印刷
IASR-logo

帯状疱疹ワクチンの導入について

(IASR Vol. 39 p141-142: 2018年8月号)

はじめに

水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)は, 初感染で水痘を引き起こした後, 知覚神経節に潜伏感染しているが, 免疫低下などが誘因となり再活性化を起こして帯状疱疹を生じる。わが国における帯状疱疹の発生頻度は年間1,000人当たり5人程度とされている。加齢に伴い増加する傾向があり, 50歳を境に発症率が急激に上昇し, 70歳以上では1,000人当たり10人以上となる。高齢化が進行しているわが国においては, 今後ますます患者の増加が予想される。1980年代に, アシクロビルをはじめとする抗ヘルペスウイルス薬が登場して以来, 帯状疱疹の治療成績は飛躍的に向上した。しかし現在でも, 様々な合併症や帯状疱疹後神経痛(PHN)により長期にわたり苦しむ患者が少なくなく, ワクチンによる予防が重要である。米国やヨーロッパの一部では約10年前から, 帯状疱疹予防ワクチンとして高力価水痘ワクチン(ZOSTAVAX®)が用いられていたが, 本邦においても2016年3月より, 水痘ワクチンが高齢者の帯状疱疹予防目的で使用できるようになった。

1.水痘ワクチンによる帯状疱疹の予防

1) 水痘ワクチンによる細胞性免疫の増強作用

Takahashiらは, 50~79歳の高齢者127人を対象として, 水痘ワクチンの接種を行い, 接種の前後でVZVに対する免疫力を測定した1)。その結果, VZVに対する細胞性免疫(水痘皮内反応), 液性免疫(VZV特異的抗体価)はともに加齢に伴って低下する傾向がみられ, さらに水痘ワクチン接種が, VZVに対する免疫力の回復, 特に細胞性免疫の増強に有効であることが明らかになった。この結果をもとに, 2004年に水痘ワクチンの添付文書が改訂され, 「水痘ウイルスに対して免疫能が低下した高齢者」 が, 接種対象者として新たに追加され, さらに2016年3月には, 効能・効果に「50歳以上の者に対する帯状疱疹の予防」が追記された。

2) 水痘ワクチンによる帯状疱疹の予防効果

カリフォルニア大学のOxmanらは, 米国で使用されている水痘ワクチン(日本のOka株を用いてメルク社で作製されたOka-Merck株ワクチン)よりも力価が約14倍高い高力価Oka-Merck株ワクチン (ZOSTAVAX®) を用いて, 60歳以上の成人38,546人を対象に, 大規模な無作為二重盲検プラセボ対照試験を実施した2)。38,546人の約半分にワクチンを接種, 半分にプラセボを接種し, 平均3.12年の観察期間後に統計処理を行った結果, ワクチン接種群ではプラセボ群と比べて, 帯状疱疹の発生率が51.3%減少, PHNの発生率も66.5%減少し, 帯状疱疹の重症度も61.1%低下したと報告している。この結果を受けて米国食品医薬品局(FDA)は, 2006年にこのメルク社製帯状疱疹予防ワクチンを60歳以上の高齢者を対象に使用することを承認し, さらに2011年からは50代への接種も許可した。わが国においても, 2016年3月に, 本邦で使用されている水痘ワクチンを高齢者の帯状疱疹予防に使用することが承認された。わが国の水痘ワクチンの力価(約30,000 pfu)は, 米国で使用されている水痘ワクチンの力価よりもかなり高く, ZOSTAVAX®の力価(18,700~60,000 pfu)に匹敵しているため, 小児用の水痘ワクチンが, そのまま帯状疱疹予防にも用いられている。

2.帯状疱疹ワクチンの課題

2016年から本邦においても, 高齢者に対して帯状疱疹予防ワクチンが使用可能となったが, なおいくつかの解決すべき課題がある。

1) 接種対象者:ZOSTAVAX®ならびに本邦の水痘ワクチンはいずれも生ワクチンであるため, 免疫不全患者への接種は認可されていない。すなわち, 白血病, 抗がん剤使用中, 免疫抑制療法中, AIDSなどでは使用できない。しかし, 免疫不全患者は帯状疱疹のハイリスク群であることを考えると, 予防接種の必要性が高い。今後, これらの免疫抑制患者については, サブユニットワクチン (Shingrix®) が有力な選択肢となり得るものと考えられる。

2) ワクチン効果の持続期間:現在のところワクチンによる帯状疱疹の予防効果がいつまで持続するのかについて, 明確な答えは出ていない。2004~2015年の間に発表されたランダム化比較試験の6つの論文についてのシステマティックレビューによると, ZOSTAVAX®接種後3~11年で予防効果が減弱すると報告されている3)。長期的な予防効果に関する正確な評価には, さらなる追跡調査が必要である。

3) ワクチンの普及:2014年10月に小児水痘ワクチンが定期接種化されて以降, 水痘の流行が激減し, 高齢者がブースター効果を得る機会が減少している。そのため高齢化による影響に加え, 水痘流行の減少が帯状疱疹のさらなる増加に繋がることが予想される。従って, 帯状疱疹予防ワクチンが使用できるようになったこの機会に, 帯状疱疹が予防可能な疾患であることを広く知ってもらい, ワクチンの普及を促すことが必要と考えられる。

おわりに

抗ヘルペスウイルス薬が登場して以来, 帯状疱疹の治療成績は飛躍的に向上したが, 今なお, 合併症や頑固な神経痛に苦しむ患者は少なくない。高齢化や水痘流行の減少の影響により今後さらなる患者の増加が予想されるが, 高額な抗ウイルス薬の使用や長期にわたる神経痛の治療は, 医療費の増大にもつながる。わが国においても, ようやく帯状疱疹予防に水痘ワクチンが使用できるようになった。今後は, このワクチンが広く使用され, 帯状疱疹や神経痛に悩まされる患者の減少に役立つことはもとより, 高齢者医療費の削減にも役立つものと期待している。

 

参考文献
  1. Takahashi M, et al., Vaccine 21: 3845-3853, 2003
  2. Oxman MN, et al., N Engl J Med 352: 2271-2284, 2005
  3. Cook SJ, et al., Clin Ther 37: 2388-2397, 2015
 
 
奈良県立医科大学  皮膚科 浅田秀夫
Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan