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2018/19シーズンインフルエンザワクチン株選定経過と製造過程を踏まえた状況

(IASR Vol. 39 p195-197: 2018年11月号)

2017/18シーズンにおけるインフルエンザワクチン株の決定プロセスについては, IASR 2017年11月号に詳述した(IASR 38: 225-226, 2017)。そこで明らかになった課題を考慮し, 2018/19シーズンに向けては, 新たな株選定の枠組みを設け, その中で検討することとした。本稿では, その策定の経緯と実際の検討状況について記述する。

1.2017/18シーズンの株選定プロセスからみた課題と対応策

2017/18シーズンのインフルエンザワクチンの供給については, 当初, 国立感染症研究所(感染研)が選定した株について, 増殖効率が想定より著しく悪いことが判明し, ワクチン株の切替えを行ったこと等の影響により, 例年より供給が遅れ, ワクチン供給関係者等への累次にわたる要請等, 対応を行ってきた。昨シーズンのインフルエンザワクチンをめぐっては, 株選定のプロセス, 供給の実態も含め多くの報道がなされ, 国民の多くが知るところとなった。シーズンを通して, 浮かび上がってきた, ワクチン株選定プロセスに関する課題は, 以下の3点に集約される;

①ワクチン株選定のプロセスについて, 透明性が確保されていないのではないか。
 ②抗原相同性の議論と供給可能量の議論を十分に勘案するべきではないか。
 ③製造効率に関する検討方法を見直すべきではないか。

③については, インフルエンザHAワクチンの製造方法を大まかに記載すると, 発育鶏卵にウイルスを接種・培養し, 感染尿膜腔液を濃縮・精製し, しょ糖密度勾配遠心によって得られた精製ウイルス液をスプリット工程で処理し, ワクチン原液を得る。製造候補株の増殖性評価方法は, これまでしょ糖クッション法によって得られた精製ウイルス液を用いて, 昨年度製造株とタンパク質収量を比較して行ってきており, 実生産ベースでのワクチン供給量と大きく乖離する結果は得られなかった。しかし, 昨年の候補株とされたA/埼玉/103/2014(CEXP002)は, しょ糖クッション法での増殖性評価では, 例年並みの供給量を達成できる数値であると判断されたものの, 実製造ベースでの増殖効率は著しく低いことが判明した。後の検証により, スプリット化工程のエーテル処理過程(しょ糖クッション法のさらに下流の製造工程)で何らかの収率低下が起きたことが判明した。そのため, 従来のしょ糖クッション法に代わる増殖性の評価方法が求められることとなった。

次年度以降, 同様の状況が生じるリスクを低減するため, ワクチン株の選定・決定に関して, 以下を基本的な考え方とした。

製造株の選定に当たっては, 原則として世界保健機関(WHO)が推奨する株の中から, 期待される有効性およびワクチンの供給可能量を踏まえた上で, 双方を考慮した有益性(4種類の製造株に係る有益性の総和)が最大となるよう検討を行う。

基本的な考え方に沿って, 先ほどの課題に対する対応策は, 有効なものが安定的に供給できるよう, 以下のような見直しを図ることとした。

①最終的に国が責任を負うワクチン株の決定について, 第三者性が担保されていることを明確化すること。
 ②ワクチン株の選定について, 抗原の類似性, ヒトで期待される効果と供給可能量を踏まえた総合的な評価を行うこと。
 ③ワクチン株の増殖効率について, 株選定時により精度の高い考察が可能となるよう, 必要な試験項目の追加等を行うこと。

①に対しては, 「季節性インフルエンザの製造株について検討する小委員会」を厚生科学審議会 予防接種・ワクチン分科会 研究開発および生産・流通部会の下に設置し, 公開の審議会で選定を行うこととした。

②に対しては, 抗原相同性と予想可能な供給量の両者を資料として提示し, 基本的な考え方に沿って総合的に判断をすることとした。

③に対しては, A型の野生株または低増殖の製造候補株については, スプリット化工程も含む小生産スケールでの増殖性評価により生産性を評価することとした。

2.第1回季節性インフルエンザの製造株について検討する小委員会について

2018/19シーズン 北半球向けのインフルエンザワクチン 世界保健機関(WHO)推奨株は以下の通りである;

A/Michigan/45/2015(H1N1)pdm09-like virus;
 A/Singapore/INFIMH-16-0019/2016(H3N2)-like virus;
 B/Colorado/06/2017-like virus(B/Victoria/2/87 lineage); and
 B/Phuket/3073/2013-like virus(B/Yamagata/16/88 lineage)

まず, A(H1N1)pdm09亜型については, 流行ウイルスの遺伝的, 抗原的性状は, 昨シーズンの流行株からほとんど変化がなく, フェレット感染血清を用いた赤血球凝集抑制(HI)試験による抗原性解析では, 国内外のほぼすべての流行株は, 2017/18シーズン北半球向けのWHOワクチン推奨株A/ミシガン/45/2015およびわが国でワクチン製造株に採用したA/シンガポール/GP1908/2015(IVR-180)に類似していた。

わが国においては, A/ミシガン/45/2015類似株であるA/シンガポール/GP1908/2015(IVR-180)でワクチン製造実績があり, 製造効率に関しても特段の課題はない。

以上のことから, 2018/19シーズンのA(H1N1)pdm09ワクチン株として, 前年度と同一株であるA/シンガポール/GP1908/2015(IVR-180)を製造株として決定した。

A(H3N2)亜型については, 感染研において, 国内分離株のすべてを中和試験法により抗原性解析を実施した。フェレット感染血清を用いた抗原性解析では, HIおよび中和両試験において, 今シーズンの流行株の87~91%は, 細胞分離のA/香港/4801/2014や南半球用にWHOから推奨されたA/シンガポール/INFIMH- 16-0019/2016と類似していた。卵分離のA/シンガポール/INFIMH-16-0019/2016株は卵馴化による抗原変異の程度はA/香港/4801/2014より軽微であった。

国内ワクチン製造所においてA/シンガポール/INFIMH-16-0019/2016(NIB-104)株およびA/シンガポール/INFIMH-16-0019/2016(IVR-186)株の蛋白収量を今シーズンのワクチン株A/香港/4801/2014(X-263)と比較して, それぞれの製造効率を評価した。

その結果, NIB-104は53%, IVR-186は76%の蛋白収量であった。さらに少量スケールでの生産性をIVR-186について評価したところ, A/香港/4801/2014(X-263)に比べて68%と試算された。

以上の解析結果から, 2018/19シーズンのA(H3N2)のワクチン株には, A/シンガポール/INFIMH-16- 0019/2016(IVR-186)を製造株として決定した。

B型(山形系統)については, フェレット感染血清を用いた流行株の抗原性解析においても, 昨シーズンからほとんど変化がなく, 国内外の解析したほぼすべてがワクチン株B/プーケット/3073/2013類似株であった。

わが国ではB/プーケット/3073/2013は昨シーズンのワクチンとしての製造実績もあることから, 2018/ 19シーズンのB/山形系統のワクチン株として, 前年度と同一株であるB/プーケット/3073/2013を製造株として決定した。

B型(ビクトリア系統)については, 2016年末頃から赤血球凝集素(HA)蛋白に2アミノ酸欠損(2del)がある変異株が米国で流行し始め, 今シーズンでは米国のみならずカナダ, 中南米諸国(7カ国), 欧州諸国(9カ国), 豪州でも検出され, 世界中に流行拡大していることが分かっている。わが国では, 2018年2月以降から愛媛県, 愛知県, 東京都から検出報告があり, 国内でも2del変異株の流行が確認されている。

フェレット感染血清を用いた抗原性解析では, 2del変異株はB/ブリスベン/60/2008およびB/テキサス/ 2/2013に対する抗血清とはほとんど反応しないことから, これまでのワクチン株からは抗原性が大きく異なることが示唆された。

このことから, WHOは2018/19シーズンの北半球向けB/ビクトリア系統ワクチン製造株として, 2del 変異株が妥当と判断し, B/コロラド/06/2017類似株を推奨した。

2del変異株のワクチン製造株候補, B/コロラド/ 06/2017, B/メリーランド/15/2016から開発された高増殖リアソータント株NYMC BX-69Aの2株について, 検討を行った()。

抗原相同性については, 抗原相同性とヒトでの有効性が必ずしも相関しない場合もあり, 2つの候補株とも, ヒトで一定の有効性が期待できると考えられた。一方で, ワクチンの供給可能量は, 2つの候補株ともに2017/18シーズンの推定使用量を上回るものの, コロラド株の最大生産量見込みは, 2016/17, 2014/15シーズンの推定使用量を下回る予想であった。

以上を審議いただいた結果, 2018/19シーズンの候補株はB/メリーランド/15/2016(NYMC BX-69A)を製造株として決定した。

3.2018/19シーズンのインフルエンザワクチンの供給について

2018/19シーズンのインフルエンザワクチンは, 接種シーズンの開始時期である10月当初は例年並みの約1千万本の供給を見込んでいる。また, インフルエンザワクチンの供給量は約2,650万本と見込まれ, 昨年の使用量である2,491万本や, 昨年を除く過去5年間の平均使用量である2,592万本を上回っている。ウイルス株選定の経緯, 近年の使用量等から, ワクチンを適切に使用すれば, 不足は生じない状況と考えられる。昨シーズンに引き続き, インフルエンザワクチンの効率的な使用と安定供給を推進するため, 今後の対応として, ①13歳以上の方は原則1回注射としていただくこと, ②医療機関においては, 必要量に見合う量のワクチンを購入していただくこと, の2点を要請している。

 
 
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