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ムンプス髄膜炎と実験室診断

(IASR Vol. 39 p99-101: 2018年6月号)

1.はじめに

国内では無菌性髄膜炎(aseptic meningitis, 以下AM)の起因ウイルスに占めるムンプスウイルス(以下MuV)の割合は, エンテロウイルスに次いで2番目に多い。また, おたふくかぜ(流行性耳下腺炎, 以下ムンプス)の合併症の中でムンプス髄膜炎(mumps meningitis, 以下MM)は, 最も頻度が高く(患者の1~10%), ムンプスによる入院理由の第1位である1)。ムンプスはワクチンで予防できる疾病であり, ワクチン接種がムンプスの合併症リスクを低減する唯一の手段である。しかし, 任意接種のため, ワクチン接種率はいまだに30~40%に低迷している。それがいまだにムンプスがAMの主因に留まっている原因である。

2.MMの実験室診断

AMの起因病原体には多種多様なウイルスの他に, 真菌, リケッチア, マイコプラズマ, 寄生虫などが含まれる。また, MMには耳下腺腫脹を伴わないケースもあるため, 診断確定には実験室診断が欠かせない。

ムンプスの実験室診断には抗体を調べる血清学的診断と, ウイルスあるいはウイルス遺伝子を検出するウイルス学的診断法がある。実験室診断法の種類と特徴を表にまとめた。正しい診断を下すためにはそれぞれの手技の特徴を理解して, 使い分ける必要がある。

血清学的診断には市販の酵素抗体法(EIA法)キットによるIgM抗体の測定が広く用いられる。IgM抗体は感染初期に上昇するため, 近時感染の証明になる。EIA法は保険収載されていることもあり, 臨床の現場で最も広く用いられている検査法である。AMの場合には, 血清に加えて髄液においてもIgM抗体が検出される場合が多いので, 診断の参考になる。しかし, 過去にワクチン接種歴や自然感染歴があるケースではIgM抗体が陰性となるケースが多いため, IgM抗体が陰性であるからといってムンプス感染を否定することはできない2)

ウイルス学的診断法には, 細胞培養によってMuVそのものを検出するウイルス分離と, MuV遺伝子を検出する遺伝子検査法とがある。

ウイルス分離はウイルス学的診断法のゴールドスタンダードであるが, 検査を行うには安全キャビネットや培養器などの特別な設備が必要であり, 大学病院や地方衛生研究所などの限られた施設でしか実施できない。MMの場合, 診断材料としては通常髄液を用いる。髄液は無菌的に採取されるので, そのままVero細胞やLLC-MK2細胞などの感受性細胞に接種できる。しかし, MMを発症した時点で髄液からMuVが検出されない場合も有るので, 同時に唾液や尿を採取しておくことも重要である。エンテロウイルス感染の可能性も考慮すれば便を採取しておくことも必要である。唾液を検査に用いる際には, 抗菌薬を含んだ培地に浮遊し, メンブレンフィルターや遠心によって除菌した後, 細胞に接種する。ムンプスの場合,咽頭ぬぐい液よりも, 唾液からの検出がより効率が高い。発症直後に採取され, 凍結融解されていない新鮮な検体であれば接種して数日でCPEが出現する場合が多い。1週間を過ぎてCPEが出現しない場合でも, 細胞を継代培養することによってCPEが出現する場合があるので, 最低でも2回の継代培養が望ましい。また, MuVの中には明確なCPEを発現しない株があるため, 一見CPEが陰性であっても, 蛍光抗体法や遺伝子検査法で確認する必要がある。ウイルス分離の検出感度は, 凍結融解された検体では遺伝子検査法に比べてかなり落ちる3)

迅速で, 信頼性の高い検査法は遺伝子検査法である。現在では主に, RT-PCR法, RT-LAMP法が用いられている。臨床の現場では, 迅速で, 感度の高いRT-LAMP法が多用されており, 保険収載を望む声が多い。RT-PCR法は最も感度が高く, MuVの塩基配列を解析できるため, ワクチン副反応例におけるワクチン株の同定や, 流行株の系統解析に有用である。real-time PCRはRT-PCR法と同程度に感度が高く, 加えて交差汚染のリスクが低いことから, 世界保健機関(WHO)が推奨している。特にRNAから直接1段階の反応で検出できるone-step RT real-time PCRは信頼性, 利便性が高い。遺伝子検査法は検出感度が高いが, 検体はできるだけ発症直後に採取するのが望ましい。発症から数日経過すると検出率が大幅に低下する。

3.おわりに

日本におけるMMは特異な状況にある。海外では先進国を含む121の国で定期接種を導入しており, これらの国々ではMMは過去の疾患になりつつある。MMや難聴などのムンプス合併症のリスクを低減するためには, 一刻も早いワクチンの接種率向上が求められる。折しも, 2020年は東京でオリンピック・パラリンピックが開催されるが, この年は全国的なムンプス流行が予想される年である。国内でのムンプス感受性者の蓄積と, 海外からの旅行客の増加が国内流行の増大を招くリスクはもとより, 日本から海外への感染の拡散が懸念される。それまでにワクチン接種率の底上げは不可欠であろう。

 

参考文献
  1. 川口将宏ら, 小児臨床免疫 29: 227-233, 2017
  2. 国立感染症研究所, 厚生労働省健康局結核感染症課, IASR 37: 185-204, 2016
  3. Kidokoro M, et al., J Clin Microbiol 49(5): 1917-1925, 2011
 
 
国立感染症研究所ウイルス第三部第三室室長 木所 稔
Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan