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国内における百日咳流行株の分子疫学

(IASR Vol. 40 p3-4: 2019年1月号)

はじめに

百日咳菌の分子疫学は反復配列多型解析法 (multilocus variable-number tandem repeat analysis; MLVA法) を用いた遺伝子型別により行われ, 世界各国で流行株の解析が進められている。わが国でもMLVA法を用いた流行株解析が行われ, 国内では主に2種類の流行株が存在することが明らかとなっている1)。国内流行株は日本固有のMT186株と欧米タイプのMT27株に大別され, 他の先進国と比較するとその集団構成は大きく異なることが特徴として挙げられる。国立感染症研究所では国内流行株の性状変化を監視するため, 臨床分離株の収集とMLVA法による遺伝子型解析を継続して実施している。近年では国内流行株の遺伝子型が変化し, 流行株の多様性に著しい低下が認められている2)。本稿では2005~2017年の国内流行株の分子疫学についてその概要を述べる。

百日咳菌の遺伝子型変化

2005~2017年の国内臨床分離株 (243株) をMLVA解析に供試し, 遺伝子型をもとに分子系統樹を作成した(図1)。その結果, 2005~2013年の臨床分離株(178株)は主に2種類の遺伝子型に大別され, MT186株とMT27株が全体の約8割を占めた。一方, 2014~2017年の臨床分離株(65株)はMT27株が全体の約8割を占め, MT186株の大きな減少を認めた。MT186株は国外では稀な流行株であるが, 国内では古くから認められる日本固有の流行株である。一方, MT27株は欧米で一般的に認められる流行株であり, わが国では1999年に初めて関東地方で臨床分離され, その後国内各地で分離されるようになった。MT27株は他の流行株に比較して百日咳毒素産生量が1.6倍程度高いとされ, 欧米ではMT27株の増加原因の一つと考察されている3)。なお, わが国ではMT186株の急激な減少が認められているが, その原因はまだ明らかとなっていない。日本を含め欧米先進国ではMT27株が増加傾向にあり, 宿主環境を含め近年の百日咳菌を取り巻く環境はMT27株の生存に有利に働いているものと推察された。

百日咳菌の多様性変化

国内臨床分離株 (232株) の遺伝子型をもとに流行株の多様性変化を解析した (図2)。2005~2007年は異なる12種類の遺伝子型を持つ百日咳菌が臨床分離され, その多様度指数(Simpson’s diversity index)*は0.83という高値を示した。2008~2010年は7種類, 2011~2013年は10種類, 2014~2016年は9種類の遺伝子型を持つ百日咳菌が臨床分離されたが, MT27株の増加によりその多様度指数は0.62, 0.47, 0.38と大きく減少した。2014~2016年にはMT27株は全体の77%を占め, 一方MT186株は6%にまで減少した。多様度指数の減少速度 (-0.15/3年) をもとに今後の多様性変化を予測すると, 2017~2019年の多様度指数は0.20, 2020~2022年は0.05と算出された。今後わが国でも他の先進国と同様にMT27株が増加し, 国内流行株の多様性はさらに減少するものと考えられた。国内流行株の多様性が減少した場合, アウトブレイク解析などに現行MLVA法の適用は極めて困難となる。
(*多様度指数は0~1の範囲にあり, 多様性が高いほど1に近い値をとる。)

おわりに

近年わが国では欧米の流行株であるMT27株が増加し, 国内流行株の集団構成は欧米先進国のものへと変化している。MT27株の増加原因として百日咳毒素産生量の関与が指摘されているが, 宿主免疫, すなわちワクチン免疫との関係はまだ明らかとなっていない。百日咳の地域流行や集団感染は現在も散発していることから, 今後MT27株を詳細に分類可能な新たな分子タイピング法の開発が急務となっている。国立感染症研究所ではMT27株に存在する20箇所の一塩基多型 (SNP) を同定し, これらSNPに基づく新規タイピング法の開発を進めている。

 

参考文献
  1. Miyaji Y, et al., PLoS ONE 8: e77165, 2013
  2. Hiramatsu Y, et al., Emerg Infect Dis 23: 699-701, 2017
  3. Mooi FR, et al., Emerg Infect Dis 15: 1206-1213, 2009
 
 
国立感染症研究所細菌第二部 蒲地一成 大塚菜緒
Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan