国立感染症研究所

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世田谷区における百日咳の発生状況の分析について, 2018年

(IASR Vol. 40 p10-12: 2019年1月号)

1.はじめに

東京都世田谷区において, 2018年第1週~第44週 (11月4日) までの10カ月間に区内医療機関から報告された, 感染症法に基づく百日咳の届出情報を記述し, 一部集団感染の可能性が疑われた事例について分析を行ったことから報告する。

2.世田谷区内発生届出状況

今回の分析対象は, 感染症発生動向調査システム (NESID) に5類感染症として届出のあった199例である (検査診断例192件, 臨床診断例7件)。発症週ごとの流行曲線では6月 (第22週) 以降に報告が増加した (図1)。発症から初診までの平均期間は10.6日で, 年齢分布では5~9歳が最も多く, 学童・思春期の患者が半数以上を占めた (図2)。199例のうち, 集団感染が疑われる事例は22件確認された。なお, ここでの集団感染疑い事例の定義として, 「NESIDの感染源・感染経路に関する記載から症例間の疫学的リンクが疑われた2例以上の事例」 とした。ただし, 2例以上の疫学的リンクが疑われた事例は家族間なども含まれるため, 本稿においては同じ施設で5例以上発生した2事例と, 重症化のリスクが高い乳児事例について記述する。

3.事例について

1) X保育園:園児, 家族間の感染が疑われた事例

初発症例は4種混合ワクチン (diphtheria pertussis tetanus and inactivated polio vaccine: DPT-IPV) 未接種の3歳児Aであった。2018年7月に発症し, LAMP法による百日咳の診断・出席停止となるまでの16日間, X保育園に登園していた。Aの発症から1週間後, 同じクラスのBにも咳症状がみられたが, BはDPT-IPVを4回接種済みであったため, 受診の際, 鑑別として百日咳が疑われず, 診断がつくまでの25日間, 登園を継続していた。そしてAの発症から約1カ月後に5歳クラスのCに百日咳の診断がついたことから, 先に症状のあったBも百日咳を疑って検査を行ったところ陽性となり, Cに続いてBの発生届が出された。

保健所では, 同一保育園で3例の発生を確認したため, 感染拡大防止策の指導と咳症状がある園児の早期受診勧奨, 園医および医師会への情報提供を行った。園児は, 初発例以外は全員DPT-IPV接種歴があった。

その後, 初発Aと同じクラスから2人 (D, E) と, Bの同胞であるF (生後1か月) が診断された。FはDPT-IPVワクチン未接種であったが, 受診時から百日咳が疑われて抗菌薬治療が行われた。その後, X保育園に対して, Eの発症かつ潜伏期間の2倍 (20日後) まで新規発症がないことを確認し, 終息とした。

2) 家族間およびY小学校内での感染

初発例は7歳児Gで2018年2月, 持続する咳を主訴に受診し, LAMP法により百日咳の診断となった。続いてGの同胞であるHとIも咳症状があり, 百日咳と2月中旬に診断された。その後, G, H, Iと同じ小学校に子どもがいる保護者J (30代女性) と, Iの同級生Kの発生届が出された。Y小学校からは, その後も断続的に発生し, 最終的に8月までに19例の届出が出され, 夏季休暇をもってようやく終息した。診断された児童は全員DPT-IPVワクチン4回接種済みであった。

3) 0歳児の症例について (

世田谷区内において, 2018年第1週~第44週 (11月4日) までの10カ月間に届出られた0歳児の症例は6例であった。6例のうち3例は入院治療となっていたが, 全員軽快した。推定感染源としては, いずれも家族や接触者に長引く咳等, 百日咳が疑われる状況が先行し, 2例は家族, 接触者の検査診断後, 発症していた。また, 3例は0歳児が診断された後, 先行して症状があった家族に臨床診断, または抗体検査による検査診断例として発生届が出された。

4.関係機関との連携

世田谷保健所では区医師会に対して区内の百日咳発生状況を適宜通知し, 注意喚起を行った。学校, 保育園における集団感染の確認後は, 教育委員会や保育課と連携し, 全施設への通知および百日咳に関するチラシの配布を行った。また, 学童期の発生が多いことから, 区内学校医への通知と養護教諭の連絡会議において情報の共有を図った。周知を行うことで, さらに届出が増加する傾向が認められた。

5.考 察

全数届出となった2018年第1~44週 (11/4) までの東京都内における百日咳の発生届出数は1,738件, 日本全国では8,776件 (感染症発生動向調査週報第44週速報値) である。0歳児の発生も東京都内だけで77件認められている。

今回, 集団感染の可能性が疑われた事例からは, 1人の百日咳患者が検査確定されると, その接触者において新たに確定患者が発生している状況がみられた。このため, 検査確定例の届出があった場合, 当該地域や施設に既に一定の患者発生が起こっていることが推測された。

最近の百日咳の発生に関しては, 小学校高学年以上の患者が多くなっていること, 成人の百日咳では咳が長期間にわたって持続するが, 典型的な症状を示すことはなく, 軽症で見逃されやすい特徴が言われている1)。学童や成人においては, 行動範囲が広いことや受診しない例もあると考えられ, 感染源対策として注意が必要である。そして, ワクチン未接種の乳児に感染させ, 重症化させてしまうことは避けなくてはならない。

地域における感染拡大防止には早期診断, 早期治療が大切である。医療機関においては, ワクチン接種から数年が経過していて, 咳症状が続く等の症状を訴える場合や周囲で百日咳の発生があった場合は, 百日咳を鑑別して診察する必要がある。また, 保健所も百日咳の発生届があった場合は, 地域での感染拡大があることを念頭に, 地域住民および医療機関に情報を還元していくことが重要である。特に, 重症化のリスクが懸念される新生児やワクチン未接種の乳児との接触の可能性が高い状況下における注意喚起は重要である。

本調査ではNESIDへの届出情報を基に疫学的リンクが疑われた事例に対し, 追加の聞き取り調査を行ったものである。基本的に届出時点の情報であり, 集団所属が不明な症例についての調査は行われていないことが主な制限として挙げられる。

今回の報告にあたり, 積極的な検査診断と早期治療にご協力をいただいた地域の医療機関, および調査にご協力いただいた学校, 保育園関係者の皆様に深く感謝申し上げます。

 

参考文献
  1. 国立感染症研究所 「百日咳とは」
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ha/pertussis/392-encyclopedia/477-pertussis.html,
    2018年1月

 

世田谷保健所
 門脇睦美 高橋知里 和智由里子 草階瑠佳子 安岡圭子 辻 佳織

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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