印刷
IASR-logo

わが国におけるマラリア治療薬

(IASR Vol. 39 p171-172: 2018年10月号)

はじめに

マラリア原虫の薬剤耐性出現を阻止するとして, 世界保健機関(WHO)は2001年からアルテミシニン誘導体とその他の抗マラリア薬を併用するArtemisinin-based combination therapy(ACT)を推奨し, 現在はマラリア治療の世界標準となっている。一方, 2012年までにわが国で承認されているマラリア治療薬は, キニーネ塩酸塩, メフロキンのみ(スルファドキシン/ピリメタミン合剤は2009年に製造販売中止)であったが, 未承認薬を使用した「熱帯病治療薬研究班(略称)」の研究成果, および厚生労働省のいわゆるドラッグ・ラグ解消の方針と研究班, 関連団体の要望が相まって, 2012年12月以降にアトバコン・プログアニル合剤, プリマキン, アルテメテル・ルメファントリン合剤が次々と承認された1)。本稿では新たに承認されたこれらの薬剤とわが国におけるマラリア治療について概説する。

アトバコン・プログアニル合剤

薬剤耐性マラリア原虫の治療薬として開発された薬剤である。世界では1990年代後半から合併症のない熱帯熱マラリア治療に使用され, マラリア流行地で反復する罹患歴のある者(semi-immune)とマラリア罹患歴のない渡航者(non-immune)のいずれに対しても有効性と安全性が報告されていた。日本では1999年から研究班の保管薬として投与され, 熱帯熱マラリア患者の治療において, メフロキンと同等の有効性とメフロキンと比較して副作用が少ないことが報告された2)。さらに熱帯熱マラリア患者での症例が蓄積され, 三日熱マラリア, 卵形マラリア患者への効果と安全性が報告された3)。2013年2月にアトバコン250mg/プログアニル100mg錠が発売され, 2016年6月には小児用配合錠(アトバコン62.5mg/プログアニル250mg)が発売された。成人, 小児のマラリア治療と予防に適応がある。

プリマキン

三日熱マラリア, 卵形マラリアでは急性期の治療に加え, 原虫の休眠体を殺滅するプリマキンを投与し根治治療を行う。日本では日本熱帯医学会が2011年の第2回「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬の要望募集」にプリマキンの国内承認の要望を提出し採択され, 研究班がデータをまとめて報告4)し, 2016年6月に発売された。G6PD欠損症患者では溶血発作を生じる可能性があるためプリマキンは投与禁忌である。日本人のG6PD欠損症患者の割合は低いが, サハラ以南アフリカでは20%を超える地域もあるため薬剤投与前にG6PD活性を測定することが望ましい。G6PD活性の測定は獨協医科大学越谷病院検査部や国立国際医療研究センター研究所・熱帯医学・マラリア研究部などに相談する。

アルテメテル・ルメファントリン合剤

2017年3月に発売されたACT薬である。研究班の報告5)では, 流行地出身の熱帯熱マラリアの外国人患者における治療成功率が100%(n=28)であったのに対し, 日本人患者では82.1%(23/28)であった。治療効果が得られなかった患者の体重(平均±標準偏差値:72.6±6.9 kg)は治療成功患者(同:61.8±9.6 kg, p<0.05)に比して有意に重かった。また, 高原虫血症のみ該当する臓器障害を伴わない重症マラリアに本剤を投与された症例のうち4例で遅発性溶血性貧血を合併した。これは他の報告に比較して合併率が高いものであった。ようやく日本で使用できるようになったACT薬ではあるが, 研究班の報告に示されたとおりnon-immuneで比較的体重が重い患者では治療効果が得られないことがあり得る。また高原虫血症の患者に投与された場合, 溶血性貧血を合併する頻度が高かったこと, WHOガイドラインでは重症マラリアに対する治療はアーテスネートまたはキニーネ静注薬であることから, 高原虫血症の患者への本剤の投与は推奨できないことを強調しておきたい。なお, 症例数は少ないものの, 非熱帯熱マラリアに対する治療成功率は外国人(n=1), 日本人(n=5)患者を問わず100%であった。

おわりに

に示すようにわが国で承認されたマラリア治療薬は5種類となった。合併症のないマラリアと非熱帯熱マラリアについては世界標準の治療が可能である。しかし重症マラリアの治療薬としてWHOガイドラインで推奨されているアーテスネート注射薬はわが国では入手困難であり, 研究班が輸入・管理しているグルコン酸キニーネ注射薬が治療の選択肢となる。グルコン酸キニーネ注射薬による治療は研究班薬剤使用機関で行うことを前提としているが, 転院に時間を要し承認薬がすぐに入手できる状況では, これらの薬剤を投与することも検討する。詳細は研究班作成の寄生虫症薬物治療の手引き1)および研究班ホームページ(https://www.nettai.org)を参照されたい。

 

文 献
  1. 寄生虫症薬物治療の手引き(日本医療研究開発機構新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「わが国における熱帯病・寄生虫症の最適な診断治療体制の構築」班, https://www.nettai.org
  2. Hitani A, et al., J Infect Chemother 12: 277-282, 2006
  3. Kimura M, et al., Parasitol Int 61: 466-469, 2012
  4. Shimizu S, et al., Travel Med Infect Dis 13: 235-240, 2015
  5. Nakamura-Uchiyama F, et al., Travel Med Infect Dis 22: 40-45, 2018

 

東京都保健医療公社荏原病院
 感染症内科 中村(内山)ふくみ
宮崎大学医学部感染症学講座
 寄生虫学分野 丸山治彦

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan