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最近の日本における単包虫症例について

(IASR Vol. 40 p36-38: 2019年3月号)

単包虫症の起因虫種について

ヒトの単包虫症(cystic hydatidosis, cystic echinococ-cosis, unilocular hydatidosis)はイヌ科動物を終宿主とする包条虫の1種である単包条虫(Echinococcus granulosus)の幼虫寄生に起因する疾患とされ, 症例の記載もそのように行われていた。しかし, 最近になりミトコンドリア遺伝子解析を基にした系統分類の視点から, 幼虫がヒトに単包性の病巣を形成する包条虫(Echinococcus spp.)にはE. granulosus sensu stricto(世界的に分布, 終宿主はイヌ, 中間宿主はヒツジ, ヤギ, ウシ), E. oligarthra(中南米に分布, 終宿主は野生のネコ科動物, 中間宿主は齧歯類のアグーチ), E. ortleppi(世界的に分布, 終宿主はイヌ, 中間宿主はウシ), E. canadensis遺伝子型G6/G7(世界的に分布, 終宿主はイヌ, 中間宿主はブタ, ラクダ, ウシ, ヤギ, ヒツジ), E. canadensis遺伝子型G8(北極周辺に分布, 終宿主はオオカミ, 中間宿主はヘラジカ, オオジカ), E. canadensis遺伝子型G10(北極周辺に分布, 終宿主はオオカミ, イヌ, 中間宿主はヘラジカ, トナカイ, オオジカ)の種類があると考えられるようになった1)。この中ではE. granulosus sensu strictoがヒト単包虫症の原因種として9割近くを占め, E. canadensis遺伝子型G6/G7が約1割でそれに次いでいると考えられている2)。この分類方法はわが国の臨床現場にも浸透し始めているが, 一般的な医療機関では遺伝子の解析を行うことが困難であり, 依然として従来の表記が用いられることもある。また, 上記の種とヒトにおける病態との関係が明らかにされていないことから, ヒト単包虫症の原因種として, 種複合体(E. granulosus complex)や広義の単包条虫 (E. granulosus sensu lato) と一括して表記されることもある2)

わが国における現状

に筆者が検索し得た範囲内で, 学会発表抄録あるいは論文で2010年以後に単包虫症として, 日本で初報告された症例を示す(医学中央雑誌およびPubMedを利用し, 症例を発見した年や診断した年ではなく, 当該症例を初報告した年で検索した。2010年以降に報告された症例であっても, 2010年より前にその症例が既に報告されていると判断される症例は除外した。また, 複数の論文や学会等で報告されていても同一患者と判断される場合は1症例とした)。

によれば年齢別では中年に多く, 男女差はなく, 病巣存在部位は肝が圧倒的に多かった。わが国では1880年代から単包虫症の報告があり, 海外感染のみならず国内感染と推測される症例も存在したと考えられている3)。しかし, 今回の結果では全例が外国人患者で, かつ単包虫症の常在地と考えられる地域を有する国の出身であった。また, 単包虫は感染から発症あるいは病巣が画像検査で検出されるまで発育するには, 数カ月~数年の長期間を要すると推測されている。これらのことから, 表に示した全例は海外で感染したと推定された。現在は日本国内で単包虫症に罹患する機会はないかあるいは感染の可能性があってもそれは低いと考えられる。

診断については, 全例において画像検査あるいは手術所見で肉眼的に嚢胞性病巣が認められ, その病巣から原頭節を分離あるいは(および)病巣組織において包虫に特異的な構造を観察することで, 単包虫症と診断されていると判断された。さらに7例中5例(症例2, 4, 5, 6, 7)で遺伝子検査が行われ, 診断確定に寄与していた。

治療では外科的な切除が6例と最も多い治療法であったが, 1例(症例2)がPAIR(Puncture, Aspiration, Injection, Re-aspiration)法で治療を受けていた。なお, 切除術あるいはPAIR法と併用してアルベンダゾールを経口投与した症例が2例(症例2と5)あったが, それ以外の症例ではアルベンダゾールについての記載がなく, 手術にアルベンダゾールを併用した症例の存在については症例5を除き不明であった。

症例4は労作時呼吸困難(単包虫による心タンポナーデ)を, 症例5は激しい右季肋部痛と発熱を主訴に受診した結果, また症例2は検診で蛋白尿を, 症例7は入国時の検査で肝機能障害と腎機能障害を指摘され受診した結果, それぞれ画像検査を含めた諸検査で単包虫症が疑われるに至った。症例3と6は他疾患(症例3は子宮頚癌術前検査, 症例6は急性虫垂炎)で受診した際に, 画像検査で肝に異常陰影を認めたことが単包虫症が疑われる契機となり, また症例1は肺の検査で撮影したCTで肝に異常陰影がみられたことが診断の端緒となっていた。症例4と5は単包虫症の自覚症状がみられた患者であったが, 症例1, 2, 3, 6, 7はいずれも単包虫症による自覚症状がなく, 偶然に画像検査で病巣が発見された症例と考えられた。このことから, 単包虫症の発見に至る経路で画像検査の果たす役割が大きいことが分かる。さらにこの事実は画像検査においては, 目的とした部位や疾患以外の所見にも注意を払うことの重要性を示している。

感染症法で単包虫症はエキノコックス症として4類感染症に指定され, 診断した医師には直ちに届け出ることが義務づけられている。感染症法に基づく2010年, 2011年, 2012年, 2013年, 2014年, 2015年, 2016年のわが国の単包虫症届出数はそれぞれ0, 3, 2, 2, 0, 0, 0である4)。この届出数と表に示した各年の症例数が一致しない理由として, 表は初回報告年が2010年以後の症例を示したものであり, 診断した年別の症例提示ではないこと, 担当医が単包虫症の届出は行っても学会や論文で症例報告を行わないことなどが考えられる。

 

参考文献
  1. Nakao M, et al., Int J Parasitol 43: 1017-1029, 2013
  2. 森嶋康之ら, Clin Parasitol 25: 99-101, 2014
  3. 土井陸雄ら, 日公衛誌 50: 1066-1078, 2003
  4. 国立感染症研究所, 感染症発生動向調査年別報告数一覧(全数把握 四類)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/survei/2085- idwr/ydata/7310-report-ja2016-20.html
  5. 保田智彦ら, 日本肝胆膵外科学会学術集会プログラム・抄録集24回: 416, 2012
  6. Yasuda T, et al., Case Rep Med: 271256, 2013
  7. 朽方豊夢ら, 日児誌 116: 462, 2012
  8. 朽方豊夢, 小児診療 77: 553-556, 2014
  9. 井口恵理子ら, 肝臓 54(Suppl. 3): A856, 2013
  10. 畑 諒祐ら, 医学検査 63: 69-73, 2014
  11. 伊藤慎八ら, 日本心臓病学会学術集会抄録62回: O-093, 2014
  12. 岡澤佑樹ら, Cardiovasc Anesthe 18(Suppl): 285, 2014
  13. 田川 弘ら, 日本医学放射線学会秋季臨床大会抄録集50回: S707, 2014
  14. 田中照久ら, Clin Parasitol 25: 95-98, 2014
  15. Kanomata H, et al., J Hepatobiliary Pancreat Sci 24(S1): A190, 2017
  16. 森田慎一ら, 日本臨床寄生虫学会大会プログラム講演要旨28回: 39, 2017
  17. 長谷川 剛ら, 日臨細胞誌 57(Suppl. 1): 200, 2018

 

東京都保健医療公社荏原病院 大西健児

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