国立感染症研究所

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薬剤耐性マラリアの最新疫学知見

(IASR Vol. 39 p173-174: 2018年10月号)

1.アルテミシニン誘導体と耐性

アルテミシニン誘導体は1970年代に中国でヨモギ属の植物であるクソニンジン(Artemisia annua)の抽出成分から作られた抗マラリア薬であり, 治療後数時間でヒト体内の99.99%のマラリア原虫を消失させる。2000年代半ばから, 本誘導体を中心薬とした併用療法が世界中の流行地で導入されたことによりマラリア死亡者は著明に減少した。この貢献により, 本誘導体の開発者である屠呦呦が2015年にノーベル医学生理学賞を受賞したのも記憶に新しい。アルテミシニンは赤血球に感染したマラリア内で活性化されラジカルを形成する。このラジカルが, 原虫蛋白, 脂質, 核酸などを損傷することにより抗原虫作用を示すと考えられている。

アルテミシニン耐性熱帯熱マラリア原虫の出現は, 2009年にタイ・カンボジア国境での第一報後, 分布域が拡大している。重要なことはアルテミシニン耐性の定義が, 従来の抗マラリア薬での定義と異なっている点である。現在提唱されているアルテミシニン耐性は, 「アルテミシニン治療後に体内からマラリア原虫が消失する時間の遅延」となっており, 耐性イコール治療不全とはならない。これは, 現時点で原虫が獲得している耐性機構は不完全で, 治療不全を起こす段階, すなわち「完全」耐性まで至っていないことを意味している。しかし, このような原虫の分布域拡大は, 「完全」耐性原虫が出現する可能性を上昇させる。また, タイ・カンボジア国境ではアルテミシニン併用薬であるピペラキンへの耐性原虫が出現, 拡散し始めている。このような状況にもかかわらず, 現時点でアルテミシニン同等の治療効果を示す抗マラリア薬は承認されておらず, 創薬や耐性の出現, 拡散防止に向けた取り組みが急ピッチで進められている。

2.アルテミシニン耐性の分子マーカーK13

2014年にアルテミシニン耐性の責任遺伝子としてK13が同定された1)。本遺伝子がエンコードするK13蛋白のC末端側のドメインには6つのkelchモチーフというユニークなプロペラ様構造がある。ヒトではKeap1が本構造を持つ。Keap1は生体防御反応の遺伝子発現を制御し, 酸化ストレスへの反応を亢進させる。K13遺伝子はヒトマラリア, 齧歯類マラリア原虫の種間で良く保存されている。筆者は, 野生株にはほとんど変異がなく, ハウスキーピング遺伝子と同じくらい変異を許容しにくい遺伝子であること, しかし, アルテミシニンによる選択圧により原虫集団ではK13に様々な変異が蓄積されていくことを明らかにした2)。現在200種類以上の変異が野生株で同定されているが, いくつかの変異はアルテミシニン耐性レベルを上げることがゲノム編集によって証明されている3)

K13にはアルテミシニン耐性の遺伝マーカーとしての役割が期待されているが, 多くの変異をもつことから最適なマーカーの開発が必須である。近年の疫学調査からC580Y変異が有力な候補変異とされる知見が蓄積されてきた。本変異を感受性原虫に遺伝子導入するとアルテミシニンへ耐性化するが, その耐性レベルは中程度である。しかし, C580Y変異は耐性が存在するメコン流域で最も広く分布している変異であり, もともとは他の変異が優位であった地域においても, C580Yが他変異に取って代わってきている4)。耐性変異を獲得するとそれと引き換えにfitness(適応度:次世代に残す子孫の期待値)が低下することは良く知られている。C580Y変異ではfitnessの低下が他の変異に比べ低いこと, さらにK13以外のバックグラウンド変異がfitnessをさらに代償する可能性が明らかになってきた5)。ゲノムワイド関連解析によってこのような推定バックグラウンド遺伝子変異の正体についても明らかになってきた6)。筆者らは, 耐性原虫の分布しない地域では本変異がほとんど存在しないことを見出している。今後, K13のC580Yと適切なバックグラウンド変異を組み合わせることによって有用なアルテミシニン耐性の遺伝マーカーとなる可能性が高い。

3.アフリカでのアルテミシニン耐性原虫の発見

全マラリアの9割がアフリカで起こっており, 現在の第一選択薬であるアルテミシニンへの耐性が拡大, 蔓延化するとマラリア対策の脅威となる可能性が高い。これまでの検討では, アルテミシニン耐性の分布はメコン流域に限局しているとされていた。しかし, 筆者らはアフリカのウガンダ共和国において2014年の段階ですでにアルテミシニン耐性原虫が出現していることを発見した7)。この耐性はin vitroレベルでの耐性であり, 臨床的な耐性を示すかどうかについては現在調査中である。K13変異は耐性4例中1例にしかみられなかった。最近メコン流域でもK13変異によらないアルテミシニン耐性原虫の出現が報告されており8), 本例もK13変異とは異なった機序によってアルテミシニンへ耐性化した可能性が高い。さらに, この耐性原虫はいずれも東南アジアからの移入ではなく, アフリカを起源としていることが明らかになった。これまで赤道ギニアから帰国した中国人にアルテミシニン耐性原虫に感染していた可能性が報告されており9), アフリカにおいてもすでに耐性原虫が出現している可能性は否定できない。

マラリアに頻回に感染するアフリカの流行地では, 薬剤への耐性原虫による感染であっても良好な治療効果を示すことがよくみられる。マラリアへの免疫や抵抗性など宿主のもつ因子が治療効果を促進しているためと考えられるが, このようなin vivoのみの検討では, 耐性の出現を過小評価することになってしまう。一方, in vitroでのアッセイは宿主因子の影響をかなり除き, 原虫の持つ耐性ポテンシャルを客観的に判断することができるが, 実施には多くのノウハウが必要であり, さらに原虫を培養できる設備も必要となる。分子疫学的手法は乾燥血液濾紙検体から情報を得られるため, 結果を簡便に得ることができる。また, K13における有用なマーカーも徐々に明らかになってきた。しかし, それらの地域偏在性については情報が不十分である。また, 上述したK13に関係しないアルテミシニン耐性原虫の同定は不可能である。

以上の点から, アルテミシニン耐性原虫の出現, 拡散を簡便に検出する決定的な方法はまだ開発されていないと言える。現状ではアルテミシニン治療後の原虫半減期の測定, 治療効果測定(treatment efficacy study)といったin vivoの方法にring stage survival assay(RSA)やK13を用いた分子疫学的な手法を組み合わせつつ総合的に判断することが最適解となる。また, マラリア流行国から帰国したマラリア患者の詳細な検討によって耐性の拡がりを推定することも行われている。このような点でもわが国のようなマラリア非流行国の果たす役割は大きい。

 

文 献
  1. Ariey F, et al., Nature 505: 50-55, 2014, doi: 10.1038/nature12876
  2. Mita T, et al., Antimicrob Agents Chemother 60: 3340-3347, 2016, doi:10.1128/AAC.02370-15
  3. Straimer J, et al., Science 347: 428-431, 2015, doi:10.1126/science.1260867
  4. Anderson TJ, et al., Mol Biol Evol 34: 131-144, 2017, doi:10.1093/molbev/msw228
  5. Nair S, et al., Antimicrob Agents Chemother, 2018, doi:10.1128/aac.00605-18
  6. Miotto O, et al., Nat Genet 47: 226-234, 2015, doi:10.1038/ng.3189
  7. Ikeda M, et al., Emerg Infect Dis 24: 718-726, 2018, doi:10.3201/eid2404.170141
  8. Mukherjee A, et al., Malar J 16: 195, 2017, doi:10.1186/s12936-017-1845-5
  9. Lu F, et al., N Engl J Med 376: 991-993, 2017, doi: 10.1056/NEJMc1612765

 

順天堂大学医学部
熱帯医学・寄生虫病学講座
 美田敏宏

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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