2014年に12,079人, 2015年にはその3倍の44,615人の難民登録があった。難民はドイツに到着すると, 初めに通称 “難民の家” と呼ばれる施設に集められる。難民に対しても国民と同様にワクチンを含む医療サービスに平等なアクセスが提供されるべきとされ, ワクチン接種の権利が法的に定められている。

ドイツでは麻疹は2001年以降, 全数報告対象疾患となっており, 2004年から2013年にかけての年間罹患率は1.5~28人/100万人で推移している。2014年10月頃からベルリン市で難民を中心とした患者増加がみられたため, サーベイランスの強化や難民の家での麻疹曝露後予防ワクチン接種の評価, 麻疹ウイルス流行における分子疫学サーベイランスを実施したので報告する。なお, 本調査対象は2014年第41週~2015年第35週に探知された, 国のサーベイランス届出症例定義に合致した者のうち, 輸入症例(初発例を除く, 症状出現の7~18日に渡航歴のある者)を除く, 遺伝子型D8が検出された症例とした。

対象期間中に1,344例の症例が報告された。年齢中央値は17歳(四分位範囲:4-29歳), 737例(55%)が男性, 943例(70%)が検査診断例, 345例(26%)が入院し, 1歳児1名が死亡した。864例(64%)が届出られた他の麻疹症例との明らかな疫学リンクはなかった。情報収集のできた1,258例のうち1,086例(86%)は麻疹含有ワクチン接種歴がなかった。

初発症例は2014年10月初旬にボスニアヘルツェゴビナからベルリン市に来た難民の5歳児だった。146例(11%)が難民であり, アウトブレイク初期に多く報告された。2014年末からはベルリン市民の症例が増加し, 最終的に1,101例のベルリン市民が麻疹として報告された。市民の発病率は1歳未満で100万人当たり3,334人と最も高く, 次いで1歳が多かった。症例数では成人が571例(52%)と最も多く, うち498例は1970年以降の出生だった。

32カ所の難民の家で症例を認め, 介入の行われた18施設では初発例発症から中央値7.5日で曝露後予防ワクチン接種が実施された。3施設では曝露後72時間以内に曝露後予防のワクチン接種が実施され, その後18日以内に新たな症例の報告はなかった。一方, 72時間以内の介入ができなかった残り15施設では16例の報告があった。すべての居住者に対し曝露後予防のワクチン接種が提示された8カ所の難民の家では, 2,390人中1,133人(47%)に接種が実施された。また曝露予防ワクチン接種の対象定義を適応した5カ所の難民の家では対象1,344人中706人(53%)に接種が実施された。

分子疫学的調査では, 351例から遺伝子型D8のウイルスが検出された。うち306例はMVs/Rostov on Don. RUS/47.13/2(以下D8-Rostov-Don)と呼ばれる系統であり, 2014年2月~2015年4月にボスニアヘルツェゴビナのアウトブレイクでも検出されている。45例からはD8-Rostov-Donと1~2塩基だけ異なる変異型が検出された。

今回のアウトブレイクは, 初めに麻疹ウイルスが難民によりベルリン市に持ち込まれ, 難民の間で広がり, その後ベルリン市民へと拡大した。市民の症例は, STIKOがワクチン接種歴のない場合や不明な場合に接種を推奨している1970年生まれ以降の成人が多かった。地方公衆衛生局により介入のあった, 難民の家での麻疹曝露後予防のワクチン接種は, 多くの接触者が麻疹患者との接触後72時間以内での接種ができなかったことに加え, 接種対象者の半分にも接種ができなかった。また, 分子疫学的解析により, 本アウトブレイクではD8-Rostov-Don系統の麻疹ウイルス株が流行していたことが分かった。

本アウトブレイクにより, 難民に麻疹含有ワクチン接種を適時に提供することが重要であることや, ベルリン市民における成人のワクチンギャップを埋めるために, ワクチン接種のキャッチアップキャンペーンが早急に必要であることが示された。また, 難民の間で発生した感染症のリスクを評価するためのサーベイランスも常時続けていくことが重要である。

〔出典:Eurosurveillance 2017; 22(34)〕

 

抄訳担当:
国立感染症研究所感染症疫学センター 小林祐介 神谷 元 砂川富正

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