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免疫不全患者と水痘・帯状疱疹ウイルス~造血器疾患を中心に~

(IASR Vol. 39 p136-138: 2018年8月号)

1.はじめに

悪性腫瘍や移植患者などでは, 疾患自体あるいはその治療により引き起こされる免疫不全, 特に水痘・帯状疱疹ウイルス(varicella zoster virus: VZV)に対する特異的細胞性免疫の低下により, 一般人口よりも高率にVZV感染症を経験する。造血器疾患であれば, リンパ球の産生低下や化学療法に伴う機能障害, 移植〔特に同種移植後の移植片対宿主病(graft-versus-host disease: GVHD)とその治療のための免疫抑制剤・ステロイド〕などで発症リスクが高まる。それは時に重篤化し, 生活の質(quality of life: QOL)を低下させ, また, 後遺症を残したり, 時に致死的経過を辿る場合もある。従って, 個々の患者の背景(年齢, 疾患, 治療内容など)を評価し, 経時的な免疫状態を把握して, 極力発症を未然に防ぐべく対策を講じることが重要となる。

2.疫学と臨床学的特徴

免疫不全状態では, 既に潜伏しているVZVが再活性化し, 帯状疱疹を引き起こすリスクが高い。化学療法や自家造血幹細胞移植(自家移植)に比べて, 同種造血幹細胞移植(同種移植)患者での帯状疱疹の発症率がより高く, 抗ウイルス薬の予防投与を行わない場合の移植後1年以内の発症率は30~40%にのぼる。播種性皮膚病変を呈する患者や, 限局性の皮膚病変でも細菌感染を合併したり, 帯状疱疹後神経痛(posther-petic neuralgia: PHN)を伴う患者が多い。また, 症状が非典型的である場合が多く, 診断に難渋する場合がある。特に皮膚病変を伴わずに突然の腹痛で発症したり, 劇症肝炎を合併して短期間で致死的経過を辿ったりすることがある内臓播種型には注意が必要である。多くの場合, 典型的な皮膚病変から診断は比較的容易だが, 非典型的な場合は皮膚病変の擦過検体を用いたVZV抗原検出のための蛍光抗体法, 皮膚病変を伴わない内臓播種型が示唆される場合はPCR法による血中VZV検出などの検査を行い診断する。

3.リスク要因と抗ウイルス薬の予防投与

免疫不全と一概に言っても, そのレベルは個々の患者で異なる。例えば, 悪性腫瘍全般における感染管理のガイドラインでは, 高リスク要因として, 同種移植, ステロイド治療を要するGVHD, プロテアソーム阻害薬やアレムツズマブの使用が, 中間リスク要因としては, 悪性リンパ腫, 多発性骨髄腫, 慢性リンパ性白血病, プリンアナログ製剤の使用, 自家移植が挙げられ, そのリスクに応じた抗ウイルス薬の予防投与が推奨されている1)

特にリスクが高い同種移植患者における抗ウイルス薬の予防投与の有用性は立証されており, 本邦および欧米のガイドラインではアシクロビル(acyclovir: ACV)またはACVのプロドラッグであるバラシクロビル(valacyclovir: VCV)の長期予防投与が推奨されている2-4)。当初は, 高用量のACVを用いて比較的期間を短く(移植後6カ月など)規定した予防法が試みられたが, 投与中止後に帯状疱疹を発症する場合が多く, 全発症率を低下させるには至らなかった。その後, ACVの投与量を減量し, 投与期間を延長する方向で検討が繰り返され, 欧米では, 現在, ACV 800mg/回1日2回またはVCV 500 mg/回 1日2回による予防投与が推奨されている3,5,6)。国内の検討では, 200~400mg/回1日1回など, より少ない投与量を用いた予防対策の有効性が確認されている7,8)

予防投与期間については, まだ一定の見解は得られていないものの, ある程度十分な免疫回復が期待できる時期まで予防投与が継続されることが推奨される。同種移植であれば少なくとも移植後1年で, 慢性GVHD合併時や免疫抑制療法下では延長を考慮する3,4)。また, 自家移植であれば少なくとも移植後半年~1年, その他前述の中~高リスク要因に該当する場合において, CD4陽性細胞数を参考にして投与期間を調整するなどの工夫もなされている1)。抗ウイルス薬の予防投与に関しては, 200~400mg/回1日1回などの少量でも良いので宿主免疫が十分回復するまで継続することが重要であろう。

4.予防接種の展望と課題

同種移植患者では, ACVの長期予防投与を行ってもなお, 中止後に帯状疱疹を発症したり, ブレイクスルーVZVを経験することがある。そのため, VZV特異的細胞性免疫を誘導するためのワクチン接種が検討されている。本邦および欧米におけるガイドラインには, 移植後少なくとも2年以上かつ免疫抑制剤終了後1年以上経過など一定の条件をクリアした患者に対する弱毒生ワクチンの接種の推奨に関する記載があるが9,10), 現時点では, その有効性は科学的に証明されていない。本邦では, 乾燥弱毒生水痘ワクチン「ビケン」が用いられ, 力価および副作用の観点からその有用性が期待されるものの, 生ワクチンであるため, 移植後2年以内に接種することは許容されていない。また, ワクチン株によるVZV発症リスクも考慮する必要がある。一方, 近年ではサブユニットワクチンや不活化ワクチンの開発も進められており11), 弱毒生ワクチンよりも早い段階での接種が可能, かつ予防接種に起因する発症リスクもないことから, 同種移植患者における実用化が切望される。

5.おわりに

造血器疾患を中心とした免疫不全患者においては, 原疾患に対する治療の進歩による免疫不全状態の多様化とも相まって, VZV感染症のリスクは依然として高い。予防的抗ウイルス薬投与の導入により, 重症感染症に至るリスクは低下したが, PHNなどの合併症はQOLを著しく損ねる可能性がある。さらなるVZV感染症の克服に向けて, 抗ウイルス薬の予防量および投与期間の検討とともに, 宿主の免疫応答を惹起する予防接種を組み合わせた新たな予防対策を模索する必要があるだろう。

 

参考文献
  1. Baden LR, et al., J Natl Compr Canc Netw 14: 882-913, 2016
  2. 造血細胞移植ガイドライン, ウイルス感染症の予防と治療, ヘルペスウイルス感染(HSV・VZV), 日本造血細胞移植学会ガイドライン委員会, 2018
  3. Tomblyn M, et al., Biol Blood Marrow Trans-plant 15: 1143-1238, 2009
  4. Zaia J, et al., Bone Marrow Transplant 44: 471-482, 2009
  5. Boeckh M, et al., Blood 107: 1800-1805, 2006
  6. Erard V, et al., Blood 110: 3071-3077, 2007
  7. Asano-Mori Y, et al., Am J Hematol 83: 472-476, 2008
  8. Kanda Y, et al., Bone Marrow Transplant 28: 689-692, 2001
  9. Rubin LG, et al., Clin Infect Dis 58: e44-100, 2014
  10. 造血細胞移植ガイドライン, 予防接種 (第3版), 日本造血細胞移植学会ガイドライン委員会, 2018
  11. Bharucha T, et al., Hum Vaccin Immunother 13: 1789-1797, 2017

 

虎の門病院血液内科  湯淺光博 森 有紀

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